第10話 魅惑のしっぽ


「さてと。そろそろみんなの所に行きましょうか」


「はい!」



 御空さんの後ろを歩いて二階に上がると、ちょうど千歳さんの部屋から大きな歓声が聞こえた。そしてその直後に服を持った助さんがバタバタと千歳さんの部屋から出てきた。



「あ、御空! ちょうどサクちゃんの服が出来たところなんだけど、サクちゃん借りていい?」


「さすが千歳。早いですね。サクラ、行っておいで」



 御空さんに背中を押されて前に出ると、助さんがボクの手を取って助さんの部屋に案内された。



「さてさて。これを着てみて!」



 助さんに手渡されたのはきちんとしっぽ穴の開いた下着とズボン。まずは下着を履いてしっぽを通してみると、やっぱりウエストが緩い。どうしたものかと思って助さんを見上げると、助さんは待ってましたとばかりにしゃがみ込んだ。そして下着のゴムを寄せるように摘まむと、ちょうどいいところをピンで止めてくれた。



「おぉー!」


「これならちょうどいいでしょ? それに、トイレに行きたくなっても前止めだから安心仕様!」


「ありがとうございます!」



 グッとマークまで出して楽しそうな助さんと一緒にいると、不思議とつられて楽しくなってくる。


 次にズボンを履いてみるとこちらもやっぱりゆるゆるで、しっぽがなければ落ちてしまう。困ってまた助さんを見ると、助さんはポケットから黒色の細いベルトを取り出した。



「じゃーん! これは腰紐がついていないからベルトで縛っちゃおう」



 手渡されたベルトを自分で巻こうとくるくる回っていると、助さんは声を堪えるように口元を抑えた。けれどやっぱり堪えきれなかったようで、一気に吹き出してケラケラと笑い出した。



「なんでサクちゃんが回っちゃうの」


「腰の輪っかが逃げるんですもん」


「輪っかは逃げないでしょ」



 笑いながらボクからベルトを受け取った助さんは、器用に輪っかにベルトを通していく。ふと、ベルトにポツポツと穴が空いていないことに気がついた。父さんのベルトには穴がついていた記憶があるのだけれど。



「これ、穴は空いていないのですか?」


「ん? ああ、そうそう。穴あきも持ってはいるんだけど、サクちゃんのウエストだと穴が足りなさそうだからね。この金具で隙間を狭んで留めるタイプにしてみたの」



 助さんはやり方が分からなくてもたつくボクの手をそっと外して、説明しながら代わりにやってくれた。



「二つの輪に通して、戻るときは一つだけ。引っ張れば締まるからね」


「おぉ、ありがとうございます!」



 ちょうど良く留まったベルトのおかげでしっぽも自由に動かせる。試しに左右に振ったり上下に上げ下げしたりしていると、助さんは興味深そうにじっくり見てくる。



「……ちょっと恥ずかしいです」


「わっ、ごめんね? ふふっ、照れてるねぇ」



 助さんに覗き込まれた顔が熱い。



「それにしても綺麗なしっぽだよね。触っても良い?」


「ど、どうぞ」



 そもそも人との接触がなかったから、こういう状況は少し緊張する。彩葉さんはよく頭を撫でてくれたけれど、しっぽはお風呂のときに自分で洗うくらい。あ、あとは丸まって寝るときに枕にしたりはする。


 そろそろっと助さんの前に差し出す。助さんはボクの緊張を読み取ったのか、初めにそっと安心させるように触れてくれた。それからやんわりと手のひらで毛並みに沿って撫で始めると、ボクの様子を窺いながら梳くような動きに変えていった。



「思ったより一本一本は硬いんだね。でもまとめて触れると柔らかくて、いつまでも触っていたくなる」


「あ、ありがとうございます……」



 うっとりした表情を隠すこともなくストレートに褒められると、どうにもこそばゆい。色守荘の四人の中では振る舞いが子どもっぽいと思っていたけれど、ふとした瞬間に大人な落ち着きや素直さが出てくるらしい。どちらの振る舞いにも無理している様子は感じない。この二面性が助さんらしさなのだろう。器用で羨ましい。


 しばらくじっと触られていると、ドアがノックされた。



「はーい?」



 助さんがボクのしっぽに触れていた手を止めて顔を上げると、琥珀さんが顔を覗かせた。



「おっ、着れたね。やっぱりかなりぶかぶかだけど」


「まぁ、またすぐ買いに行けばいいでしょ」


「はいはい、俺の奢りで、だろ? 人気アイチューバーめ」


「それほどでもー?」



 楽しそうに抱きつきに、というより飛びつきに行った助さんを、琥珀さんは難なく受け止める。琥珀さんと助さんの身長差はほとんどないのにすごいな。ボクも昔はよく彩葉さんに抱きついていたな、と思い出して少し胸がキュッとなった。



「まったく。ほら、そろそろ社に行くぞ。夕方までに戻ってこないといけないしな」


「そうだね。よし、行くぞサクちゃん!」


「はい!」



 助さんは琥珀さんから離れてボクの手を取って繋ぐ。優しく包み込むその手から感じる助さんの気遣いと優しさが暖かくて、少し懐かしかった。


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