第三話
部屋に入ってきた
まだ季節ではないから、もちろん花の蕾はない。
だが、白と
「あれっ、
ああ、じゃあ、出直すかなぁ。」
と薩人が焦ったような声を出す。
古志加は何かピンと来た。
三虎が口もとに笑みを浮かべ、
「出直す必要はない。
古志加、白湯のおかわりが欲しい。
お湯をもらってきてくれ。」
と言った。
「はい。」
と古志加は倚子から立ち、礼をし、部屋を出た。
開け放たれている
壁の部分にしゃがみこんだ。
「……で、どう伝えましょう。」
薩人の声が聞こえる。
「便りの返事を伝える必要は無い。
今夜にも行く。」
とは三虎だ。
「へぇ? まだ怪我が……。」
「注意してやるさ。こんなことをする可愛い
三虎の声に笑みが含まれ、声音は優しい。
「たしかに。ああ、いいなぁ。
オレも一回でいいから、
「なら、おまえはもっと、一人を大事にしろ。」
三虎があきれたように言う。
もう充分だ。
そっと古志加はその場を離れた。
離れたところで
薩人のバカバカ。
あの美しい
三虎のバカバカ。
遊行女のもとで傷口が開いて、
沢山流血して二人で慌てればいいんだ。
「ふ……っ。」
最近のあたしは泣きすぎだ。
もう泣きたくない。
でも、涙がつぅ、と頬を伝った。
(あたしは、何を期待していたんだろう?)
三虎は恋うてもいないあたしを、慰めるためだけに抱きしめる人だった。
あの美しい
あたしのことは、バカなヤツ、って言うのに……。
「ふぅっ。」
泣き声がもれ、涙が止まらない。
古志加は乱暴に涙をぬぐう。
「あら、古志加、どうしたの?」
「あたし……、自分の愚かさに泣けてきて……。」
「
古志加も? 一緒に行きましょう。」
と福益売が肩を抱き寄せ、さすってくれた。
福益売は優しい。
ぱっと一つの考えが浮かんだ。
古志加は懐から、もらったばかりの、
「福益売。これね、三虎から、母刀自に、って貰ったの。
大川さまが使うのと同じ、貴重な
これ、福益売にあげる!」
そう言って、梔子色の麻袋から、白い貝を出して見せ、袋ごと福益売に白い貝を押しつけた。
「ええ? そんな貴重なもの、貰えないわ。」
と福益売が首を振る。
だが、目が白い貝に吸い寄せられる。
「いいの。母刀自の墓に、って三虎はくれたけど、貴重なものでもあるから、あたしの好きにして良いって言ってくれたの。
あたし、福益売、大好き。
沢山、あたしの名を呼んでくれた。
母刀自も、笑って許してくれると思う。
土に埋めるより、福益売に使ってほしいの。」
本当だ。
母刀自はもう、充分、満足そうに笑っていた。
「古志加……。」
と福益売は迷いつつ、白い貝を開いた。
中の練り香油から立ち昇る、
「本当、大川さまの
目を潤ませ、
「あたし、一生、大切にする。ありがとう、古志加。」
と福益売は古志加に抱きついた。
わかる。
日佐留売の金の
あたしの三虎の衣と浅香の匂い袋も。
福益売の
女の心の中の秘密。
一つ持っているだけで、眺めるだけで、なんと心の慰められることか。
唐突に
「持ち物全部奪われて、衣までとられて、何一つ、あたくしの手元には残されてはいないけれど、それでもあたしくしの……。
恋うる心までは盗れないわ。」
と言っていた藤売の辛さが胸をさした。
それでも、藤売は涙を浮かべ、美しく笑っていた。
愛おしいものであることだろう。
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