第8話 悩める者たち
side 常磐御空
揺るがない視線に期待と不安を浮かべるサクラに、俺たち四人は頷いた。
「よろしくな、サクラ」
「ありがとうだよ、サクちゃん!」
「はいっ!」
サクラは琥珀と助に歓迎されて嬉しそうに頷いた。
「でも、お使いって何をすれば良いんですか?」
ぱちぱちと瞬きをして首を傾けたサクラに、千歳は立ち上がるとそばに寄ってさわさわと頭を撫でた。
「普段の仕事としては、太陽が登っている間は色守稲荷の社の外とか縁側にいて、村の人たちの話を聞いてやって欲しい。何かみんなが困っていることがあるようなら、俺たちに相談してくれ。日が落ちたら社の中で何をしていても構わない」
「つまり、ボクは社に住むのですか?」
「ん? ああ、眷属様たちは代々そうしているようだからな。安心してくれ、食べるものには困らないし、暖房も完備してある」
サクラは一瞬顔を曇らせたように見えたけれど、次の瞬間にはにこにこと笑っていた。気の所為だったのでしょうか?
「分かりました。あとは何かありますか?」
「春の豊作祭と秋の収穫祭では少し特殊なことをしてもらうが、今年はもうどちらも終わっているからな。また春に説明する」
「はい!」
出会ったばかりでサクラのことをよく知っているわけではない。けれど今のサクラはやけに元気が良い、というより空元気な気がする。でも、みんな特に気にする様子もない。
今は様子見するしかないかな。少し気になりながらも、言葉にも顔にも出さない。もし俺の気の所為だったとしたら、みんなに無駄な心配をかけさせることになる。それにサクラにも迷惑になってしまう。
所詮俺は余所者だ。最近は隠れていたこの気持ちが久しぶりに湧き上がってくるのは、きっと見知らぬ土地で頑張ろうとしているサクラが昔の自分と重なるから。サクラの様子がおかしいと思ってしまうのも、昔の自分と重ねているだけかもしれないな。
「とりあえず、社を見に行かない? サクちゃんも自分の住むところ見ておきたいだろうし」
「そうだな。あとは村長に顔出ししないと」
「村長には私の方から連絡しておいたから、夕方にはいらっしゃる。それまでに社の方を見に行くか」
「よーし! 行こう!」
「はい! よろしくお願いします!」
助のテンションにつられているのもあって、サクラはどんどん元気良くなっていく。普通に考えれば良いことだけれど、やけに気になってしまう。
立ち上がって玄関に向かうみんなを後ろから追う。三人が前を歩いて、サクラはその後ろを歩いていた。けれど次第にサクラの足取りが重たくなった。その後ろ姿を見ていると、何かが足りないような気がしてくる。
「あ、そういえばサクラの靴ってありませんね」
「そうだった。裸足だったよな」
「それに、ズボンどころか下着も履いてませんよ? サクラが着替えてから行きましょう」
俺の言葉に、助が赤面した。本当に、普段の元気さからは想像がつかないくらい初心でピュアで可愛い。
「簡単に服を加工してくる。助六の服に穴開けても大丈夫か?」
「いいよ。今度琥珀が新しく買ってくれるから」
「はぁっ!? 助の方が稼いでるだろ!?」
「ケチケチしないの。琥珀くん?」
「琥珀、ありがとう。助六、私の部屋に穴を開けても大丈夫な服を持ってきてくれ」
「え、ちょっと……」
「はぁい。サクちゃん任せてね。似合いそうなの選ぶから!」
「おい、千歳!」
バタバタと階段を駆け上がって行った助を呆れたように見送ると、千歳も喚いている琥珀を置いて、後を追うようにゆっくりと階段を上った。置いていかれてお財布の中身を確認している琥珀は放っておいて、俺はサクラの背中に手を添えて物置に向かう。頑張ってください、最年長。
物置に着くと、俺は電気をつけてサクラも履けそうな靴を探した。それから靴下も出そうとして、ふと思い立って隣の棚、自分の冬服を仕舞ってある棚からもこもこの靴下を探し出した。
「サクラ、少し大きいかもしれませんけど、これを履いてください」
「良いんですか?」
「はい。足の怪我、傷は塞がっているようですが、痛いでしょう?」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑ったサクラが立ったまま靴下を履こうとしてふらついたのを支えて、近くにあった踏み台に座らせる。俺は探すときに退かした箱を片付けながらサクラに声を掛けた。
「研究所を出るとき、靴とかは履けなかったのですか?」
「夜中に着の身着のままに研究所を追われたから、靴も靴下も履けなかったんです。でも、ボクは痛みに慣れていますから、大丈夫です」
「痛みに、慣れている?」
「はい、研究所では毎日検査のために注射したり、実験のときは電流を流したりしますから」
さも当たり前のように言うサクラに、俺の手は止まった。もしも生まれてから十六年間ずっとそんな生活を送っていたのならば。それはどんなに苦しく辛いのだろう。想像しただけで、焼けるように体が痛む。その痛みが日常で、きっと見た目の通りまともにご飯を食べてもいなかったのだろう。首に残る傷跡や足首にもある似たような傷跡も、研究所で受けた傷だろう。
「御空さん、御空さんが苦しまないでください」
視界が歪んだ俺を現実に引き戻したのは、サクラの柔らかい声だった。無理しているようには見えない穏やかな表情で俺を見つめるサクラの黄金色の瞳。全てを見透かす真っ直ぐさに、つい視線が泳いでしまう。
「どうして、俺が苦しんでいると思ったのですか」
俺の掠れた声にサクラは不思議そうに首を傾げる。
「顔を見れば分かりますよ?」
サクラの言葉に目を見開いた。それは俺は感情が表に出にくいとよく言われてきたから。
小学六年生に進級する前の春休みのある日、突然親元から引き離されて何も知らないままこの村に連れてこられた。その日はたくさんの愛情をかけて育ててくれたはずの両親が見送ってくれなくて、自分が嫌われて捨てられたことを悟った。
成長期真っ只中だった俺は親に捨てられたショックと周りに迷惑をかけたくない一心から、元々持っていたはずの感情をどこかに置いてきてしまったらしい。そんな俺の本当の気持ちなんて、自分でも見失ってしまうことが多いのに。
「サクラは、本当に眷属様に向いていますよ」
「そう、だと嬉しいです」
少し照れくさそうにするサクラの頭を撫でると、隙あらばサクラの頭を撫でる千歳の気持ちが分かった気がした。
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