第11話 預ける背中


 四人で色守荘を出て小山を登りながらアカマツや杉が生い茂る杜の石畳を歩く。秋らしく赤く色づいた葉も所々あったり杜の木々が陽射しを柔らかく遮ったり、ずっとここにいたら肌寒いどころではなさそうだ。


 険しい道のりではないけれど、怪我をした足が痛む。傷口は塞がっているし、御空さんが出してくれたもこもこの靴下と靴のクッションのおかげで昨日山の中を走ったときよりは幾分マシではある。でも、痛みが完全に消えるにはまだ時間が掛かるだろう。


 ボクは体質的なことなのか、生まれつき周りの人よりも傷の治りが早いらしい。キツネと人間の遺伝子を持っていることに起因するのかは父さんも研究途中だったらしくて分からないから、今のところは個性として言われていた。


 父さんの研究では身体検査の他に、この個性の研究としてナイフで切りつけられることが度々あった。比較のために切りつけられたキツネたちも可哀そうだったし、研究外では優しい一面を見せることもある父さんに切りつけられることがボクも辛かった。


 継続的に圧迫される首輪や手枷と足枷の痕は次第に治らなくなって今も残ってしまっているけれど、他の傷はすぐに塞がって、昨日の傷くらいならもう少し待てば痕も全く残らない。


 でも、この個性にはボクにしか分からない欠点がある。それが、痛みは周りと同じくらいかそれ以上に感じていたし、長引いていたこと。昔はそれが辛くて一晩中一人で泣いていたこともあった。今でこそ痛みに鈍くなったけれど、鈍いだけで感じないわけではないから、足裏の傷みたいに衝撃がついて回ってくる傷はかなり辛い。


 四人にはばれないように、特に隣を歩いて、時折話しかけながら顔色を窺ってくる助さんにはばれないようにポーカーフェイスを作る。さっき御空さんには見抜かれているから、どこまで通用するかは自信がないけれど。



「サクラ、大丈夫か」



 先頭を歩く千歳さんが足を止めて振り返ると、その後ろを歩いている琥珀さんや御空さんも心配そうに振り返る。



「はい。研究所も山の中にあって、よくほかのキツネたちと一緒に駆け回って遊びましたから、こういう場所は慣れています」


「そうか」



 嘘はついていない。


 納得してまた歩き出した三人に続いてボクも行こうとすると、助さんと繋いでいた手が後ろに引っ張られた。振り向けば、助さんが少しむっとした顔で立ち止まっていた。



「あの、助さん?」


「サクラ、嘘は良くないよ」



 そう言って助さんはボクの左足を指さした。



「足、さっきから引きずってる。痛いんでしょ?」



 助さんの鋭い視線にたじろいで口籠もると、ボクたちがついてきていないことに気が付いた三人も戻ってきた。話は聞こえていたようで、千歳さんは黙ったまま威圧感たっぷりに腕を組んでボクを見下ろした。


 御空さんは心配そうにボクの顔を覗き込んで、優しく笑うとボクの頭を撫でながら小さく、ごめんと囁いた。御空さんの表情があまりにも寂し気で、ボクが悪いことをしたのだと分かって俯いた。御空さんがボクから離れると、今度は琥珀さんに少し手荒くガシガシと頭を撫でられた。



「まったく。そういうときは我慢しないで素直に言うんだぞ? 俺たちに遠慮なんていらないんだからな」



 そう言いながら琥珀さんがボクの前にしゃがみ込んだ。戸惑うボクをよそに、助さんに後ろから抱き上げられて琥珀さんの背中に乗せられた。琥珀さんが立ち上がるといつもより視線が高くて少し怖いけれど、琥珀さんの鍛え上げられた身体のおかげで安定しているのが分かる。それに琥珀さんの体温を近くに感じて、不思議と気持ちも落ち着いた。


 また四人が歩き出して、琥珀さんの背中で小さな揺れを感じていたボクの隣に千歳さんが並んだ。



「今度痛いとか、嫌だって気持ちを我慢したら一晩社で反省させるからな」



 千歳さんがボクの頭に手を置いて、薄く笑いながら冗談めかして言う。その言葉に千歳さんとは反対にいた御空さんを見ると、御空さんはにっこりと笑いながらピースサインをしてくれた。



「サクラは今日から色守荘で暮らすんですよ」


「悪かったな、気が付かなくて。だが、サクラも隠さずに言葉にしてくれ」


「千歳、鈍感だからね」


「助六」


「ちょ、ごめんって」



 隣を歩いていた千歳さんに上から睨まれて、慌てて抱きつく助さん。ボクと琥珀さん越しに二人を見てくすくすと笑っていた御空さんに、なんと言えばいいのか分からなくてただただ見つめてしまう。その視線に気が付いたのかボクを見て御空さんは首を傾げた。



「ありがとうございます」



 ボクは勝手に動いた自分の口に驚いていたけど、御空さんは噛みしめるように笑って一つ頷いた。



「ほら、見えてきたぞ」



 琥珀さんの声につられて前に視線を移すと、杜の木々が開けて日光を遮るものがなくなった。



「ようこそ、色守稲荷へ」


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