秘密の吾妹子、其の二

 布多未ふたみ古志加こじかは、ほんの一瞬、唇を重ねた。


「や……!」


 古志加がびっくりして、逃げるように後退あとじさろうとする。

 暴れては怪我をさせてしまう。

 それに魂呼たまよびにならない。

 素早く古志加を抱きすくめ、耳もとに、


「古志加、しぃ。」


 と言って黙らせる。


「は……! や……!」


 となおもイヤイヤをするように首を振るが、さっと顎をつかんで、


 今度はもっと深く唇を重ねる。


 古志加はぶるぶると震え、唇を離すと、また何かを言おうとするが、


「しぃ。」


 と間近から笑顔で古志加を見つめ、そう言って黙らせる。

 そのままヒョイと古志加を抱き上げ、部屋奥の黒檀の寝床に降ろす。

 サラリと白いしゃが大きく揺れる。


「いやっ! 怖い……!」


 綿をたっぷり含んだ布団に、弾むように着地した古志加は、すぐ身体を起こし、寝床のはじ、壁の方に逃げてしまう。


(ふむ。怖いか。)


 布多未は顎に手をあて、考え、にっこり笑った。


「───怖くない。」


 寝床に手をつき、古志加と顔の高さをそろえ、言う。

 古志加は、そんなことない、と首を振るが、


「大丈夫。これは魂呼たまよびだ。

 オレがおまえの体と魂を、ガッチリ結びつけてやる。

 怖くはしない。

 オレがここまで言って、しくじると思うか?」


 と真剣に言って、左手をさしだす。


「元のおまえに戻してやる。楽になるぞ。……来い。」


 古志加は泣きそうな顔で迷いつつ、右手を恐る恐る差し出した。

 しっかり手をつかみ、怪我をしてる左肩に気をつけつつ、寝床に引き倒す。

 あっという間に全裸にする。




 古志加の裸は美しい。

 豊かな乳房、一刻くらい余裕で剣を振り続けられる、衛士として良く鍛えられた筋肉。

 新しい傷と、古い傷が全身におよぶ。

 浮刀自うきとじが見たなら、


「こんな傷だらけのゴツゴツしたおみな!」


 と卒倒するかもしれないが、


(好ましい。)


 と布多未は思う。この身体になるまでに、どんなに鍛練を積んだか。

 傷を重ね、それでも怯まず、このおみなは乗り越えてきたのだ。

 こんな女は、上野国かみつけののくにのどこにもいない。


(おまえは強いだろ、古志加。)


 魂を散らすな。

 元に戻れ。





 布多未がのしかかると、


「あっ! やっ! 怖い!」


 と声をもらすので、


「怖くない、と言え。」


 と有無を言わさず言った。

 布多未の口づけを首筋にうけながら、涙目で、震え、


「こ……怖くない。」


 と古志加はやっと言った。


「布多未にまかせる、と言え。」


 また有無を言わさず言うと、布多未に豊かな乳房を揉みしだかれながら、


「ふ、ふ、布多未にまかせる。」


 と古志加は絞り出した。

 柔らかく引き締まった古志加の腹をぺろりとなめると、


「やっぱ怖い───!」


 と起き上がろうとするので、


「怖くないと言え!」


 と布多未は言い、古志加の腰を引いて、ぱたんと仰向けにさせる。


「うっ……、怖くない。」


 泣きそうになりながら古志加は言う。


「もっと大きな声で。」


 注文をつけると、古志加は自棄やけになったように、


「怖くない───!」


 と大声を出した。布多未の舌をうけ、


「ひゃああ! 変なかんじ──!」


 と色気のない大声をあせって出すので、


「布多未にまかせると言え!」


 としかりとばすと、


「ひええん! 布多未にまかせる……。」


 と口にし、ギュッと目をつむった。

 その後も丁寧に古志加の身体を撫で、

 口づけし、

 肌を味わい、

 かじり、

 指先で遊び、

 丹念たんねんに高めていくと、

 やがて古志加の身体がふるふると震えだし、赤い顔で、はぁ、とため息をついた古志加が、


「何これぇ……? 怖い……。」


 と熱に浮かされたように言うので、その赤く濡れた唇を奪い、笑いを含んだ目で見つめ、


「怖くないと言え。」


 とささやいた。とろんとした目で、


「怖くない……。」


 と古志加は言った。

 そして、古志加を刺し貫きながら、


「布多未にまかせると言え。」


 と有無を言わさず言うと、古志加は乱れながら、


「あああ! 布多未にまかせる……。」


 と寝床に顔を押しつけ言った。

 その後もさんざん、美しく弾力に富んだ古志加の身体を責め上げながら、

 怖くない、

 布多未にまかせると言わせ、

 全身玉の汗をかいた古志加と手をつなぎ、つややかに乱れ、あえぐ色っぽい顔を見下ろしながら、


「布多未を恋うてると言え。」


 と言った。


「布多未を恋うてる……。あれっ?」


 うち重なる快楽くわいらくに悶えながらも、自分の口にした言葉に、古志加はまばたきをした。

 布多未は、


「はは……。」


 と笑い、その可愛らしい唇に口づけする。

 まだまだやめない。




「は……。」


 とうとう古志加が、ぱたんと寝床にうつ伏せに倒れこんだ。

 腰が抜けたのだ。

 動けない古志加に、


「オレの吾妹子あぎもこになれ、古志加。

 もう他の誰にも渡さん。

 と言え。

 言うまで、腰が抜けてようが、続けるぞ。」


 と、ぱんと尻を打つと、


「ひゃっ!」


 と古志加が悲鳴をあげ、


「うう……、意地悪。」


 と赤い顔でうらめしそうに布多未をにらんだ。

 その目はきらきらと輝いて、生気に満ちている。

 もう元の古志加だ。

 そして耳まで真っ赤にし、恥じらい目を伏せながら、


。」


 と言い、布多未を見てニッコリと笑った。




     *   *   *




 秘密の吾妹子あぎもこ


 古志加は、酉団とりのだんに移った。

 時々、剣の稽古をつけてやり、そしてもっと頻繁ひんぱんに、布多未は古志加を求める。

 しだいに夜だけではなく、昼、布多未の部屋で。

 人気のない茂みで。

 こっそりと衛士舎で。


「もうっ! 見つかったらどうするの。やめて!」


 と古志加は毎回怒りつつ、布多未が身体を開かせると、乱れ、とろけ、あられもない恰好で布多未を受け入れてしまう。

 事を終わらせると、またプリプリと怒り、だが赤い顔で心底困ったように、


「もうでないと満足できないの……。」


 と口にするから、可愛くてたまらない。






 そしていつものように布多未の部屋で、古志加に存分に甘い声をあげさせていると、バタンといきなり妻戸つまとが開いた。


「げっ!」


 そこに仁王立ちしているのは鏡売かがみめだ。

 憤怒の表情で、メラメラと目に怒りの炎が燃え上がっている。


「どうしてここに……!」


 鏡売が無言で手を振りかざして、布多未の顔を容赦なく引っこうと、恐ろしい速さで襲いかかってきた。


「ぎゃあああ!」


 布多未は心から恐怖の叫び声をあげ、布団から飛び起きた。

 ここは上毛野君かみつけののきみの屋敷の、布多未の部屋。


(ゆ、ゆ、ゆ、夢……。)


 夢で良かった。

 古志加の艶っぽい良い夢だったが、鏡売が怖すぎる。


 本当、夢で良かった。


 布多未は一人、はああ、とため息をついた。



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