第十三章   ぬばたまの闇

第一話

 卯団うのだんの皆が去り、医務室は怪我をした者、三虎、花麻呂をふくめ、十二人が残された。

 医務室の寝台は五。

 七人は床に布団を敷いて寝ていた。

 花麻呂は頭、腕、足に布をまき、怪我が重く、三虎の隣の寝台に寝ている。

 じっと三虎を見ている。


「なんだ! 文句があるって言うのか!」


 その目が気に食わなくて、つい荒々しい声を出してしまう。

 花麻呂はその声に怖気おじけづいた風もなく、じっと三虎を見据みすえながら、


「いえね……、オレは古志加と組で、やぐらの番にあたってましたから、必死で古志加を守りましたよ。

 あいつは、ほとんど傷ついてないはずだ。

 それなのに、そんなに簡単にあいつを傷つけられちゃたまりません……。

 それだけです。」


 それだけ言って、ぷいと三虎に背を向けてしまった。


(何を……!)


 三虎の頭がカァっと怒りで燃え、目の前のおのこを殴り倒してやりたい、と右手がピクリと動いたが、


(クソ……!)


 苦い思いが込み上げ、何も言えない。

 たしかに古志加の額から血が流れ、それ以上に、目を見開いた古志加の表情が、深く傷ついたのを見た。

 やったのはオレだ。


 左手でダンと寝台を殴り、右肩にビリリとくる衝撃を感じながら、


(なんでコイツ、オレにこれだけからんでくるんだ……!)


 とイライラと花麻呂の背中をにらみつけた。

 空気の悪さに、


「はぁ……。」


 と卯団うのだん川嶋かわしまが寝台でため息をついた。

 この大柄なおのこも傷が深い。

 矢傷が深く達してしまった。


 そのうち、医者が、


はりを打ちます。」


 とやってきて、頭頂部で結っているもとどりをほどかれ、背中の中程で丸く結ばれた。

 はりは足から始まり、手、腕、頭頂にも刺される。

 鋭いはりが皮膚の奥深く達すると、ピリピリと感じる。

 そのまま医者に身を任せていると、静かだった花麻呂がいきなりうめきはじめた。


「やば───い!」


 と叫び、腕も足も頭も怪我してるのに、起き上がろうとしている。

 ひどく痛むのだろう、


「うあああ……。」


 と悶絶しながら上半身を寝台から起こした。


「おいおい……、何やってる?」


 と川嶋も声をかける。

 医者が慌てて、


「動いちゃダメだ。寝てなさい。」


 と制止する。


「オレは行かないと……!」


 と医者の制止を聞かず、花麻呂が立ち上がろうとし、立てず、膝から床に崩れた。


「おい!」


 三虎も大声を出す。

 医者の肩をつかみ、三虎の寝台ににじりよった花麻呂は、


「そうだ、あんた、古志加こじかを助けて下さい。

 今すぐ!

 あいつ、今やばい。

 放っておいたら、命に関わるはずなんだ。」


 と脂汗を浮かべ、真っ青な顔で真剣に三虎に言った。


「何を……。」


 と三虎は戸惑うが、花麻呂は三虎の左肩をがっとつかみ、


「虫の知らせなんだが、恐ろしいほど当たる。

 一回目は、池から古志加を助けた。

 二回目は、湯殿ゆどので古志加を助けた。

 三回目は、やぐら嚆矢こうしやから助けた。

 どれも、この虫の知らせがなければ、間に合わなかった。

 早く……!」


 と言った。

 はっ、と三虎は花麻呂の顔を見た。


「鍼を抜け、早く!」


 と医者に鋭く言う。

 そして考えを巡らす。

 そんな虫の知らせなど。

 本当の兄妹か親子でもないと、あり得ない。

 荒弓の言葉を思い出す。


「おまえら並ぶと兄妹みたいだな。」


 古志加の言葉を思い出す。


母刀自ははとじ緑兒みどりこ(赤ちゃん)を売り払い。」


(まさか。まさかな。)


 じっと花麻呂の顔を見つめ返し、


「信じる。」


 と一言、言った。

 鍼を抜き終わった。


「弓と剣を。」


 と医者に仕えている下人に言い、


「場所はわかるか?」


 と花麻呂に訊くと、青い顔で首をふる。


「なんとなく方向がわかる時もありますが、今、ここからは解りません。」


 と言った。

 右肩の痛みに顔を歪めながら寝台から立ち上がり、


「わかった。」


 とゆきを背負い、剣をき、弓を持つ。


(古志加はどこにいる?)


 衛士は今、湯殿で身を清めている頃合いだ。

 それが終われば、ここ、医務室に来るだろう。

 だがオレがいる医務室に、古志加は来ないだろう。

 姉上の部屋か、女官部屋。

 どっちだ。

 決めて行かないと、あちこち探しまわれる体力が、今のオレにはない。


(どこだ……!)


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