心のひだ魂の深く、其の四
「あの
あたしの母刀自が舌足らずで、何を喋ってるかわからなくて、腹が立って首を締めて殺したって……!
三虎が郷長の家族を捕まえた時、一人、隠し
あたしを母刀自と同じ目にあわせてやるって、あたしにのしかかってきたんです。
あまりに酷い。
母刀自の最後があまりに可哀想だ……!」
わあああ、と
三虎はしっかりと古志加を抱きとめる。
「それであたし、やっと分かったんです。
十歳のあたしは幼くて、母刀自が死んだのは悲しかったけど、郷長の家って大きくて、広くて、一回しか行ったことがなくて、山と
でも違った。
母刀自がどんな
やっと分かった。
憎い。
母刀自を攫った
殺した
もう三虎が
まだまだ憎くて、百回でも体を引き裂いてやりたい!
こんな憎しみ、どうしたらいいの!」
三虎は無言で古志加を抱きとめる。
「怖い、怖い夢は……、怖い夢は、母刀自とあたしが、かわるがわる、ずっと……、最後は首を締められて、あああ! いや────ッ!!」
とうとう古志加は絶叫した。
「古志加! 落ち着け! オレを見ろ!」
三虎の鋭い声が飛んできて、強い力で顎をとらえられ、上をむかされた。
すこし、青あざの頬に手が触れて、ビリリとしみる痛みが来て、古志加の意識にチカっと白い光を灯した。
「オレはおまえの、強いところが好きだ、古志加!」
間近で古志加を見下ろす三虎が、しっかりと言い切った。
あっ、と古志加は息を呑み込んだ。
「古志加、オレがちゃんとついてる。落ち着け。」
はあ、はあ、と荒い息をつきながら、急速に古志加は大人しくなった。
かわりにみるみる顔が赤くなる。
(そ、そんな言葉で
どっと疲れが来て、三虎の言葉が効きすぎて、身体の力まで抜けてしまう。
三虎は落ち着いたのを見計らって、
「それで全部か。
心にわだかまるものがあれば、全部話せ。
と力なく三虎の胸にしなだれかかる古志加にむかって言う。
古志加はぎょっとして目を
(あ、あれまで言わねばダメなのか……。)
三虎は容赦ない。知ってる。
(あれを言うのかぁ……。)
古志加は顔を赤くしてイヤイヤと首を振る。
「古志加。」
と三虎が半目になり怖い顔になるが、
「ま、待って……、時間を下さい。
さすがのあたしも恥ずかしいです。」
と困って言うと、ぴしっと額を指で弾かれた。
「なぁにが恥ずかしい、だ。
とニヤリと笑いながら三虎が言う。
(あっ、本当、意地悪───!)
古志加は赤い顔で目をつむり、はあ、と熱いため息をつく。
言葉の甘さと意地悪さが目まぐるしくて、くらくらする。
三虎の魅力に
思考力が奪われる。
(……あたしは、三虎を恋うてる。)
そう思うと同時に、危機感を覚える。
きちんと心の奥深いところまで見せてしまわねば、三虎に見透かされる。
容赦のない三虎は、うっかり、古志加の恋心まで、白日のもとにさらしてしまいかねなかった。
三虎に
(よし、言う、言うぞぉ……。)
「あたしは、はじめに頭を岩で殴られて気を失いました。
後ろをとられるまで気がつかなかった。不覚です。
意識が戻ったとき、まだ身体の痺れはありましたが、反撃しようとしました。
手足が自由であれば、素っ裸にされようが、あたしは戦えます。
だけど、思いもよらぬ母刀自の話をされて……。」
そこで古志加の身体がガクガクと震えはじめた。
三虎がしっかりと抱きとめる。
「驚いて、悲しくて、とにかく、身体が全く動かなくなりました。
そこで初めて、本当に怖くなって、何より、何より嫌だったのは……。」
涙がしみだしてきた。
言葉にするのが辛い。
古志加は泣きながら首をふり、
「
今まで自分でも聞いたことのないような声。
そんな声を、初めて聞かせたのが、あんな
それが何より、本当に、嫌です。」
古志加は悲しく涙を落とした。
「なんて言った。」
「………。」
古志加は言葉に詰まる。
「オレに聞かせろ。オレが聞く。」
「なんて口走ったかは、あまり……。
それに、同じような声は、うまく出せません。」
本当のことだ。
「いい。覚えてる限りで。」
困りつつ、古志加は三虎の胸に顔を押しつけ、
「あ……。」
と声を出してみる。
「いや……。」
もっと高い声だった気がする。
「やぁ……。」
もっと細い声だった気がする。
「やぁ……。」
もっと震える声だった気がする。
「三虎……。」
たしかにあたしは三虎の名を呼んだ。
それだけは確かだ。
「バカ野郎……!」
三虎の胸が震え、腕が震え、声が震えた。
(え?)
と思って三虎の顔を見上げようとしたら、それより早く、ことんと三虎が古志加の髪の生え際に顔を押しつけた。
これでは顔が見えない。
三虎の胸は震え続けて、
「なんでそれで、オレの声が届かねぇの……!
オレは、オレの名を呼ばせて、
それで失敗した。
ちゃんと呼べよ、オレの名を。バカ……!」
三虎の左腕にきつく抱きしめられ、髪の生え際に押しつけられた顔からは、熱い息が、細い温かい涙が。
(……泣いてるの? 三虎。)
「オレ、今回、すげぇ怖かった。間に合わないかと。矢が、それた矢が当たってたら、どうしようかと……。
バカ、古志加、バカ。」
そこで三虎が顔を離し、さっと右手で目もとを拭き、すん、と鼻をすすった。
(あれ? 右肩怪我してるから、右腕使っちゃ痛いんじゃ……。)
もう胸は震えていない。
でも目は赤く、頬も鼻も赤い。
(泣き顔……。)
表情はいつものムッとした不機嫌顔だ。
(三虎の泣き顔……。)
今見てるものが信じられず、古志加は頬を染め、口を緩く開け、三虎の顔をまじまじと見てしまう。
自分の
心が……温かい。
三虎も古志加をじっと見つめた。
「間に合って良かった。いや、違う。
ちゃんと、元に戻す。」
表情はいつもの不機嫌顔だけど、見つめあうと、目の奥に……、揺らめく熱を感じる。
その熱はなんだろう。
古志加には
はあ、と息を吸い込みながら、ゆっくり三虎の顔に顔を近づけるが、三虎がちょっと顔を引いて、
「あとやっぱ、オレ、無理だぁ──。
どうしてもバカって言っちまう……!」
と苦々しげに目をつむって首をふった。さらに、
「怖くしないのも無理……!」
そう言って、くわっと目を見開いた。
(そ、そんなに無理……?)
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