白珠の恋、其の二


 両手の平で包んだ古志加こじかの顔が、はっとたじろいた。

 慌てて倚子から立ち上がろうとする。


「落ち着いて。」


 阿古麻呂あこまろは右肩に手を置いて座らせる。


「なぜ日佐留売ひさるめが、夜に二人きりにしてくれたと思う?

 おのことさすることが、おみなにとって強力な魂呼たまよびになるからなんだ。

 どんな言葉よりも強く、体と魂を結びつけてくれる。

 日佐留売が古志加に、悪いことを用意すると思う?」


 古志加は激しく戸惑いながら、


「お、思わない……。」


 と言った。そしてすぐ、


「でも、あたし、怖い……!」


 とカタカタと震えだした。


「古志加、大丈夫。心配しないで。

 怖くないよう、ちゃんとするから。

 すごく気持ちよくなって、頭が真っ白になる処まで連れて行ってあげる。

 そこで、古志加は体と魂を結びなおす。

 そこから帰ってきたら、もううらぶれない。怖い夢も見ない。」


 オレが、はらうから。


「約束する。」


 そう言うと、古志加がこちらを見て、まだ震えつつ、


「ほ、本当……?」


 と訊いた。


「うん、オレを信じて。」


 としっかり口にすると、


「う、うん……。」


 と小さい声で古志加は了承した。

 阿古麻呂の心臓しんのぞうが、とく、と脈打つ。

 震えつつ、どうすれば良いかと、目で古志加が問う。


「目を閉じて。ちゃんと……怖くないから。」


 そうささやくと、揺れる目でこちらを見ながら、


「うん……。」


 と古志加は目を閉じた。

 カタカタ震え、泣きそうな顔をしている。


「オレは古志加が恋いしい。古志加を心から、恋うてる。」


 そう怯えた顔の古志加にささやくと、ちょっと頬が赤くなった。

 そのまま両頬に手を添え、

 古志加の震える唇に、唇を重ねる。


 怖がらせないように、

 怖がらせないように……。

 そっと。


 優しさを伝え、唇を離すと、

 ぱっと古志加が目を開いた。


「……怖かった?」


 ほほえみながら古志加に問うと、古志加は困ったように、ふるふると首をふった。

 もう震えていない。

 阿古麻呂は明るく笑い、古志加を抱き上げ、寝床に運ぶ。

 そのまま古志加を紐解いていくと、


「あ……! や……! やっぱり、怖い……!」


 と古志加が怯えた。

 失敗するわけにはいかない。

 古志加の魂を繋ぎとめられるかどうかが、かかっている。

 羽根が触れるようにそっと古志加の乳房を口に含み、


「は……!」


 戸惑いの息を吐く古志加に、


「大丈夫、怖くない。ゆっくり……、気持ちよくなるから。」


 と根気強く伝える。


「ん。」


 と頬を赤くし、ちょっとのけぞった古志加は、


「怖い。なんか……、体の中から、ゾワゾワしたものが昇ってくる。」


 と口にした。阿古麻呂は笑い、


「それがおみなの気持ちよさというものだ。

 心配いらないから、身を任せてごらん。

 声も出して……。」


 と言った。


「こ、声……?」


 と古志加がまばたきするので、阿古麻呂は古志加の怪我した左肩をさけつつ、古志加のすべすべとした肌をさすりあげ、


「はい、声をだして。あん。」


 と言った。古志加は困り顔で、


「あ、あん?」


 と従い、そのあと、ぷっ、と吹き出した。

 阿古麻呂も明るく笑う。


(そう……。良い調子。)


 やがて、古志加を熱く閏わせ、充分すぎるほど閏わせ、それでも体を固くする古志加に、


「ちゃんと、すごく気持ちの良い処まで、オレが連れてくから。

 オレを信じて……!」


 と荒い息をつきながら阿古麻呂は言い、古志加は阿古麻呂を受け入れながら、阿古麻呂と繋いだ手をギュッと握り返し、大きな口を開け、今まで聞いたこのとない色艶のある声を出した。




 その後、阿古麻呂の左肩に頭を乗せた古志加は、頬も赤く、ポ───ッとした表情をしている。


(……ちゃんと魂呼たまよびはできたろうか?)


 さする前の、焦点の合わない顔とは違うと思うが、と阿古麻呂が古志加を見ていると、


「聞いて。あたしね……。三虎を恋うてたの。でも、三虎はあたしを、秋間郷あきまのさとに送るって……。

 あたし、あたし、本当は……。」


 と古志加が涙をこぼした。


「古志加。オレは三虎ではないけれど、これは魂呼たまよびだから……。

 三虎に、何をしてほしかった? オレが全部、古志加にしてあげる。言って。」


 阿古麻呂は古志加の涙をそっとぬぐい、そう言った。

 本当は、オレ自身を見てほしい。

 でも今は、古志加から悪夢を祓う。

 そのためにオレは何でもする……。


「や、優しく……、優しくしてほしい。」


 と泣きながら古志加は言い、


「わかった。では、優しく……。」


 と阿古麻呂は古志加の言葉そのままを受け入れ、優しく口づけし……、

 古志加の固さがほどけ、さっきより比べ物にならないほどの甘い声が出た。

 阿古麻呂は嬉しく思う。



 悪夢よ、古志加より去れ。

 跡形もなく、体から出ていけ。

 古志加。

 優しくしてほしいのなら、

 いくらでも、いくらでも、優しくする。

 古志加が三虎にしてほしかった分まで、オレが優しくする。

 果てまでも、満足させる。

 だから、魂よ、戻れ。

 体からぶれるな。

 黄泉に焦がれて、体から抜け出ようとするな。

 古志加に戻れ。


 そう阿古麻呂は念じ、

 優しく、ゆっくり動くが、

 古志加を味わうような形になってしまい、

 古志加はますます声をあげ、

 なまめかしく身悶えし、


(気持ち、良すぎ……。)


 と阿古麻呂は、とろりと口を開ける。


「古志加……。」


(……オレの、名を呼んで。

 阿古麻呂と、呼んで。

 今、古志加の口から、聞きたい。)


 と言いたい気持ちを、阿古麻呂はぐっとこらえ、笑顔で、


「どう、してほしい……?

 何を、言ってほしい……?

 何でも、言って……。」


 と尋ねるが、

 古志加は甘い声をあげ続け、

 悶え続け、

 なんとか阿古麻呂を見て首を振るだけだ。


(美しい……。)


 気持ちが込み上げ、


「古志加、綺麗だ。恋いしい……。」


 と目を見つめて言うと、古志加の声がやんだ。

 阿古麻呂を見て、唇を震わせ、

 ……目がキラリと光ったように見えた。


 阿古麻呂は身体を自在に動かし、古志加は小川の上を浮かび流れる、木の葉のように身を揺らす。

 流れの緩やかなところでは、身体を大きく上下に揺らし、清水が岩をくしけずる急流では一転、ガクガクと小刻みに身体を震わせ、流れにくるくるとまれ、


「あ、あ、あ……!」


 と声をあげるが、

 ……阿古麻呂の名は、呼ばない。


 木の葉はやがて、滝壺に落ち、阿古麻呂の心尽くしの果てに、古志加は目を見開き、汗にまみれ、舌を出し、叫び、ガクリと体の力が抜けたので、

 約束通り、ちゃんと連れていけたと思う。

 



 米菓子を食べながら、阿古麻呂は、


「もう……、大丈夫だろ?」


 と古志加に訊くと、


「うん……、あたし、怖くない。

 不思議……。」


 と古志加は、はにかんでうつむいたが、その表情は力強い。

 いつもの古志加が帰ってきた。


(良し。)


 阿古麻呂は、


「んん!」


 と咳払いをしてから、顔を赤くし、自分の心臓しんのぞうが早鐘を打っているのを感じながら、


「では、魂呼たまよびはここまで。ここからは……、オレの妻問つまどい。

 もちろん、断ってくれても良いし、その場合は、今夜のことは気にしなくて良い。

 生きるために必要な魂呼たまよびだったのだから。

 でもオレは、古志加を心から恋うているから、できれば、オレのいもになってほしい。」


 と古志加の顔を見て、ちゃんと言った。

 古志加は、


「ひゃ。」


 と口もとを押さえ、目をあちこちに彷徨さまよわせた後、赤らめた頬で、手を口から離し、


「あたし……、もう、阿古麻呂なしで、生きていけない。

 ここを出て、阿古麻呂のいもになる。」


 と言った。


「ぃやったあ───!」


 と阿古麻呂は大声で叫び、


「あ────!」


 と自分の大声で夢から醒めた。


「うるせぇ!」


 と近くで寝ていた老麻呂おゆまろから、寝ワラが飛んできた。

 ここは衛士舎えじしゃ


(ゆ、夢……!)


 阿古麻呂は頭を抱えた。


(生首の悪夢でなくて良かったけど、

 なんて夢を見てしまったんだ……!)


 あれがうつつならどんなにか……。


 いやすごい夢だった。

 阿古麻呂は一人顔を赤くし、ため息をついた。






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