第四話

「目が覚めた?」


 おみなの声がした。

 日佐留売ひさるめは、手足を縛られ、鎌売かまめと一緒に、どこぞの小屋に寝かされていた。

 あたりは暗く、燭火ともしび(松明)が室内を照らしている。


「う……。」


 夜中に敵襲の鐘が鳴り、衛士の助けを待ち、部屋でじっとしていると、賊が押し入ってきて、腹を打たれ、気絶させられてしまった。

 さらわれて、ここに連れてこられてようだ。

 日佐留売を、吊り目のおみなが薄く笑い見下ろしている。

 さとおみなが着るくたびれた栗色の衣の、三十歳手前のおみな


「おまえ……、於屎売おくそめね。」

「ほほほ……。覚えていてくださり、光栄ですわ。日佐留売。ほほほ……。」


 吊り目のおみなは三十人ばかりの下郎を背に、上機嫌に笑う。

 左手に布を巻いている。

 ずいぶん前に、上毛野君かみつけののきみの屋敷から、ふっといなくなってしまった女だ。

 あれは……。

 乙巳きのとみの年。(765年)

 八年前だわ……。


「そうそう、日佐留売のくれた血止めの薬、良く効きましてよ。ほら……。」


 とおみなは左手に巻いた布をくるくると外した。

 そこには、親指以外、指がなかった。

 日佐留売は目をそらした。


「よく見るんだよ!

 これはおまえの弟がやったのさ!

 無抵抗のか弱いあたしの指を、三虎が剣で落としたのさ!

 そして、あと何刻かしたら、おまえも同じ手になるんだからねぇ……。」


 そこで於屎売おくそめは高笑いをした。


「ううん……。」


 とうなり、鎌売かまめが目を覚ました。


「あら鎌売さま! お久しゅうございます。ご機嫌はいかが?

 さっそくですがそこで、日佐留売がボロボロにされるのを見届けて下さいませねぇ。」


 と於屎売は言い放ち、自分の後ろで、


「さっすが、いい錦だぜぇ。」

「これなんて石だ? 名前わかんねぇ。」

「金だ! そいつはオレのだ!」


 と宝の山分けにいそしむ賊どもに、


「お前たち! もう良いよ。この女を好きにするがいい。」


 と声をかけた。

 だが宝の山に目の色を変えているおのこたちの反応は鈍い。


「ちっ。」


 と於屎売は舌打ちを一回し、甘ったるい声を出した。


「ねぇ、このおみなを見てごらんよ。

 もう年はいってるけど、髪はつやつや、肌もつやつやだろ?

 毎晩椿油やら、胡麻油やら、全身にすりこんでるのさ。

 こいつは金持ちで、生まれた時から、上等で柔らかい木綿の内衣しか、手を通したことはない。

 あたしらとは違うのさ。

 さあ、ひっぺがして、良く確かめてごらん。

 足の裏までつやつやしてるのか……。」


 燭火ともしびの明かりでもわかるほど、おのこ達の顔色が変わった。

 日佐留売は冷たい汗をかき、息をひそめた。


「ねぇ、こっちを先にさ? 知怒麻呂ちぬまろ。」


 と於屎売が、宝の山分けに参加せず、奥に座る二十代半ばの男に声をかけた。

 さっきから一言も喋らず、中肉中背で、つるばみ(ほとんど黒に近い灰色)の衣を着ている。

 顔立ちは凡庸に見えたが、目がくちなわ(蛇)のようにギラギラと光る、薄気味悪いおのこだった。

 知怒麻呂ちぬまろと呼ばれた男は鷹揚おうように頷き、


「於屎売の言う通りにしてやれ。宝の山分けは一時中断。

 なんせ、このおみなの助けがなければ、こんなに易易やすやす上毛野君かみつけののきみの屋敷からお宝をいただくなんて、できなかったんだからなぁ。」


 とニタリと笑った。

 恐怖に震えつつ、怒りがまさった。


「なんてことを……。」


 と日佐留売は於屎売をにらみつけた。

 おのこたちが低い声で笑いながら、ゆっくり立ち上がった。


「やめなさい! おまえたち!」


 鎌売が大声をあげ、縛られた腕で、足で、土床をはいずりながら、日佐留売の前に出た。


「この子はあたしの娘です。あたしが生きてるうちは、指一本、触らせるものか!

 おまえたち、あたしを先に殺すがいい!」

母刀自ははとじ! やめて!」


 日佐留売が息を呑む。


「おばあちゃんには用はないんだよ。」


 男たちはゲラゲラと笑う。


「いいえ、おまえはあたしの可愛い娘。

 あたしより先に死んではなりません。

 必ず助けは来ます。

 あきらめないのよ、日佐留売。」


 鎌売は緊張のにじんだ声で、日佐留売に言い聞かせた。

 日佐留売の目に涙があふれた。




 わあ、と小屋の入り口あたりで声があがった。

 バアンと入り口の扉が破られ、布多未ふたみを先頭に上毛野衛士団かみつけののえじだんがなだれこむ。


「あ……!!」


 助かった。



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