第3話 きつねうどん
沈黙は破ったものの、敬語も取れて呆気に取られた顔をした金髪の男。短髪の男は目を見開いて固まっていて、声も発せない様子だ。男たちはボクが女の子だと勘違いしていたようだな。
男にしては美しい、というより可愛らしいの方が見合った見た目をしていることは父さんにも言われてきた。彼らに比べれば背も低いし声も高いし、筋肉もほとんどついていない。これでは間違えられても仕方がないかもしれない。
「眷属様、お昼ご飯のご用意ができました、が、何かございましたか?」
一階から上がってきてすぐ、廊下で話していたボクたちを見た長髪黒髪の男が足を止めた。
「いえ、大丈夫です」
「そう、ですか? では、眷属様、リビングにご案内いたします」
小首を傾げて不思議そうにしながらも、まあいいか、と言わんばかりに切り替えた長髪の男の後についてボクも階段を下りる。
しばらくしてようやく動けるようになったらしい二人も階段を下りてきた。
リビングのテーブルに並べられた五人前のうどん。ボクは研究所ではいつも父さんが座っていた一人席に案内された。
「これが、きつねうどん」
つやつやした透明な黄金色の汁に、キツネ色の油揚げと青々としたネギが乗ったシンプルなうどん。
匂いはほんのり甘くて、食欲がそそられる。ボクの呟きに、黒髪長髪の男は少し目を見開いた。
「お召し上がりになったことはありませんか?」
「はい。名前しか知りませんでしたが、キツネの肉は入っていないのですか?」
「そうですね、一般的にキツネの肉は入りませんね。普通、甘辛く煮た油揚げを入れます」
「なるほど」
きっとキツネとはこの油揚げのことだろうな。研究所でボクと同じように首輪を付けられていたキツネたちの中にも十匹くらいはこの色に似た個体がいたから。もしや父さんもきつねうどんの正体を知らなかったのだろうか。あの博識な研究者だった父さんでも知らないことがあるのかと驚く。
これは今度会えたら教えてあげなくては。
ボクがきつねうどんに見惚れていると、長髪の男はこそこそと金髪の男に声を掛けた。
「琥珀は?」
「あ、忘れてた。呼んでくるね」
言われて思い出したらしい金髪の男は、琥珀と呼ばれた、確か起きた時に隣で寝ていた男を呼びに行った。上からドンドカドンと壮大な音が聞こえてビクリと肩をすくめる。黒髪の二人は何事もなかったような顔をしているから、きっといつものことなのだろう。音が止んでしばらくしてから二人が連れ立って下りてきた。
「お待たせいたしました」
「こんにちは」
疲れた様子の金髪の男と対照的にハツラツとした笑顔を浮かべる琥珀さん。さっきの寝顔からは想像がつかなかったが、かなり存在感のある人だ。全員が席に着いたところで、琥珀さんが真っ先に手を合わせた。
「いただきます」
みんながそれに倣うように挨拶をするからボクも合わせる。挨拶をしても一向に箸を持つ気配がない面々に首を傾げると、琥珀さんがボクにニコリと笑いかけてきた。
「眷属様、お食べください」
なるほど、ボク待ちだったのか。研究所でも彩葉さんは父さんが食べ始めるまで食べなかったから、この感じには慣れている。
サッと箸を持って、まずは一本啜ってみる。口に入ってきた瞬間に感じる深みがある出汁の上に謎の甘みが乗っている。さっき言っていた油揚げの煮汁だろうか。研究所で彩葉さんがいつも作ってくれていたうどんに入っていた、玉ねぎを炒めた時に出る甘みとは違うコッテリした甘み。初めて感じる味に自然と頬が緩む。
ボクがモグモグと噛み始めると四人もようやく箸を持って食べ始めた。
麺はかなりコシがあって、それでも固すぎないように茹でられているおかげで出汁や甘みが上手く絡む。麺自体にも優しい甘さがあるようで、口の中で汁が離れていっても違う美味しさを感じられる。
一本を時間をかけて堪能したら次はキツネ、もとい油揚げ。箸でつまみ上げただけで分かる柔らかさとぷるぷると揺れる姿に期待しかない。そーっと唇に咥えると、噛む前からじゅわりと甘辛い煮汁が溢れてくる。もったいないけれど大判の油揚げはとても一口では食べられない。切れ目の入ったところからジュワジュワ溢れる煮汁をなるべく零さないように静かに啜りながら慎重に。一口サイズに噛み切ると、口の中では噛めば噛むほどにまだまだ溢れる煮汁が口の端から零さないように口元を抑えながらゆっくり噛み締める。
油揚げもしっかり堪能し尽くしたら、今度は器にまだまだ残る麺を啜る。もっとゆっくり食べたいけれど、美味しいタイミングを逃すわけにはいかない。それに、丸一日何も食べていなかったからお腹が食べ物を求めている。味わいながらも素早く食べ進めていくと、時間が経つごとに油揚げから溢れた煮汁が出汁と合わさっていくことで甘みが増すから全く飽きがこない。最後の一口に残された油揚げからは煮汁は完全に抜けきって出汁をしっかり含んだまた違う味わいになって美味しい。
「ぷはっ」
残った汁も全部飲み干すと、言い尽くし難い満足感が残った。
「ごちそうさまでした」
「お口に合いましたか?」
それまで自分も食べながら黙って見守ってくれていた長髪の男に声を掛けられて、ボクは何度も頷いた。
「すごく美味しかったです! ありがとうございます! えっと、あの」
名前を呼ぼうとして、未だに彼らの名前すら知らないことに気がつく。琥珀さんも、周りがそう呼んでいるからそうだろう、くらいなものだし。
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」
長髪の男はボクの考えていたことに気がついたのか、そう言って琥珀さんに視線を向けた。
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