第12話 礼は尽くすもの


 目の前に現れた朱色の門の奥、建物自体は小さいけれど細かな彫刻が施された荘厳な建物が見える。ここから見て右手にはまた別の、シンプルだけど広そうな小屋があって、左手には目の前にある門よりは小さい門が無数に並んでいる。



「大きな門ですね」


「これは鳥居って言うんだよ。あっちにたくさん並んでいるのもそう」



 琥珀さんに教えてもらっていると、千歳さんが一礼してから鳥居を潜った。琥珀さんもボクを背負ったまま一礼して鳥居を潜る。御空さんと助さんもやっているから、ボクも見よう見まねでできる限りのお辞儀をした。



「これも鳥居ですか?」


「そうそう。さっきのものより小さいですけど、同じものですよ」



 ボクが聞くと、千歳さんが前に行ったことでボクの隣を歩いていた御空さんが答えてくれた。



「あ、潜る前に手水舎行くからね」



 急に方向を変えた琥珀さんの声を聞きながら鳥居を横目に見ていると、四人は鳥居の手前にあった壁のない小屋に入った。石の中に水が張ってあるけれど、ひげの生えたヘビの口から水が出続けているから石の淵からどんどん零れていく。



「サクラ、一回降りて手だけ清めようか」



 助さんに支えられながら琥珀さんの背中から降りると御空さんに手招きされた。足をかばいながらひょこひょこと寄っていくと御空さんの隣に並んだ。石の上には大きなスプーンが置いてあって、みんなはそれぞれそれを手に取った。ボクも一本手に取って隣の御空さんの手元を覗く。



「これは柄杓です。水を柄杓に汲んだら右手を流して、次は左手。今度は左手に貯めた水で口をゆすいで、最後にこうやって両手で持って持ち手を流す」


「こうですか?」


「そうそう」



 少したどたどしくはなったけど、御空さんの言う通りにやってみる。これがここでの作法なのだとか。ご飯を食べるときに『いただきます』と言うのと同じように、礼儀は忘れないことが大事なのだろう。


 彩葉さんからも『親しき中にも礼儀あり』という言葉を教えてもらったことがある。これもきっとそういうものなのだろう。あれ、でもボクはお稲荷様と親しいわけではないから少し違うかな。



「あ、ハンカチ忘れた」


「助六、これ使え」


「さすが千歳! ありがと!」


「さすがに冷たくなってきたな。あ、千歳、俺も貸して」


「お前は持って来いよ」



 横で琥珀さんたちが静かに騒いでいるのを聞きながら、ボクは御空さんのハンカチを借りた。



「ハンカチとか、他にも必要な小物も揃えないといけませんね」


「なんか、ごめんなさい」


「いいんですよ、俺たちがやりたいんですから」



 言ってしまってから、御空さんが眉を下げるのを見て反省する。こういうところを直していかないと。助さんみたいに迷わず『ありがとう』と言えるようになりたいな。


 みんなが手を拭き終わると、ボクはまた助さんに支えてもらいながら琥珀さんの背中に背負ってもらった。



「ありがとうございます」



 小さな声ではあったけれど、琥珀さんの耳元で言ってみる。



「おう」



 照れたようにボクと同じくらい小さな声で、でも確かに頷いてくれた。伝わったことも言うことができたことも嬉しくて、少し強く琥珀さんに抱きついた。


 今度はボクも迷わずお辞儀をしてからみんなで鳥居を潜った。助さんにも『ありがとう』を伝えたかったけれど、前の方で千歳さんと御空さんと三人でお財布を覗き込んで忙しそうだ。お財布を覗いて、何を買うのだろうか。



「うーん、俺は一枚しかないです」


「僕も一枚だ」


「私はちょうど三枚ありそうだ。琥珀、サクラ。これを使え」



 千歳さんが琥珀さんとボクを手招くと、それぞれの手に冷たいものを握らせた。



「ありがと」


「あの、これは?」



 握られた手を開いて中を見ると、中心に穴が開いた五円玉。穴の中を覗き込んでみたけれど、特に何もない。普通の硬貨だと思う。



「これをお賽銭箱に投げ入れて、お稲荷様に私たちが参上したことをお伝えするんだ。普通の家ならばインターホンだな。五円玉なのは、ご縁との掛詞だ。十五円で十分なご縁、とかいろいろある」


「つまり、たくさん払えばいいというものではないのですね」


「私たちはそう言い伝えられている。あくまでお稲荷様に振り向いていただくのだから音の出るものを、と」



 真っ直ぐに荘厳な装飾が施された建物を見据える千歳さんの目を見て、あそこにお稲荷様がいるのだろうと理解した。確かに家に来た人に何度もインターホンを鳴らされて良い気分にはならないと思う。


 それからボクも千歳さんが見ていた建物を見た。すると不思議なことに、なんだか懐かしい気持ちになった。それに、何かに手招きされている気がする。



「もしかして、あの建物が社なんですか?」


「そうそう。あの中にサクちゃんのお部屋も用意しておくからね。昼間のお仕事の合間とかに息抜きしたくなったり、あとは夏に暑かったり冬に寒かったりしたらそこにいても良いからね。みんなもそこに見えてる縁側とか、この辺りの境内にいなかったらその部屋に声を掛けると思うから」



 助さんが指さした先、社の右側には少し狭い縁側があった。あそこからならば境内を見渡すのに困ることはないだろう。他の場所も気になってキョロキョロしていると、御空さんがボクの頭を撫でた。



「眷属様はお稲荷様のお声が聞こえると言われていますから、あの社を拠点としてお稲荷様のおそばにいて欲しいのですよ」


「まあ、中の案内は参拝をしてからにしようか」



 琥珀さんがそう言ってボクを背中に乗せたまま三人を先導して石畳の端を一列に並んで歩く。



「真ん中はお稲荷様の通る道と言われているんだ」



 ボクの疑問を言わずとも汲み取ったのか、真後ろを歩く千歳さんが小さな声でそっと教えてくれる。今後はボクも一人でここにいることが多くなるだろうから、こういう風にいろいろ教えてくれるのはすごく有難い。


 社の前に着いて琥珀さんの背中から降りると、ボクを真ん中にして左に御空さんと千歳さん、右に助さんと琥珀さんが一列に並んだ。お賽銭をみんなでお賽銭箱投げ入れる。


 ちなみにお賽銭箱は知っている。研究所で彩葉さんが使っていた貯金箱がこれと同じ形をしていたから、教えてもらった。本物の大きさに驚いてマジマジと見ていると、助さんがボクに上から垂れる太い紐を握らせた。



「これはサクちゃんが鳴らしな」



 握ったはいいものの、これが何か、どう鳴らすのかも分からなくて固まってしまう。



「これは?」


「あ、そっか。ごめんごめん。あのね、これは本坪鈴って言って、いろいろ謂われはあるんだけど、この村では神様の憑依を祈るものだって言い伝えられているんだよ。つまり、眷属様を引き受けたサクちゃんにぴったりなんだ」


「助、一緒に鳴らしてあげたら?」


「そっか、サクちゃん初めてだもんね。オッケーだよ!」



 うきうきとボクの手を上から包み込んだ助さんは、ボクの目を見て頷いた。



「二回か三回鳴らすんだけど、どっちにする?」


「じゃあ、三回がいいです」


「了解! よし、みんな、鳴らすよ」



 みんなが頷いて社の方に身体を向けたのを確認して、助さんと息を合わせて本坪鈴を打ち鳴らした。二礼二拍手一礼の前後にも軽く頭を下げるように、と御空さんに言われてその通りに、みんなの動きを横目で見ながら、ぎこちなくでも礼を尽くす。手を合わせて何を言うか迷って、彩葉さんが父さんに言っていた言葉を思い出した。


 一つ深呼吸をしてぐっと目を閉じる。



「紺野サクラです。お稲荷様のお使いをさせていただきます。誠心誠意勤めさせていただきます。ですからどうか、ここにいさせてください」


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