心のひだ魂の深く、其の二
三虎も、ムッと不機嫌そうな顔で、机を挟んで倚子に座り、左手で頬杖をついた。
「オレの顔は怖いか、
(そんなこと……。)
古志加はくすりと笑った。
怖いといえば怖い。
いつも不機嫌そうなムッとした顔か、無表情だ。
だが、たまに見せる笑顔が、すさまじく魅力的だ。
それが三虎だ。
(そしてあたしは、その不機嫌そうな顔も、笑顔も、恋いしかった。)
目線を下に、物思いに沈んでしまう。
(恋いしくても、あたしはそれを口にすることはない……。)
恋いしいと伝えたい気持ちも、今は、がらんとした古志加の身の内から失くなってしまった。
このように人は、あったはずの感情を失くしながら、黄泉に旅立つ準備をするのだろうか……?
三虎がため息をついたので、古志加は目線をあげた。
(いけない。無言になってしまった……。)
「その傷、すまなかったな。」
三虎が謝る。
古志加は目をさまよわせる。
(何だっけ……。)
「
古志加は右手で額を触った。
(そうだった。)
……何も感じない。
三虎は謝った。返事をせねば。
「はい。」
返事をする。
「誰かを
……何も感じない。
「はい。」
返事をした。
「
……何も感じない。
「はい。」
返事をした。
三虎はため息をつき、頬杖をはずして、左手の指先でトントンと机をたたいた。
そして倚子を立ち、
フタを外すと、沢山のくるみが入っていた。
あのくるみだ。
蜂蜜と桂皮(けいひ)の匂いもする。
「おまえ、これ好きだったろ。」
と三虎がすすめてくれる。
古志加は壺を見つめるだけで、動かない。
(……このくるみと同じくるみを。
朱色の麻袋に入れて胸に抱き、
首にはまざまざと締められた跡が……。)
「ほら。」
三虎は一つ、くるみをとり、古志加の口に入れた。コリ、とくるみを食べながら、
……
(このくるみを口に入れられ、三虎に助けられなければ、あたしは雪道で行き倒れ、死んでいた。
叶わぬ恋に苦しみ。
怖い夢と憎しみにもがく、今のような思いをせずに、黄泉でもっと早く、母刀自に会えていた。)
たまらず、涙が一粒、無表情な古志加の頬を伝った。
「泣くな、バ……!」
バカと言いかけた三虎が言葉を呑み込んだ。
「ふ。」
古志加は鼻から大きく息を吸い、涙を止める。
それ以上泣かない。
「あたし、ちゃんと言うことききます。」
これでも、時々、三虎の言うことをきかないのは、悪いとは思っているのだ。
(でもあたしは、きけないと思ったことは、きけない。
自分でもそこは変えられない。
だから、その他のことは、ちゃんと言うことをきこう。)
「お。」
三虎がニヤリと笑う。
「じゃあ、こっち。」
そう言って倚子を立った三虎は、部屋奥の寝床の方へゆっくり歩き、左肩を下に寝床に寝そべり、寝床に古志加の寝れる空きを作り、左手でポンポンと、ここに来い、という仕草をした。
古志加はくるみの壺にフタをし、倚子から立ち上がり、だが寝床のそばに来て、流石に
ふっと笑った三虎は、真剣に古志加を見た。
「オレとて、七年前、
今だけは、あの頃のように。
古志加、望むなら、今だけは、
その言葉は、古志加のなかに熱を生んだ。
三虎は、幼い古志加を
古志加は、頬に熱があがってくるのを感じながら、
「古志加でいい。」
と告げ、左肩をなるべく動かさないよう、三虎の隣に寝そべった。
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