第十一章   この恋は届かない

第一話  損だな、三虎。

 十二月。


 三虎が帰ってきたぁ!


 たつの刻(朝7〜9時)


 大川様を先頭に、三虎が上毛野君かみつけののきみの屋敷の門をくぐった時には、出迎えの人数が多すぎて、古志加は遠目で、ちらっとしか見ることができなかった。

 今年の一月に奈良に行ってしまってから、一年ぶりに近い。


(嬉しいよぉ……。)


 その後、さるの刻(午後3〜5時)に、三虎一人で卯団に顔をだしてくれた。


「三虎、おかえりなさーい!」


 と皆が三虎を取り囲む。

 といっても、一月に新しく入団した四人は、遠くからゆるく囲む。

 古志加こじかは、ちょっと皆の勢いに出遅れた。

 皆の輪の外のほうに立つ。


(あたし、この一年近くで成長したもんね……!)


 もう、おみなと生まれてこなければ良かったと思っても、口にはしない。

 おのこ妻問つまどいされたことだってある。

 ちゃんと、ちゃんとおみなだ。

 耳には美しい紅珊瑚が輝く。


 皆がわぁわぁ三虎をはやしたてる。


「待ってましたよぉ。」

土産話みやげばなし聞かせてください。」

「奈良のおみなってどんなです?」

「今日は早速、遊浮島うかれうきしまへ行きましょう。

 朝まで離しませ・ん・よっ。」


(はぁ……?!)


「やらしいっ! このタコッ!!」


 その場を黙らす大声であった。

 さぁっと人波が引いて、古志加と三虎の間に道を作った。

 むっとした顔の三虎が立ってる。

 よく見えた。

 もとどり黒錦石くろにしきいしかんざしがキラリと輝く。

 背が高い。全身すらりとしてる。

 顔が凛々しい。

 古志加の鼻の奥がツンとした。




     *   *   *




 人の輪のなかほどにいた花麻呂は、輪の外から一本道を一気に走り抜け、泣きながら三虎に抱きついた古志加を見た。


「わぁん! 三虎! 会いたかったよぅ!」


 と恥ずかしげもなく大声をだし、三虎の首筋に組み付き、己の体をすりよせ、顔をぴったりと三虎にくっつけたので、顔は見えない。

 だが多分、泣いてるだろう。


「あ、オイコラ、古志加、離れろ!」


 と三虎が歯をむいた表情をし、古志加の腕をはずそうとするが、


「やっ!」


 と古志加は大声を出し、肩を震わせている。

 離さない。


「三虎───!」


 と薩人が泣き声をあげ、三虎に抱きついた。


(いや薩人。あんた奈良に行ってたよな……。あれは泣き真似……。)


 あとは皆、三虎、三虎、といっせいに抱きつきはじめた。

 団子のようになってる。

 ぐわあ、という圧死しそうな三虎の声と、わあん、わああん、という古志加の泣き声が、聞こえてきた気がする。


(団子の一員になるのは遠慮しよう。)


 と輪からそっと抜けると、肩をがしっとつかまれた。

 阿古麻呂あこまろだ。


「な、何あれ、あの古志加の……。」


 と目を白黒させている。

 そうだよなぁ。


「だから言ったろ。あわをもらうすずめだって。いつもあんなだよ。」

「……!」


 阿古麻呂はギュッと眉根を寄せ、悔しそうな顔をした。


「まあまあ。三虎は卯団長として、ちゃんとしてるぜ。

 あんまそんな顔すんな……。」









 もちろん、花麻呂は阿古麻呂から全部聞いてる。


「あまり古志加がかたくななので……。つい無理やり口づけをしてしまった。反省してる……。」


 阿古麻呂がそう言って肩を落としたときには、


「ばっか野郎……! さっそくうけひやぶって泣かせてんじゃねぇ!」


 と怒りもした。

 と同時に、これはおそらくダメだな、と思った。


 阿古麻呂は良いヤツだ。

 優しく……繊細なところがある。

 きっと、古志加が妻となれば、芯の強い古志加は、明るく阿古麻呂を支えてくれる、良きいもとなったろう。

 オレは莫津左売なづさめをいずれ遊浮島うかれうきしまから出し、己の妻とし、二人連れ立って、阿古麻呂と古志加の屋敷に遊びに行く……。

 なんて淡い夢を、ちょっと見たりもしたのだが。



 恥ずかしがり屋で、前に出しゃばらない性格だからあまり目立たないが、古志加の気の強さは尋常ではない。

 おみな一人、おのこのなかに混じって剣を振るって、一歩もひかない。

 相当な胆力だ。

 そして潔癖。

 そんな女の怒りに触れた。

 おそらく、古志加は阿古麻呂を許さないだろう。


(……勝ったな。)


 なんてちょっと思ってしまう自分を、ずいぶん子供っぽいな、と思う。



 案の定、翌日には阿古麻呂が、


「ふられた……。いもとするのはあきらめる……。」


 と見るも哀れにガックリうなだれて言ったので、酒壺を一つ取り出してきて、二人で飲んだ。









「たしかに卯団長うのだんちょうで、石上部君いそのかみべのきみの若さま。背も高い……、だが。」


 目の前の阿古麻呂が言う。


「顔はそこまで言うほどのものか。」


 と言い捨て、ぱっと向こうに行ってしまった。


「あ──……。」


 と花麻呂は頬をかいた。


(お前それ、まず大川さまと並ぶ三虎を初めに見たからだよ。)


 上毛野君かみつけののきみの若さま、三虎の乳兄弟ちのとは、男にして恐ろしく美しい。

 おみなにしか興味のない花麻呂でも、まともに目があえば、胸が良くわからないものでざわつく。


 自分の意志ではなく、そうさせられてしまう美貌とは、まこと恐ろしい。


 そして、そんな大川にいつもぴったりと、三虎は張り付いている。

 三虎ははれぼったい目、神経質そうな眉をしているが、普通に男らしい良い顔をしている。

 だが大川の隣で、大川と比べられてしまうと、どうしても、かすんでしまう。

 というか、オレだって、きっとそうだ。

 いやいや、大川さまの隣でかすまないで、同じ輝きを放てるのは……。

 ……藤売ふじめさまくらいのものだなぁ!


(損だな、三虎。)


 女からの目が気になるお年頃も、ずっと大川の隣で過ごしてきたであろう男の中身が、あれだけ難しくなってしまうのは、


「まあ、オレには計り知れない心境だなぁ……。」


 花麻呂は単純な性格だ。

 自分でそのことを良くわかっている。

 団子がほどけ、集合がかかった。

 花麻呂も整列しに行く。








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