第九話  オレの夢でも見たのか?

 昼、三虎と会えない日も多かったけど、それでも、オレが寝たあと、衛士舎えじしゃに来てくれて、朝起きたら、隣に寝ていてくれた。


 三虎が寝るときにいなくて、荒弓あらゆみが、


古流波こるは、寂しいなら隣に寝てあげようか?」


 と言ってくれたことがあったけど、オレは、


「やだっ! 三虎がいい。」


 と大声で言って、寝わらの上で、プイっと壁の方をむいてしまった。

 ワガママだけど、そこは譲れない。


(三虎がいいもん……。

 今はいなくても、オレが寝たあと、来てくれるもん……。)


「ホラー、ふられたぁ。」

「三虎のには勝てっこないぜ。」


 とか、皆がクスクス笑う。



 三虎の方が、早く起きることがほとんどだったけど。

 時々、オレの方が早く起きることがあって。

 そういう時は、三虎のことを起こさないように、じっと三虎を見てしまう。

 三虎の寝顔。

 落ち着いた寝息。

 起きてるときは、無表情か、不機嫌そうにムっとした顔をしてることがほとんどだけど、寝てるときは、無防備で、……ちょっとだけ、あどけない。

 十六歳らしい若者の顔だった。


(かっこいいなぁ。)


 自然に口もとが緩んでしまう。

 だが、いつも三虎はすぐ気がついて起きてしまうので。

 本当に短い、つかの間の楽しみだった。





      *   *   *






 まだこの男童おのわらはは、夜、夢にうなされる。

 涙を流し、うあぁ、と突然叫び声をあげる。

 皆に迷惑をかけるわけにはいかない。

 そういう時は、三虎はすぐ起きて、この男童おのわらはをゆるく抱きよせ、背中を撫でさすり、優しく、


「大丈夫だ、大丈夫だ、古流波こるは……。」


 と声をかけてやった。

 少し時間がかかっても、それで落ち着く。

 また眠りに落ちる。

 そうやって三虎は、辛抱しんぼう強く古流波こるはに接した。



 ずいぶん経ってから、やはり同じように泣く古流波こるはをあやしていると、静かに、


「み……、三虎。」


 と呟いて、涙を一粒こぼした。

 おや。起きたか?


古流波こるは?」


 と声をかけると、もうすこやかな寝息をたてている。


(オレの夢でも見たのか?)


 急にこの男童おのわらはが可愛くなって、思わず、古流波こるはの頭に顔をことんと近づけた。

 古流波こるはの髪からは、日なたのような、ほこりのような、あたたかい匂いがする。

 その奥に、筆をひとつ、さっといたような、ほんの少しの、甘さがあった。

 

(何の甘い匂いだろう?)


 ちょっと、まだちちを飲んでいるめいっ子と、難隠人ななひとの、赤ちゃんの匂いに似ている。

 三虎はゆるく笑った。


(まだおのこの匂いではない。

 まだまだわらはだな、古流波こるは。)





      *   *   *





 ここに来て、五日くらい経ったろうか?


「……あっ!」


 古流波こるはは、自分の叫び声で、夜、起きた。

 目を見開き、あたりは暗く、目尻を涙がつたい、自分が夢を見ていたとわかった。


「……三虎?」


 隣をすぐに探したが、


「三虎?」


 三虎はいない。

 団の皆はいる。皆寝てる……。


「ひぐっ。」


 自分ののどが変な声をたてた。


(いけない。

 泣いては皆を起こしてしまう。)


 オレは自分のぶんのこもをとって、そっと外に出た。

 戸扉の外にうずくまり、こもをかぶり、十一月の夜は寒い。

 空には細い細い二日月ふつかづき

 風がざわざわと木をゆらし、飯豊いいとよ(ふくろう)が鳴いている。


「う……、ふ……。」


 泣き声を押し殺しながら泣き、


(三虎、どこに行っちゃったの?)


 ずっと泣きながら、三虎を待った。





 どのくらい待ったか。

 人の気配がし、顔をあげると、ギョッとしたような顔の三虎と目があった。

 夜着やぎじゃない。

 檜皮ひわだ色(茶)の衣を着ている。


「三虎!」


 大声をあげて、こもを肩から落とし、三虎にがばっと抱きついた。


「どこ行ってたの、探したよぉ!」


 と強く自分の冷えた鼻先を三虎の胸にこすりつけた。


「お、おまえこそ何して……。」


 と、しどろもどろに言う三虎の声を耳に聞きながら、思いきり泣いてやろうとした時、ぎなれない香りが鼻をかすめた。


(これ……。)


 花の匂い……? 

 ほのかな、白梅の匂いだ。


(いつもの三虎の匂いと違う。)


 いつも薄くただよう、木々の甘さのような、すこしからいような、奥深い、それでいて品があり、軽やかな匂いは、浅香あさこうだと前に三虎は教えてくれた。

 涙がひっこんだ。

 真顔になり、三虎の胸の衣を両手でしっかりつかみ、三虎の顔を間近から見上げた。


「本当に、どこに行ってたの?」


 居心地悪そうに三虎は身じろぎして、


わらはには、まだ早い。」


 と一言だけ言って、


「ホラ、なかへ入れ。オレだって眠い。うわ、冷えてんな古流波こるは。風邪ひくぞ。」


 と矢継ぎ早に言葉を重ね、オレの背中をポンポン叩いて体を離した。

 なんだかすごく……釈然しゃくぜんとしなかったが、その夜、すっかり冷えたオレの手を三虎が握って温めてくれたので、それが嬉しくて、


(まあいいか……。)


 と眠りに落ちてしまった。






 

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