第4話 石竹の琥珀、常磐の御空
「私めは」
「あの。ちょっと待ってください。その言葉遣い、なんとかなりませんか? 普段通り話してください」
話し始めたところで申し訳ないが、堅苦しいのは苦手だ。研究所で父さん相手には敬語を使ってはいたから自分が使うことには慣れているけれど、自分が言われるとなると話は変わってくる。
「ですが眷属様」
「その眷属様という呼び方も、止めてもらうことはできますか? ボクはサクラです。呼び捨てで構いませんから」
「いや、しかし」
言い淀む琥珀さんが短髪の男に視線を向けると、彼は少しも悩む素振りを見せずに小さく頷いた。
「眷属様、いや、サクラのお願いは絶対だ」
男のハッキリとした口調に四人は視線を交わしながら頷いた。
「じゃあ、サクラ。改めて。俺は石竹琥珀。琥珀って呼んでくれ。年は二十八でこの家では一番年上だ。防犯面の担当も俺だから何かあったら相談してくれれば対応する。仕事は村役場に勤めていて、休日とかは村の消防団に参加している。だからという訳でもないけど、筋トレが趣味でよく家の周りを走ったりもしている。よろしくな」
なるほど、やけに筋肉隆々な身体の理由が分かった。防犯面の担当というのも納得がいく。
むらやくば、と消防だん、というのはあまり分からないけれど、きっと力仕事なのだろう。
消防は普通の家ならば火事のときに助けに来てくれる人たちのことだと彩葉さんに教えてもらったことがあるから合っているはず。そういえば、研究所は危険な薬物だったりボクの存在があったりするから、消防が来なくても消火できるようなシステムにしているから火事の心配はない、と父さんが悪い顔をしていたことを覚えている。
趣味と言いながらも仕事に繋がるトレーニングを日々こなしているのは、父さんと似ている。父さんの場合は毎日の実験とボクたちの健康調査だったけれど。父さんもほとんど趣味の世界が仕事になっていた人だったから、毎日楽しそうではあったかな。
琥珀さんが差し出した右手を左手で握って握手をしても琥珀さんの力の強さが分かる。普通の人なら少し痛いくらいの力で握っているような気がするけれど、琥珀さんは気がついていなそうな顔をしている。痛覚の鈍いボクの勘で惑わせてもいけないし、指摘はしないでおこう。
琥珀さんは握手をして満足したようで、向かいに座る長髪の男に視線を向けた。長髪の男は軽く頷くとにこやかに、どこか彩葉さんに似た笑顔で笑った。
「俺は常磐御空です。子どもの頃から親の前で敬語を使わされていたおかげで、今でも普段から敬語が入り交じってしまうから、これで許して。仕事は人形作家で、最近は人形の衣装作りもしてネットで販売しています。なので買い物のときと社の整備の時以外であれば基本的にはいつも家にいます。普段の料理は俺が作っているから、食べたいものがあったらリクエストしてくださいね」
御空さんはオーラから言葉のトーン、首の傾け方まで穏やかで、マイナスイオンが出ている気がする。父さんは長髪の男は不潔だ、と嫌っていたけれど、御空さんはむしろ清潔感に溢れている。きっと手入れの問題なのだろう。
隣の山の洞窟で仙人をしていたり修行の身だったりしていたという人たちが特殊だったのではないかという気がしてくる。ボクは彼らに会ったことがないから実際のところは分からないけれど、お風呂とは無縁の生活だろうし仕方がなかったのだろう。
対して御空さんの髪はサラサラしていて、きっちりひとまとめにされている。今は近い位置にいることもあって、はちみつの香りがふわりと漂っていて癒される。
ボクの毛が伸びると父さんは有無を言わさずに、あまりにも嫌で逃げようとすると、縛り付けたりお仕置をチラつかせたりしてでも切ってしまう。それくらい長髪嫌いだったからボクはずっと短髪だけど、ハサミもバリカンも嫌いだから切りたくない。御空さんにお手入れのやり方を聞きながらでも、伸ばしてみたいな。
御空さんとも握手をすると、細い指と手入れの行き届いたすべすべな肌や艶のある爪からは想像がつかないくらいの力があることに驚く。御空さんは力加減をしてくれているけれど、きっと琥珀さんと同じくらいの握力は持っているはずだ。今はこんなにもにこやかな笑顔をしてはいても、絶対に怒らせてはいけないと直感した。
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