第三話
背中にもたれた
「おい、古志加。さすがに重い。」
と首をまわして古志加を見ると、古志加が寝てる。
花麻呂はぎょっとして机の上をたしかめる。
浄酒は白酒より高く、呑むと酔う。
古志加からも手が届く場所にあった酒壺を持ち上げ、振ってみる。
中身はそこまで減ってないようだが……、
「こいつ、浄酒呑みやがったなァ……。水じゃねえぞ!」
古志加はすうすうと寝息をたてている。
これでは起きなさそうだ。
阿古麻呂がぐっと身体をそらし、古志加の寝顔を覗き込んだ。
「……可愛い。」
小声でつぶやいた。
「おいおい。」
花麻呂はのけぞった。
「本人にそういうの言うなよ。すげえ恥ずかしがり屋だからな。」
「花麻呂は可愛くないのか?」
花麻呂は、げ──っ、という顔をして、その後、古志加を見た。
可愛い……、まあ、たしかに
初めて会ったのは、オレが十五歳、古志加が十三歳のときだ。あの時は、
───ハイ
という感じで、女くさくはなかった。
だがもう今は、衛士の
「可愛いとは思うよ。
だがこいつは、
それともお前、
オレだって、剣では古志加に勝ち越せねえぜ?」
「そうじゃない。」
阿古麻呂が眉根を詰め、顔を赤くした。
「たしかに
ちゃんと強かった。
でも、さっき話したら、稽古の時と印象がぜんぜん違うから……。そっちのほうが驚いた。」
「あー、あー、そうかもな。」
花麻呂は天を仰いだ。
たしかに、古志加相手の稽古ってやりにくい。
始めはそう思ってた。
「でも今は、すっかり慣れたぜ……!」
さすがオレ、と酒の熱にうかされて、得意気に
と、不快な視線を感じた。
桑麻呂が、離れたところで、支給の白酒を舐めながら、古志加を見てる。
(そういう目で見るの、やめろよな。)
花麻呂は桑麻呂を睨んでおく。
このまま古志加の寝顔をここにさらしてるのは、良くないようだ。
「古志加を女官部屋に運ぶ。阿古麻呂、ついてきてくれ。」
手早く古志加を抱き上げる。
古志加はむにゃむにゃと言った。
* * *
月明かりと、ところどころに
阿古麻呂が、古志加の寝顔をちらちらと盗み見る。
どうも目がいってしまうようだ。
「花麻呂、古志加はなぜ、衛士なんだ?」
「そうだよなぁ。」
まず、そこから疑問に思うよな。
花麻呂は立ち止まる。
「父は失踪。
そこを、今は奈良に行ってるうちの団長、三虎と大川さまが助けた。
古志加は十歳で天涯孤独になった。
本人の希望で、衛士になった。」
おっ、オレ説明うめぇ……!
阿古麻呂が息をのんだ。
「そう、可哀想なヤツなの。だから皆で目ぇかけてるの。
んで……、コイツに恋するなよ。」
阿古麻呂の身体がかたまった。
「なぜだ……?
そんなに可哀想な身の上なら、誰か妻にしてやって、幸せにしてやればいいんじゃないのか?」
と阿古麻呂が言う。
真面目だ。
やはり酒が足りとらん……!
「三虎に恋うてる。もうメッタメタ。
見てるこちらが恥ずかしくなるくらい。
「じゃあ……、その
うん、と花麻呂は頷きかけて、ううん? と首をかしげた。
あの気難しい、無愛想な三虎の顔を思い浮かべる。
あっちはあっちで、なんだか難しい。
古志加と藤売が賊にさらわれた時は、
「古志加!」
と叫んで、すごい勢いで助けに行ってた。
(やっぱ恋うてるんじゃねぇの。)
と思ったけど、その後、古志加に対する日常の態度は、一衛士に対するものだった。
(恋うてるなら、奈良に連れていくよなぁ……。)
妻にするの?
しないの?
まったくわからん。
あんな訳のわからん
許せん……!
花麻呂は、しばらく無言の後、くっとうめいて下を向いた。
隣で阿古麻呂が戸惑ってる。
「阿古麻呂、おまえの言うことはもっともだ。
三虎の、古志加に対する態度は良くわからん。
だが大事なのは、古志加が心から三虎を恋うてるということだ。
三虎には勝てねぇぜ。」
「それこそ、なぜだ?」
阿古麻呂が重ねて問う。
「三虎は態度がそっけなくて、無愛想だが、卯団長で大川さまの従者で、
背も高くて、全体スラっとしてて、弓は卯団で一、二位を争うし、剣も強い。
顔も良い。学もある。どこで勝つよ?
言わすなあ!」
(オレの
花麻呂はぐぅぅ、とうめいて下を向いた。
「ん……。」
と腕の中の古志加がつぶやく。
よっ、と抱え直して、
「ほら、行くぞ。重い。」
と女官部屋へ急ぐ。
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