第六話 宇母飴、其の四
風が強くなった。
びょう、と強い風音がし、ガタガタと家の壁を揺らす。
風に巻き上げられた砂と土で、空の色は黄色く染まる。
どこからか木の手桶が風に流されて、カラカラ飛んで行った。
あれはもう持ち主の手もとには戻るまい……。
(味わって飲めん……!)
今日は阿古麻呂のおかげで、本当贅沢な日。
阿古麻呂が、
「良く食べ、良く飲む……。」
とつぶやいたので、
「まあね!」
と古志加は胸をはり、木の器を白酒売りに返す。
「あれ……? あたしら食べて飲んでるだけだね。
何か市で欲しい物があったんじゃないの?」
「言ったでしょ?
もっと古志加と、ゆっくり話しがしたかった、って。
でもすごい風だ。
あの木立の影に行きましょう。」
国府からのびる南大路から、少し外れたところに、こんもりした
でも、
断ろうとしたら、
「ほら!」
と阿古麻呂の手が古志加の右手をとらえて、ひっぱった。
木立に向かって、手をつないで歩かされてしまう。
「ええっ……。」
古志加は顔を赤らめてまごつく。
(だから、手を繋いで郷を歩くなんて、親子か
「あてて……。」
砂埃が目に入ってしまった。
杉の木陰に入り、古志加はまばたきし、目をこする。
「……古志加。」
阿古麻呂が心持ち、うわずった声をだした。
「古志加は、秋の実りの祭りの
阿古麻呂は古志加の後ろに立っていて、表情は見えない。
「え……、ないよ?」
「では
「へ?」
自分の目ばかり気にしていた古志加は、気がついたら、背中から阿古麻呂に、ぎゅっ、と抱きしめられていた。
古志加のの右肩に阿古麻呂の顔がでてる。
(投げ飛ばすつもりか……!)
「このまま、聴いて。風が強いから……。」
投げ飛ばすつもりではないらしい。
「ここが、
そしたらオレは、誰よりも早く、古志加を見つけて、こう歌うんだ。
やはらかに
さ
(秋間川の
あなたの腕は柔らかい。
さあ、一夜だけでも、一緒に寝てくれた時には、家に返してあげよう。
それまでは、家に返してあげないよ。)」
古志加は目を見開き、完全に身体の動きを止めた。
行ったことはない。
でも、女官部屋で、話をきいたことがある。
意味はわかる……。
「オレは古志加に
オレの
オレは衛士見習いだけど、妻を
正式な衛士になってから言おうと思ってたけど、古志加が恋いしすぎて、もう、己を止められない。」
(これは
衝撃が頭の中で白い光のように散った。
これが女官部屋の皆がきゃあきゃあ言う、妻問いかぁ……。
と妙に他人事のように感心してしまった。
阿古麻呂の妻。
そうなったら、どうなるんだろう。
「この人ったら……。」
とか言うんだろうか。あたしが。
(ヒェェェ……。)
いろんな想像がぐるぐると頭に渦巻き、
「オレの
そして、そこで、オレと二人で暮らそう。
一生、
泣かせるようなことはしないと、
だからオレを、
熱心な愛の言葉の最中に、古志加ら急激に心が冷めた。
「離して。」
すっと低くした声で言う。
阿古麻呂は古志加を離した。
くるりと阿古麻呂に向き直ったあたしは、目の奥に怒りを燃やした。
「古志加……。」
緊張した面持ちで、声に嘆願をにじませ、阿古麻呂が名を呼んだ。
あたしは
「それって、あたしに衛士をやめろっていうこと?」
「そうだ。己の
「いやっ!」
古志加は叫び、駆け去ろうとしたが、阿古麻呂の手がさっと伸びて、古志加の両肩をつかみ、強引にぐいと引いて、杉の木に背をドンと押し付けた。
「あ……!」
びゅうびゅうと風に葉が揺れ、阿古麻呂が身体を古志加に
バンと左手を古志加の顔スレスレの木に打ち付け、
「ダメだ、ダメだ、もっと良く考えて……!
一時の感情で、この話を蹴ってしまわないで……!」
阿古麻呂は苦しそうに言う。手の力をちっとも緩めない。
左肩を握る力が強く、痛い。
古志加は間近から阿古麻呂を、きっ、と
「いや!」
強くハッキリと言った。
いきなり唇を奪われた。
肩をすくめ、
「ひ。」
と言ったが、声は阿古麻呂に飲み込まれた。
人の唇がこんな動きをするなんて。
(食べられてしまう……!)
目に涙がせりあがり、身体がびくりと震え、力が抜けかけたが、両手で思いきり阿古麻呂の胸を押した。
阿古麻呂がよろけ、やっと自由になった。
「わあああん!」
泣き声をあげつつ、阿古麻呂に
「……古志加!」
声が一回追いかけてきたが、振り向きもしない。
* * *
※この
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