第二話 大川、何似幽懷攄、了。
何を
* * *
大川さまが大人の名を授けた。
九歳の
見ている者は皆笑顔で、二人に見入った。
足捌き、指の運び、若木のような背筋。
二人がどれだけ練習に励んできたか、よく分かる。
そして、二人の距離の近さも。
父の旅路への
よく伝わってくる……。
三虎の前、
切れ長の瞳は、熱心に舞台の
大川さまは心から嬉しそうな、だが少し、悲しそうな笑顔を浮かべ、
「兄上……。」
そう一言だけ、つぶやいた。
目が、潤んでいるのが、清い月の光に照らされて見えた。
三虎は思わず、目をそらした。
あらゆる想いが、三虎の胸に去来する。
あのくちなわ女。
大川さまの
兄上への簡単ではない想いを抱え、それでもここまで立派に穎人さまを育てられた、大川さまの
三虎は唇を引き結んだ。
思考が乱れた。
この状態で大川さまの側にいては、静かに物思いにふける大川さまの雑音になる。
三虎は頭を冷やすべく、その場を離れた。
貴賓席より
パキリ。
と木の枝を踏み折る音がした。
見ると、茂みの影がゆらりと揺れ、顔の白い、山吹の衣の
「三虎……。」
古志加が郷の女の衣を着て、立っている。
紅珊瑚の耳飾りが
それ以外の飾りはつけていない。
「うわ……。なんだ。」
ちょっと現れかたがこの世のものではないようで、三虎は驚く。
「おまえ、衛士の務めは?」
このような大きな祭りでは、昼番でも仮眠をとり、夜の
「荒弓に、無理を言って、時間をもらいました。」
そう静かに言った古志加は、ぱっと駆け出し、三虎の胸に飛び込んできた。
髪も、肩も、冷えてる。
「あたし、三虎に、無事に帰ってきて、ってどうしても伝えたくて……。」
「もうさんざん、
三虎は猫のような古志加を抱きとめ、苦笑する。
「おまえ、顔色悪いんじゃないか?」
いつもより顔が白い。
左手で無造作に古志加の額に手をあてる。
やはり冷えてる。
舞台では、
「三虎、練り香油、本当にすみませんでした。」
こちらの質問に答えず、古志加は謝る。
額にあてた三虎の手の下で、大きな瞳が三虎をじっと見上げている。
紅い耳飾りが、黒い瞳が、
───
「もう、許すって言ったろ。」
三虎は苦笑を深くする。
本当は古志加を組み稽古でふっとばすまで、イライラは消えなかった。
額から手を離す。
その手を素早く古志加がとらえた。
三虎は手をとられ、驚く。
古志加が抱きついてくるのは慣れっこだが、様子がいつもと違う。
「おい……。」
と声をかける。
舞台では、
くはや ここなりや……
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