第三話  三虎は……、どうだったのかな?

 古志加こじかは、三虎の部屋に向かう。


(三虎は……、どうだったのかな?

 あたしに、おのこにしかできない魂呼たまよびを、するつもりだったのかな?

 日佐留売は、する、と思っていたようだ。

 どうなの? どうだったの───?)


 そう思うと、赤面し、簀子すのこ(廊下)で一人立ち止まり、モジモジしてしまう。


 三虎の部屋につく。


 三虎は寝床で上半身を起こし、木簡もっかんに目を通していた。

 皆に挨拶とお礼を言ってきました、と言うと、


「良かったな。」


 と口もとに柔らかい笑みを作った。


 妻戸つまとを入ってすぐのところで、古志加がモジモジしていると、


「ホラ。こっち来て顔を見せてみろ。」


 三虎がいつもの、平坦へいたんな声で言った。


「はい。」


 古志加が寝床のそばに行くと、無表情で、じっと古志加の顔を見上げる。


(三虎は、あたしをどうするつもりだったの……?

 三虎の魂呼たまよびの言葉は強力だった。

 三虎は、言葉の魂呼びで、押し切るつもりだったのかもしれない。

 でも違うかもしれない。

 あたしは、寝てる三虎から唇を奪う必要はなかったのかもしれない。

 訊きたい。

 だけどこんな事、どうやって訊けと……?!)


 古志加がそうめまぐるしく考え、フンフン鼻息を荒くしてると、


「もうちょっと……。」


 と左手で手招きをされ、顔を下にさげるよう指示された。

 大人しく従うと、三虎の左手が額に伸びてきて、ビシッと額を指で弾かれた。


「あっ!」


 驚いて目をしばたたくと、


「おまえ、さっきから変な顔!

 にわとりが泥沼に足を突っ込んで、驚いてるようだぜ。

 まあ、元に戻って何よりだな!」


 と三虎が目を細めて、おかしそうに、意地悪く笑った。


「うう……。」


 古志加は情けない声をだしてしまう。

 それはどんな顔ですか。


「もう行け。難隠人ななひとさまに、三虎は無事に、と伝えておけ。」

「わかりました。」


 古志加は、しおしおと部屋を出る。




   *   *   *




 日佐留売ひさるめの部屋で。


「三虎から、難隠人ななひとさまに伝言です。

 三虎は無事に、とのことです。」


 古志加が、三虎からの伝言を伝えると、難隠人さまは顔をしかめ、日佐留売が、


「はあ───っ。我が弟ながら……。」


 と盛大なため息をつき、こめかみをもんだ。

 七歳の難隠人さまは、妙に大人びた顔をした。


「古志加はそれで良いの?」

「えっ?」


 古志加は動揺し、ちょっと前に、三虎に指で弾かれ、昨日、優しく口づけされた額の中央を右手で押さえた。


「怖くっても……、三虎は……。怖いだけじゃありません。」


(怖くって意地悪で、表情が読みにくくて。

 でも、すごくカッコ良くって、心に深い優しさを持ってる。

 あたしが恋い慕うのは、三虎、ただ一人だ。)


「すごく素敵な人です。」


 うまく言えなくて、照れながら、笑顔で言う。

 難隠人さまは、横に立った従者、浄足きよたりの袖をひいて、


浄足きよたりおみなって良くわからない。」


 と、ちょっと悔しそうに、こぼした。







     *   *   *





 ───日々は穏やかに過ぎ───



 日佐留売ひさるめが、古志加の左肩の怪我が治るまでは、女官として働くように、と言ってくれた。

 古志加は、女官の仕事の合間に、時々、三虎の部屋に顔を出す。

 三虎の怪我は古志加より治りが遅い。






 大川さまから、褒賞を塩十壺いただいて、とても嬉しかった。

 大川さまは、本当に普通。

 何事もなかったみたいだった。




    *   *   *




 そして年が明けた。


 一月。


 辰の刻。(朝7〜9時)



 十八歳になった古志加は、今、三虎の部屋にいる。

 耳には紅珊瑚が輝く。


「んで、何だったの、アレ。」


 倚子に座り、灰色の須恵器すえきに満たした白湯を口に含みつつ、三虎が言う。

 自分のぶんもちゃっかり白湯を入れ、日佐留売の持たせてくれた米菓子をつまみつつ、


「アレとは?」


 と古志加は問う。


「兄の。布多未ふたみの。また腰砕けにしてやるよ、って。」


 と少しイライラして三虎は言う。


「うっ。」


 古志加はうめき、顔を赤らめ、うつむいてしまう。


「い、言いたくありません。」

「言え。」


 いつもの口調で言った三虎は、机の上に米菓子を持って残された古志加の腕を掴み、


「……聞きたい。」


 と口調を柔らかくした。


(……そんな言い方、三虎がするなんて。)


 古志加は驚き、顔をあげ、まばたきをする。

 三虎は無表情な、でも真面目な顔で古志加を見、


「聞きたい。」


 ともう一度言った。


 言うのは、恥ずかしい。

 布多未ふたみのあの行動は、意味がわからず、布多未は何を思ってああ言ったのか、古志加にはいまだに、消化できていない言葉なのだ。

 でも、三虎にここまで言わせたなら、喋らないという選択はない。


 古志加は口もとをきゅっと一回すぼめてから、


「あ……。」


 と声をもらした。


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