第五話

 小屋の外の見張りを音もなく斬り伏せ、


「まず中に入るは十。少志しょうしまで。」


 と布多未ふたみが言った。

 子団ねのだん広瀬ひろせさまについて留守。

 布多未と、大志たいし、少志まででちょうど十人になる。

 上毛野かみつけのの衛士団は四十人で来ていたが、阿古麻呂あこまろは、


(外で待つしかないか。)


 と高揚した空気のなかで己に言い聞かせる。

 十人が進み出、扉を打ち破り、我先にとなだれをうって踏み込んでいく。


「あっ!」


 自分の隣から、古志加こじかが、肩で人波をぬい、押しあたり、猛然と入り口へ駆け出した。


「古志加!」


 慌てて阿古麻呂もあとを追う。

 そして見た。

 人の肩の向こうで、先頭を行く布多未が、豪剣を振りかざし、


「はぁい ち、」


 一人斬り、


「ま、」


 二人斬り、


「つ、」


 三人斬り、


「り。」


 四人。あっという間に斬り伏せた。

 剣撃が早い。


(強い……!)


 小屋のなかには三十人ほどの賊がいるか。

 すぐに布多未は見えなくなった。

 乱戦となり、阿古麻呂もすぐ賊と切り結ぶ。

 その賊の向こうに、荒弓が揺るぎなく剣をふるっているのが見えた。

 普段の温厚な彼からは想像がつかないほど、剣さばきは荒々しい。

 血煙りと悲鳴と怒号が飛び交うそのなかで、古志加が飛び出した。

 もう無言で、おみな二人がとらわれている方向へ、

 剣を回し、身を回し、斬撃が弧を描き、

 燭火ともしび松明たいまつ)に照らされ、

 髪も舞い、まったく足を止めず、

 敵をなぎ倒し、蹴り倒し、

 あっという間に女二人のところに到達した。

 そして二人を背にかばい、あたりに剣を向け、

 ふ────ッとうなり声をあげた。

 すすだらけ、血しぶきだらけの顔のなかで、

 目がらんらんと輝き、

 触れたら殺す、

 というように目から怒りの炎が噴き上がっている。

 美しい。

 指一本でも触れたら、

 火がついて焼け焦げてしまいそうだ。


 ……と。

 見とれている場合ではない。

 早くしないと手柄が無くなってしまう。




     *   *   *




「ああん! ああん! 

 日佐留売ひさるめ───!」


 賊を片付け終わり、縄を解いてもらったら、古志加が鬼気迫る衛士の顔から、親無しの寂しがり屋の女童めのわらはの顔になって、日佐留売に泣きながら抱きついてきた。


「怖かった、怖かったよぉ……!」


 と、どちらがさらわれたかわからない怖がりかたで、震えておいおい泣いている。

 さっきまで賊を何人も斬り倒したおみなと同じとは、到底思えない。


「古志加、わかった、わかったから……。」


 と背中をたたいてやるが、


(あっ、力、強い……。)


 ぐいぐい抱きしめてくる。

 ちょっと、どうしよう。


 と、近くに来た布多未が、古志加の頭をパンとはたき、


「ぎゃん!」


 と古志加は声をあげ、


「邪魔。離れろ。」


 と古志加の襟首をつかんで、日佐留売から引き剝がした。

 日佐留売はふぅ、と息をついた。

 古志加は布多未に襟首を釣り上げられたまま、


「ふぇ────ん。」


 と仕方なさそうに泣いている。

 見れば全身煤にまみれ、髪がところどころ焼けている。

 返り血も浴び、左肩には斬られた傷がある。

 他にも細かい傷が全身におよび、ずいぶんボロボロだ。

 死にものぐるいで助けに来てくれた。


「ありがとう古志加、布多未。助けに来てくれて。」


 心からの感謝を述べ、


「でも、ちょっと待ってね。どうしても先に、一つ、やりたいことがあるの。」


 と涙をにじませた笑顔で言い、


母刀自ははとじ……。」


 近くに微笑んで立つ鎌売かまめに抱きついた。


「日佐留売……。」


 と鎌売も抱きしめ返してくれた。

 久しく、このように、母刀自と抱きしめあったことはない。


 十四歳で女官として、上毛野君かみつけののきみの屋敷に来たときには、母と娘というよりも、もう女嬬にょじゅと新入りの女官としての関係のほうが、強かった。

 あたしは、名家、石上部君いそのかみべのきみの名に恥じぬよう、将来の女嬬候補としてふるまい、母刀自もそんなあたしを尊重して接してくれた。

 でも今は、


 抱きしめあいたい。


 母刀自にあたしも……、

 別にそれを疑ったことはなかったけれど、

 もう二十五歳で、子も二人いるけれど、

 あたしも、母刀自に愛されてる娘だ。


 久しぶりに抱きしめた母刀自は、記憶よりも小柄で、身体は細く、力は弱々しかった。かたく抱きしめあい、動かない日佐留売と鎌売を見て、古志加も泣くのをやめ、布多未と顔を見合わせた。


「ふむ。」


 と布多未は笑顔でちょっと首をかしげた。





    *   *   *




 上毛野かみつけのの衛士団の怒りは凄まじく、賊のほとんどを斬り殺してしまった。

 生き残った賊は五人ほど。

 対して、衛士団の死傷者はいない。


「こいつか。」


 布多未がきき、


「ええ。」


 日佐留売が答える。

 於屎売おくそめは死んでいた。

 誰が斬ったかわからない。

 どさくさのなかで衛士に斬られたか。

 もしくは、仲間に口封じに斬られたか。

 開け放たれた入り口から差し込む朝日に、

 口をぽっかり開け、うつろな死に顔が照らされていた。

 首領しゅりょうと見られた、知怒麻呂ちぬまろの姿は消えていた。




     *   *   *




 卯はじめの刻。(朝5時)


 清々しい朝日のなか、意気揚々と、

 卯団うのだんの皆は結果を報告しに、三虎の待つ医務室へむかった。

 三虎は寝床に腰をかけて、じっと荒弓の報告を聴いていた。

 古志加のほうを見ようともしない。

 鎌売と日佐留売が、無傷で助けられたことを聴いた時は、肩で大きく息をついた。

 そして荒弓の報告が終わり、皆を、


「良くやった。」


 と短くねぎらった後、初めて卯団うのだんの後ろの方にいた古志加に目をむけた。

 目に激しい怒りが燃えている。

 その目に射られただけで、ひっ、と古志加の身がすくんだ。


「てめぇ……、よくオレの前に顔が出せたな。

 オレの命令に背きやがって。」


 言うやいなや、三虎はそばに置いてあった、湯呑ゆのみ土師器はじきを左手で、ビュッと古志加にむかって投げつけた。

 それは正確に古志加の額の中央にあたり、ぱん、と砕けて散った。


「出てけ!

 もう卯団うのだんの敷地をまたげると思うな。

 明日にでも秋間郷あきまのさとに送ってやる!」


 三虎がえた。


「……!」


 古志加は額から土師器のかけらと血を垂らしながら、青ざめ、震え、だが何も言えない。

 口もとを手でおさえ、すぐさま、ぱっと部屋を飛び出した。


「古志加!」


 と卯団の何人かが声をあげ、


「三虎……。」


 と荒弓が渋い顔を三虎にむけた。


「うるせぇ! あいつはオレの命令に、皆の前で堂々と背きやがった。

 もう許せねえ!」


 三虎は再び叫ぶ。

 荒弓が首をふり、


「我々も身を清めたいので、

 これで下がらせてもらいます。」


 とその場をしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る