第四話 日佐留売の涙
一包めは。
いただいてすぐ、せっかくだからと、
二包めは。
三虎が奈良に行ってしまうと聞いた日に、飲んだ。
三包めは。
花麻呂と
四包めは。
まだ一包、残ってる。
重い足を引きずり、よろよろと
巳三つの刻。(午前11時)
「
あたしもうダメ……。
あの
お願い……。」
泣き腫らしたひどい顔で、
部屋には、
古志加を
おとなしめの女官、
日佐留売の
庭には、
筋骨隆々の衛士団副長、
「
と日佐留売と二人の女官が口々に言い、その声につられて、こちらを見た
「てッ!」
「───休憩。」
布多未がそう言ってくれる。
「本当は、昼番で、
ひっ、ひっ、としゃくりながら、古志加はどう口にするか迷い、
「ええん……。」
と
日佐留売が、古志加を取り囲んだ皆を見回し、古志加の腕をとり、無言でぐいぐいと、奥の部屋に引っ張っていって、戸を閉めてくれた。
二人きりになり、ぼろぼろと涙をこぼしながら、
「三虎が、誰でもいいから、
なんとか断ったけど、あたし、あたし……。」
そこまで言って、古志加は日佐留売に抱きつき、大声で泣き出した。
「わあ……ん。
あたし、せっかく、あの
一生無理だあ……。
うえぇ……ん。
ごめん、あたし、一生、
このまま衛士として、一人で生きる。
ええん……。」
「古志加!
でも、一生、独り身なんて。本気なの?」
「うん。もう、いいの……。」
あの
三虎に口づけしてほしい、と思ってた。
でも、
本当に恋いしい人とでなければ、嫌だ。
───裸は恋する相手に見せてこそだ。
オレだって恋する
と言った花麻呂の言葉が、本当に心からわかる。
無理に、恋うてもいない
「ここで、遠くからでも、三虎を見て、衛士として過ごす方が、よっぽど、よっぽど良い。」
とぽつりと漏らすと、日佐留売がはっ、と目を見開いた。
「古志加。」
と名を呼び、息をすい、目が、古志加を見ながら、すごく迷っている。口を開き、
「
と言いかけたが、それ以上言葉にせず、しっかと抱き寄せられた。
日佐留売が泣いている。
「あなた、三虎を
「さすがに、手をとってもらうことは、諦めます。
でも、あたしが恋いしいのは、三虎だけ。」
その言葉を口にしたら、ずぐり、と胸がえぐられるように傷ついた。
(もう……。この恋しさは、あたしを傷つける。
あたしの心に血を流させる。
それでも、三虎への恋しさが、あたしの中で大きすぎて、なかったことにはできない。
嘘偽りを口にすることはできない。)
「これからも、ずっと、ずっと、この恋しさを胸に抱いたまま、生きます。」
おそらく、泣くことになるだろう。
三虎がいつか、妻を得ても、古志加は見てるだけ。
三虎は、ほとんど奈良だ。
一年に何日か、
それを
寂しさに泣く夜もあるだろう。
でももう、いい。
ゆっくり、年をとっていく三虎を、遠くから眺めて生きよう。
それでもう、いい。
(あたしは剣を持ち、衛士として生きよう。
心は自由だ。
心の中だけで、三虎を
「く。」
日佐留売が身を震わせた。
「古志加、あなたは、それで良いわ。誰がなんと言おうと、あたしはあなたを応援するわ。」
「ありがとう、日佐留売ぇ……。日佐留売、あたしのお姉さんみたい……。
日佐留売がいてくれて、あたし、良かったよぉ……。」
古志加と日佐留売は、ぎゅっ、と固く抱き合った。
タン、と戸を開き、奥の部屋から手を繋いで出てきた、古志加と日佐留売を見て、皆、ぎょっとした顔をした。
あたしはぐずぐず、泣き止みかけているのに、日佐留売も泣いているからだ。
「母刀自!」
「日佐留売!」
と浄足と難隠人さまが、心配そうに日佐留売に駆け寄った。
「ああ、大丈夫、大丈夫よ、ちょっとね……。」
日佐留売は泣きながら笑い、
「ふっ。」
と泣き声を一つもらし、しゃがみこみ、二人の
「どうしたの?」
「日佐留売……?」
日佐留売は、その可愛らしい二人の
「お二人ともお優しい……。優しくて、良い子で、あたしは本当に、お二人が大好きですよ。」
「えへへへ……。」
と浄足は笑い、
「当然だっ!」
と難隠人さまは頬を赤くし、二人の
それで日佐留売が落ち着いた。
すっと立ち、
「
古志加、今日はここで休んでらっしゃい。
「お、それなら、オレの名を使えよ、姉上。
今日はこの布多未が預かるってな。
そのほうが無用なやっかみが無いだろ。」
(気遣いできる人だなぁ……。)
古志加は感心して、布多未を見る。
「それもそうね。福益売、あたしの部屋で布多未が預かると伝えてきて。」
と日佐留売が言い直し、二人の女官は礼をして部屋を出る。
二人の
「おう、古志加。やるぞ。」
「えっ、何を……?」
古志加はたじろぐ。
「何かあったんだろ? オレもむしゃくしゃする時はある。
そういう時は四つのことをする!」
布多未は勢いよく四本の指を目の前に差し出した。
「剣! 弓!
それでスッキリしてから
あっ、五つだなあ、アッハッハ……!」
五指全てを立て、豪快に笑う。
日佐留売が頭を抱え、古志加は戸惑い、
「
「女だってさ……。」
と冷めた目で
「オイ! 女って言っても、ちゃんと
あとやっぱ四つだ。
むしゃくしゃした気分を己の
剣、弓、鉾で、むしゃくしゃをぶつけきる、これが大事だぜ。」
(……今、馬が抜けましたね?)
古志加は心の中でつぶやきつつ、この
「で、古志加、おまえは……、剣だな?」
布多未がこちらを見る。
「ええ……。」
古志加は
布多未との稽古……。
全身の
布多未は強い。
おそらくは、……荒弓より、三虎より。
「どうすっかなぁ……。せっかく衛士の
布多未がそう口にし、
「おまえら、血を見る覚悟はあるか?」
二人の
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