第14話 村長現る
色守荘に帰ってくると、ボクはリビングのソファの上に降ろされた。
「今、痛みはどんな感じですか?」
「家を出る前よりは楽になりました。何も衝撃がなければ痛みは感じないくらいには改善しているので、一時間もすれば完治すると思います」
「そうですか。では、一時間はそこから動かさせませんから、そのつもりでいてくださいね」
圧の強い笑顔で言われてしまうと頷く以外の選択肢がなくて、慌ててコクコク頷いた。御空さんが満足げに微笑んでキッチンに去っていくと、ボクの頭を後ろから撫でて楽しんでいた助さんが隣に腰を下ろした。
「傷の痛みだけじゃなくて、ずっと走っていた疲れも残っているだろうし、しばらくは僕と一緒にここでのんびりしよう?」
「分かりました」
「よろしい!」
にこにこと笑いながら、それでいて何か言葉を発するわけでもない。ただただ二人で並んで座って、ぼーっとリビングの大きな窓から見える夕焼けに染まる秋色の村を眺めた。
リビングの大窓は玄関と同じ方角、つまり南向きだから、神社とはちょうど真反対。山の景色は見えない代わりに、色守荘が神社のある小山の中腹に位置することもあって村全体を一望することができる。どこが何か、どんな人が暮らしているのかも分からないけれど、小さな人や車が動いている姿を見るのは案外面白い。
どのくらいの時間が経っただろう。大窓の外に見える玄関先の庭に小さな人影が現れて、ゆっくりとこちらに向かってくるのが分かった。
「助さん、あれは?」
ボクが茂みの上からちらちらと見える帽子に着いた飾りを指さしながら聞くと、助さんは慌てて立ち上がって二階に駆け上がって行ってしまった。上で琥珀さんと千歳さんを呼び出す声が聞こえるから客人なのだろうとは察した。キッチンの方に上体を捻って振り返ると、御空さんが六つの湯気が立つティーカップとクッキーが乗ったお皿をお盆に乗せてダイニングテーブルに運んでいた。何か手伝えないかと思ったけれど、手伝わないよりも勝手に動いた方が怒られそうだ。
「サクラ。村長がいらっしゃったようです」
「そっちに行った方がいいですよね」
「俺が抱っこしますから、ちょっと待っていてくださいね」
またにっこりと笑った御空さんのオーラに押されてボクはソファに座りなおした。上からは三人が慌ただしく動く音、後ろからはカチャカチャとカップやお皿を並べる音が聞こえて、それがほとんど同時に止むと、御空さんがボクを抱えてダイニングテーブルのさっき座った席の真反対の席に座らせてくれた。
ボクが椅子に座ったのと同じころ、色守荘のインターホンが鳴って琥珀さんと千歳さんは玄関に、助さんはリビングに戻ってきた。
「御空、お茶の用意ありがと。千歳が作業してたから片付け手伝っていたら降りてくるのに時間かかっちゃったよ。もう少し早く降りてこられたら僕がサクちゃんを抱っこで運んであげたかったのにな」
「ふふ、俺が抱っこで運ばせてもらいましたよ」
「いいなぁ」
「ほらほら、村長がいらっしゃいますから」
膨らませた助さんのほっぺを御空さんが片手で押して空気を抜いた。
「村長が入っていらしても、サクラは座っていて大丈夫ですからね。サクラの怪我の様子は千歳が説明してありますし、きっとトシキも見たままに話してくれていると思いますから」
「トシキさん?」
「二宮寿樹くんはこの村の小学生です。確か今年小学三年生でしたかね。村長のお孫さんで、サクラを河原で見つけたことをここまで走って伝えに来てくれた子です」
「それは今度お礼をしないといけませんね」
「そうですね」
御空さんと話していると、玄関から聞こえていた声が近づいてきた。琥珀さんがリビングのドアを開けると、初老のおじいさんがさっき庭に見えた帽子についた飾りを琥珀さんの胸の高さで揺らしながら入ってきた。鼻の下にある下を向いた半月の形の髭が特徴的で、長い眉毛に目が隠れている。
「これはこれは眷属様」
「はじめまして、村長さん。あの、今は立てなくて、非礼をお許しください」
ボクが座ったまま頭を下げると、村長さんはおろおろと両手を顔の前で振った。
「非礼だなんてとんでもございません。頭をお上げください」
「ありがとうございます」
「村長、そちらにおかけください」
「おお、すまんの」
御空さんに促された村長がボクの正面の席に座ると、みんなも昼食のときに座っていた席についた。ボクは正面に座った村長を見ながらそわそわしているけれど、みんなは顔見知り以上の関係らしく、御空さん以外は特に緊張している様子はない。
「おお? 御空の紅茶かの?」
村長は座ってすぐに紅茶を一口啜って、ふにゃりとほぐれた笑顔になった。御空さんはその笑顔を見ると、緊張を一緒に飲み込むように自分も一口紅茶を啜ってから嬉しそうに微笑んだ。
「はい。今日はアップルティーを淹れてみました。お口に合えばいいのですが」
「またまた。御空の紅茶はいつも美味いからのぉ。自信を持ちなさい」
「ありがとうございます。クッキーは助六の手作りですよ」
「おお、助六の」
話を振られた助さんは、ボクだったらしっぽが千切れそうになるほどにブンブン振っているであろうくらい嬉しそうな顔をして頷いた。
「うん! 今日はうちの畑で採れたかぼちゃを使ったクッキーだよ!」
「おお、おお。そうかそうか。また村のみんなに作り方を教えてやってくれんかの? 助六が作る野菜レシピはいつも好評だからのぉ」
「嬉しいなぁ。また今度琥珀に頼んで講座を開かせてもらいます」
「うんうん。頼むぞ、助六、琥珀」
助さんの嬉しそうな様子を見て満足気に頷いて、助さんの肩を柔らかくぽんぽんと叩いた村長が今度は琥珀さんに視線を向けた。助さんは視線を受けると誇らしげに一つ頷いた。
「はい。まだ検討段階ですけど、秋講座と冬講座の準備を進めています。今後も交流の場として定期イベントにしたり、開催のためのグループを作ったりしようかと考えていますよ」
「おお、ええのぉ。琥珀もいつも役場の中心になって村の活性化に取り組んでくれておるからの。期待しておるぞ」
「ありがとうございます」
うんうん、と頷いた村長は今度は千歳さんの肩に手を置いた。
今のところ、ボクの中で村長の印象が話好きで世話好きな気のいいおじいさんで固められそうだ。
「千歳も、この間の個展の開催と村のパンフレットの写真、ありがとうなぁ。来月には小学校と中学校の卒業アルバムの写真も撮ってくれるのじゃろ?」
「はい。あと今年はホナミの成人式もありますから、そちらにもお邪魔させていただきます」
「そうじゃなぁ。そうかぁ、ホナミも成人かぁ。懐かしいのぉ、琥珀と千歳の成人式はわしが写真を撮ったのぉ」
村長は思い出を辿るように少し俯くと、ジッと動きを止めた。思い返すことが多いのだなぁ、とその姿を見つめていると、次第に村長が首をカクカクと振り始めた。それを見て苦笑いを浮かべた千歳さんは、軽く村長の肩を揺さぶった。
「村長、村長」
「ん? おお、千歳。どうした?」
「どうしたじゃないです。寝ないでください」
「おお? 寝た? わしが? またまたぁ。ほっほっほ」
悪びれるどころか寝ていないと言い張った村長は、席についてから初めてボクを見た。眉毛が上がって細く目が見えると、突き刺さるような視線を感じて背筋が勝手に真っ直ぐ伸びる。数秒にも数分にも思えるけれど、実際には多分ほんの一瞬だったのだろう、村長と視線がぶつかった。言葉が発せないボクに、村長は髭の下で口角を上げた。
「本当に、似ておるな」
「え?」
「いやいや、こっちの話ですわい」
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