第13話 いざ、社へ


 参拝を終えると、また琥珀さんに背負われた。



「さっき助も言っていた続きになるんだけど、ここから半面と左回りに裏に行くまでの一面が縁側になってるからな」


「サクラの仕事場ですよ」



 琥珀さんが足を止めてくれて、御空さんと助さんも立ち止まる。千歳さんだけはボクの頭をさらりと撫でて先に進んだ。少し見ておくように、ということなのだろう。


 琥珀さんの頭越しに辺りをぐるりと見渡した。秋の始まりに色守荘より少し高い位置にあるこの場所の空気は、張り詰めたようにピンと張って、冷たく澄み切っている。しかし縁側には朗らかな陽射しが差し込んで居心地の良さそうな空間になっている。それに、この一帯を取り囲む木々のおかげで風も遮られているおかげで寒さも和らいでいるように感じる。



「陽当りがいいですね」


「境内は四季を感じられるような植物もたくさん植わっているんだよ」



 助さんは色守荘では畑の管理をしていると言うだけあって、嬉々として植物の話をする。



「今は楓とか、イチョウが見頃ですか」



 周りを見ていて赤や黄色の木に見覚えがあると思ったら、研究所の山にも生えていた種類の木がここにも生えているらしい。彩葉さんに教えてもらった楓、イチョウ、そしてアカマツ。それくらいしか分からないけれど、木の香りは昔から大好き。



「そうそう。やっぱり山育ちだからかな、詳しいね。あとはね、今ちょうど色守荘の裏手にある金木犀が見頃だから、この辺りももう時期に見頃になるはずだよ」


「金木犀ですか!」


「金木犀好き?」


「はい! ラベンダーと同じくらい大好きです!」



 ボクの大好きな木、金木犀。部屋の前に植えられていて、秋の間はその香りでボクと他のキツネたちの部屋中にその甘い香りを充満させる。地下に作られた研究室までは香りが届かないから、金木犀の香りは辛さではなくてほんの一時でも安らぎを感じさせてくれるものだと記憶に紐づけられた。



「鍵開けたぞ」



 社の裏手から千歳さんが呼ぶ声が聞こえて、三人が顔を見合わせてそちらに向かって歩き出した。


 裏手に回ると、千歳さんが引き戸を開いてくれた。入ってすぐには玄関があって、何人分の靴が入るのか見当もつかないくらい大きな靴棚も置かれている。その先には高さの低くて長さは長い机が一つと、山のように積まれた座布団が見えている。


 ボクは琥珀さんの背中に乗ったまま御空さんと助さんに靴を脱がせてもらって、そのまま中に入らせてもらうことになった。



「目の前に見えている部屋は年末年始に俺たちが過ごす部屋だ。そこから参拝に来た村の人たちの相手をしたり、補助が必要な人がいないか見たりするんだ。サクラもその時はここにいような」


「楽しみです」



 年末年始ということは、ボクの大仕事一つ目になるのかな。今年も彩葉さんとお餅を食べるものだと思っていたけれど、今年はどうなるんだろう。


 玄関前の部屋を少し覗いたら、琥珀さんは電気をつけながら先頭を歩く千歳さんの後について社の奥に進んでいく。琥珀さんが少し前かがみになっているから大丈夫だけど、身体を持ち上げでもしたら柱に頭をぶつけてしまいそうだ。一番背の高い千歳さんと、御空さんも柱の出っ張っているところは潜るように通っている。ちなみに助さんは、対抗するみたいにわざわざ柱の下でジャンプして届くアピールをしては千歳さんに呆れられて、御空さんに宥められている。


 お風呂場やトイレを通り過ぎた先、キッチンの正面にあたる場所。千歳さんが影に馴染むほど黒に近い濃い青色の引き戸を開けて中に入った。



「ここがサクラの部屋だ」



 ボクも中に入らせてもらうと、なぜか既視感がある。床はこの村に来てからはよく見かける畳が全体に敷き詰められている。入って右には松と白くて大きい鳥が描かれた引き戸が二枚並んでいて、左はまっさらな薄く緑がかった白い壁。首だけ回して後ろを振り返ると視界の端に白黒で描かれた山と海の絵が映った。どこだったかな。



「どうした? なんかずっとそわそわしてるみたいだけど」


「あ、背負ってもらっているのに、動いてごめんなさい」


「いや、そこは大丈夫。緊急時のためにも鍛えているからな。それより、サクラが何を思っているかの方が気になっている」



 琥珀さんの低くて爽やかに真っ直ぐ伸びる声が、背中を伝って直に胸に響く。それは一瞬身体中に走った緊張を一気に解して消し去ってしまった。



「このお部屋、どこかで見たことがある気がして」


「ああ、それは多分、色守荘の部屋だな。俺の部屋と助の部屋には入っただろ? そのときに見たんだろうな。色守荘の全部の部屋がこの部屋と同じになるように作られているから」


「違うのは入り口の襖の色くらいですよ。廊下がガチャガチャしないように黒に近い色にはなっていますけど、旅館だった当時からお客様が部屋を間違えないように、という配慮のもとで全ての襖の色を変えているんです」



 言われてみると確かに、目が覚めてすぐにまじまじと見た琥珀さんの部屋にそっくりだ。御空さんが言った襖、というらしい引き戸の色が違うことには気が付かなかったから、あとで見てみようかな。


 ボクの気持ちを聞いて、納得できるように気遣ってくれる四人には不思議と素直に口が動いて気持ちが溢れ出す。思っていることを素直に伝えること、それは難しいことだと思っていた。父さんや彩葉さんにさえ難しかったのに、ましてや出会って間もない人に胸の内を晒すなんてもってのほかだって。でも、この人たちには素直になろうと思える。


 どうしてなのかはよく分からないけど。今はただ、自分を守ると言ってくれたからとでも思っておこう。信じられるならそれでいいはずだ。


 お稲荷様のお使いという役割を任された今、村の人たちとの交流もしなければいけない。そうなればよく知らない人の話を信じて、その人のために考えていく必要だってある。


 信じて、もし裏切られたら。そのときには、この村から去ればいい。


 胸がチクチクと痛んで、琥珀さんの首に回していた腕にほんの少し力が入ってしまう。そんな少しの機微にも気が付いてくれた琥珀さんは、ボクのお尻を支えていた手でポンポンとそこを優しく叩いてくれた。それだけで気持ちが落ち着いて、根拠はないけれど大丈夫だと思える。



「よし。そろそろ帰ろうか」


「そうだな。村長もそろそろいらっしゃるだろう」


「琥珀、帰りは俺が背負いましょうか? そろそろ疲れていませんか?」


「大丈夫だ。サクラは軽いしな」


「それは残念。サクラをおんぶしてみたかったのですが」


「え、ずるいよ御空。僕だって我慢しているのに」



 ボクのおんぶを巡って言い合いをしながら玄関に戻って靴を履く。今度はボクの靴を御空さんが持ってくれた。


 結局ボクは琥珀さんに背負われたまま、来た道を四人と一緒に帰ることになった。


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