第四話 穏やかな三虎との時間
「あの……、
それが終わってから、その……。」
「布多未がいきなり耳元で、おまえ仕合ってる時すげぇ色っぽい、と言って、あたし、びっくりして腰が抜けました。
あ、あれは、何だったんでしょう?」
三虎は掴んでいた古志加の腕を離し、
「ふうん……。」
とだけ無表情に言った。
沈黙が流れた。
あれは何だったんでしょう、に、答えてくれる気はないみたいだ。
まだ少し顔を赤くして、古志加は静かにもぐもぐと米菓子を頬張る。
三虎は今、こちらを見るでなく、遠い目をして、白湯をすすっている。
「三虎はどんなお菓子が好きなの?」
そうだ。古志加は三虎のことを全然知らない。
三虎はこっちを見た。
「そうだなあ、豆菓子。」
「へえ。どういうところが?」
と古志加が笑顔で言うと、
「大川さまがお好きだから。」
と無表情に言う。
すごい理由だ、と古志加は力が抜ける。
「
それをもらうと、大川さまは嬉しそうに、必ず、一緒に食べようと言ってくださった。
本当に時々、一年のうち、四回くらいさ。
そもそも広瀬さまは、大川さまに物を下さる方ではなかった。
あんなに、物にあふれているのに、心が……。」
そこで三虎は言葉をのみ込み、
「とにかく、そんな貴重なものを、必ず、大川さまは一緒に食べさせてくれた。
だから、豆菓子が、大好きだ。」
と静かに三虎は言った。
(本当に、大川さまが大好きなんだね。)
と古志加はそっと微笑む。
また静かな時間が流れる。
三虎は黙って白湯を飲む。
二人きり。
目の前には穏やかな三虎がいる。
薄く
(ああ、良いなぁ。)
と思う。
手にとる
ただの
細かく、少しざらりとしてる土の口触りを楽しみながら、古志加もちびりちびりと白湯を飲み、三虎の顔を見る。
ちょっと神経質そうな眉。
いつも不機嫌そうな目。
意地悪そうな唇。
なんて格好いいんだろう。
武に秀でた者らしく、雰囲気が凛々しい。
今なら訊けるだろうか。
まさか、さ寝するつもりだったんですか、なんて訊けない。
そうではなく、訊いてみたいことがあった。
* * *
慕い合う男女が、同じ夢を同じ時間に見る不思議。
素敵だ。
皆顔を赤くして、きゃあきゃあ言うが、
「じゃあ、その夢見たことある人……?」
と
そんなに良くある話ではないようだ。
あたしは、三虎の夢を、時々見る。
十六歳の三虎。
二十二歳の三虎。
いろんな年の三虎……。
でもその中で、一つ、明らかにいつもと違う夢を見た。
去年の七月。
阿古麻呂に強引に口づけされて、ずっと泣きながら寝た夜だ。
その夜見た夢は、夢の手触りが違った。
あたしは風になったように雲間を滑り、三虎を求め、三虎を見つけた。
その夢で会った三虎は、いつもの三虎より、本物っぽかった。
なんというか、ふてぶてしさが。
そしてなんと……。
三虎の方から、あたしに口づけしたのだ。
夢を見たあとも、ずっとそのことを覚えていて、あたしはポ───ッとした気持ちになった。
最初から最後まで、不思議な夢だった。
あの夢を三虎も見ていた、なんて事はないだろうか。
まさか、と思いつつ、あまりに不思議すぎて、もしかしたら有り得る、と感じる。
あの夢を、三虎も見ていたら、いいな。
そしたら、あたしは……。
* * *
古志加は、
「三虎、あたし、夢を見たことがあるんです。
あの……、三虎の……。その夢は……。」
そこで三虎は一回まばたきをし、目をそらし、唇をちょっと突き出し、むくれたような顔をした。
(えっ?)
驚いて古志加は話を中断してしまった。
これはこれで、
というより、
そして、三虎の顔に、少し朱がさした。
(こ、これはどういう表情……?)
古志加は
* * *
「三虎、あたし、夢を見たことがあるんです。
あの……、三虎の……。その夢は……。」
と古志加に言われ、三虎は、
(うっ!)
と
夢、三虎。その言葉で連想したのは、不覚にも、眠る古志加に口づけしかけたこと───。
まさか古志加は、その事を覚えていないはずだが。
気まずくなり、目をそらしてしまう。
(くっ……。この話は良くない。)
三虎はさっさと、話題を変えることにした。
* * *
三虎の表情を
「夢といえば、おまえの
と、ぱっと倚子から立ち、奥の
手には小さな、ちょうど片手におさまる白い貝が載せられている。
二枚の貝で、ぴったりと
「これをオレから、おまえの母刀自に。オレからの礼だ。夢で朱色の麻袋を持っていたんだろ。きっとこれも喜ぶ。
大川さまに使うものと同じ、貴重な、
そのまま墓に埋めてやっても良いが、あまり貴重なので、一年かけておまえが使って、残りを埋めたらどうだ?
おまえにやるから、好きにしたら良い。」
と平坦な声で言った。
そして無表情に、白い貝に
(何だったんだろう、さっきの見たことのない表情は……。)
「ありがとうございます。」
とぴったり重なった白い貝の、上の貝を持ち上げ、中を開くと、黄色い練り香油があり、ふわっと
そう、大川さまは、この宇万良と、香木の奥深い香りが入り混じった、とても良い匂いがする……。
自分で使うか、そっくり母刀自の墓に埋めてあげるか、迷っていると、
「三虎、入りますよ。」
と部屋の外から
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