第十四章   夢にそ見ゆる

白珠の恋、其の一 

 阿古麻呂あこまろは、夕餉ゆうげを断り、日佐留売ひさるめの部屋に急ぐ。

 思った通り、日佐留売と古志加こじかと、福益売ふくますめ難隠人ななひとさま、浄足きよたりが夕餉を食していた。


「まあ……!」


 と日佐留売ひさるめが驚いて、阿古麻呂あこまろを迎えてくれた。


日佐留売ひさるめ、お願いがあります。

 オレには自由に使える部屋がない。

 今夜一晩だけ、古志加こじかといられる部屋を、与えてもらえませんか。」


 そう言うと、日佐留売が迷う顔をする。


「けして生半可な気持ちで言ってるわけではありません。オレは失敗しない。必ず、古志加こじかの魂を繋ぎとめて見せます。」


 そう静かに、日佐留売の目を見て言うと、


「わかったわ……。ここから西へ三つ目の部屋を使いなさい。でも、嫌がるなら、ダメよ……?」


 と日佐留売は古志加の夕餉を切り上げさせ、かわりに米菓子を阿古麻呂にもたせて、その部屋まで案内してくれた。

 日佐留売はわかっている。

 阿古麻呂がどのような方法で魂を呼び、その後、米菓子があれば、疲れを癒やし、古志加が喜ぶであろうことを……。




    *   *   *




 古志加と二人きりになった。

 古志加は倚子に座り、静かにしていたが、


「あたし、怖い夢を見るの。怖い……。」


 と震えながら涙を零した。


「古志加……。」


 いつも明るく笑い、

 剣を振るうときはあれほど剣気がきらきらしいのに、

 今、これだけ弱りきってしまっているのは、哀れであった。

 守ってあげたい。

 なんとしても、怖い夢に囚われている今の状況から救わねば。

 毎夜、怖い夢を見続けるというのは、どういうことか。

 阿古麻呂にはよくわかる。


 ……花麻呂はなまろは知らないことだが、なにせ、花麻呂は、阿古麻呂が十四歳のときに、さっさと、上毛野かみつけのの衛士団えじだんに入団してしまった……。


 跡取りのはずだった兄が、オレが十五歳になる前に、落馬が原因で黄泉に渡ってしまった。

 オレは十五歳になっても、親父から衛士団の入団を許されず、私出挙しすいこ種籾たねもみの高利貸し)の取り立てをし、銭を儲けることばかりを考える仕事をつげと親父から強要された。

 オレは反発した。

 十七歳のとき、


「楽しみを知らないからだ。」


 と親父の手下達に無理やり、下人に落とされた百姓ひゃくせいを入れてる牢に連れていかれ、

 手下のおのこおみなを一人牢から出し、手下は裸になった。

 背中にくっきりと、肩甲骨から尻まで、なで斬られた刀傷が男にはあった。

 オレは頭が真っ白になって、牢に置いてあった棒を手にとり、あっという間にそこにいた手下六人を打ち倒した。

 そして、牢にいた百姓ひゃくせい二十人ばかり全員を出し、逃してやった。

 屋敷に戻り、堂々と親父に伝えたら、したたかに殴られた。


 そこまでは良かった……。


 だがその四日後、


「まったく、これしか見つかりませんでしたぜ。」


 と笑いながら親父の手下どもに見せられたのは、


 助けたおみなを含む、五つの生首……。


 毎夜、夢に見た。

 今でもまだ、夢に見ることがある。

 オレは時々、わけのわからないことを口走るようになり、とうとう親父はオレを諦め、同母妹いもうと阿古夜あこや婿むこをとらせる方針に変えた。

 そしてオレはやっと、上毛野かみつけのの衛士団に入ることが許された。


 そして念願の衛士団で、濃藍こきあいの衣にくるまれた、白珠しらたまのように美しいおまえを見つけた。

 古志加。

 オレが、怖い夢をおまえからはらってやる。

 必ず。

 失敗はしない。

 オレは一度、気がいて、失敗してしまっている。

 もう、同じ過ちはおかさない。


 魂呼たまよびは名を呼ぶ。

 そして、気をひける、魂に響くような言葉を口にする。

 オレは古志加が恋いしい。

 だが残念ながら、そこまで古志加のことを知ってるわけじゃない……。

 慎重に行こう。



「古志加、心配しないで。

 ちゃんと魂呼たまよびしてあげる、って言ったでしょう?

 オレを信じて。」


 そう優しく言いながら、倚子に座る古志加の前にひざまずき、視線をあわせ、頬を優しく両手で包んだ。

 古志加は、頬に手が触れる直前、ピクリと肩を揺らしたが、大人しくしてる。


古志加こじか、古志加はどのような言葉が好き?

 どのような事を言ってほしい?」


 そう本人に直接聞いてみるが、古志加はまばたきし、


「わからない……。あたし、本当に、わからない……。」


 とポツリと言う。

 ではもう、真っ直ぐに勝負しよう。

 阿古麻呂あこまろは微笑みながら、


「では、このような言葉はどうかな?

 古志加は強い。」


 古志加の目はぼんやりしている。


「古志加は綺麗だ。」


 古志加の反応は鈍い。


「古志加は衛士の濃藍こきあい衣でも、飾らなくても、顔が愛らしくて、女らしい。」


 前にそう言ったときには、確かに手応えがあった言葉だが、今は手応えがない。


「オレは古志加に恋してる。」

「………。」


 心を込めて言うと、古志加の頬がほんのり染まった。


「オレは古志加が恋いしい。心から。」


 古志加が身動きした。


「でもあたし……、いもとは……。」


 申し訳無さそうに古志加が下を向いた。

 阿古麻呂は笑って、


「古志加、今は妻問つまどいの時間ではない。

 魂呼たまよびの時間だ。

 妹となれるかどうかを問うているんじゃない。

 でも、オレはこれから……、同じことをする。」





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