第十三話 血赤珊瑚の耳飾り
「女官は後回しにしろ。」
「
藤売が口を縛られたまま、恐怖の叫び声をあげる。
(やめろ!)
藤売に手を伸ばした
「ぎゃっ!」
弓矢が次々と飛び、いずれも正確に賊にあたる。
(これは……、三虎の弓だ!)
わああ、と大勢の
駆け込んできた。
十六人の男がなだれ込み、賊を圧倒する。
あたしは見た。
あたしが手こずったあの男を……、胴に怪我させたとはいえ、大川さまがたった二撃剣を交わしただけで、地に沈めてしまったのを。
(大川さま……、強い……。)
なかば呆然と皆の活躍を見ていると、ぐいと背中を引っ張られ、立たされた。
「古志加!」
三虎だ。口にかけられた布を外してくれた。顔が青ざめている。
「み……。」
三虎、と言おうとして、ぐいと右腕をひかれた。
三虎の胸に抱かれる。
強く抱きすくめられ、息もできない。
* * *
大川さまと一緒に、門のところで門番と話し込んでいる時、花麻呂が馬で駆け込んできた。
それからは生きた心地がしなかった。
古志加を抱きすくめ、頭に己の顔をすりつけた。
髪の匂いをかぎ、日なたの、暖かい
甘い、スミレのような香りがひそんでいる。
それを確かめた。
古志加の匂い。
生きてる。
この匂いが失われなくて良かった……!
両腕に力を込め、
「死ぬかと……! 死なないでよかった……!」
はああ、と熱く息を吐いた。
気が済んだ。
すぐさま古志加を引きはがし、
「怪我は?」
と冷静に訊く。大きく息をついた古志加は、
「左腕を。」
と言う。たしかに斬られてはいるが、浅い。
「他は?」
頬を赤くした古志加は首を振る。
「良し。」
すぐ地に置いた弓をとり、皆に加勢する。
大川さま。大川さまはどこだ。
* * *
古志加はぽかんと口を開けて三虎を見送った。
一瞬強く抱きしめられ、鼓動が跳ね上がったが、手足の
皆が賊をほぼ制圧しつつある
「古志加、大丈夫か。」
花麻呂が来てくれて、
「花麻呂!」
お互い、死ななくて良かった。
「ありがとう!」
と古志加は花麻呂に抱きついた。花麻呂は、
「やあやあ、どうも!」
と良く分からない返事をし、背中を叩いてくれた。古志加はすぐ体を離した。
「
見当たらない。
「ちょっと怪我してる。今頃医務室に運ばれてるよ。
賊と戦ってるうちに、藤売さまも古志加もさらわれた、と謝ってたよ。」
「薩人のせいじゃない。」
古志加は慌てて言う。あたりが静かになった。制圧が終わったのだ。
* * *
十人の
大川は冷たい顔で賊を見下ろす。
良く見れば細かい血しぶきが
全て返り血。
「さて……、お前らはただの
取り調べは厳しいものになるぞ。引っ立てろ。」
「待って!」
藤売が大きな声をだした。
そのまま、
目の前の地面にぽいと捨て、続き、髪から
あっと息をのむ皆の前で、
迷いなく
すらりと帯をとき、
見るもあざやかに、
一糸まとわぬ姿をさらした。
すぐに大川が自分の帯をとき、
その上衣を自分にかきよせ、大川の胸に体を預けながら、
「大川さま、その者たちの
その衣を持って、どこへなりとも行くが良い。」
そう震える唇で藤売は言い、大川の胸に顔を埋めた。
大川は藤売の肩を守るように抱き、迷う視線を藤売に向けたが、
「藤売さまの言う通りに。」
とハッキリと言った。
賊どもがいっせいに縄をとかれるなか、古志加がぱっと藤売に駆け寄り、大川の帯を地面から拾い、藤売の腰に巻きつけた。
自由になった賊どもは無言で、藤売が脱ぎ捨てた全てを鷲掴みにし、立ち去った。
大川は静かに、
「あれで良かったのですか。」
と藤売に問いかける。藤売は、顔を大川の胸から離した。
「これで良いの。あいつらを殺したって、拷問したって、無駄よ。必ず、次が来るわ。」
「何故か話してくださいますね。」
「ええ……。あたくしは、この一月まで、かけまくも
その後、かけまくも
そして三月、かけまくも井上皇后さまがあんなことになり、かけまくも他戸皇太子さまはあたくしをすぐ河内国へ返してくださったのです。」
古志加が花麻呂に、
「どういうこと?」
ときくと、花麻呂はバカだな、という顔をして、
「恐れ多くも井上内親王さまは三月、
これ以上は聞くな。オレも知らねぇ。」
と教えてくれた。
「ただ類が及ぶのを避けてのことで、かけまくも他戸皇太子さまの優しさでしたが、あたくしが何か持っていると考える
そこで藤売は、あは、と笑った。
「何も持っていないのにね……。
河内国でも何回か部屋を荒らされ、一回、襲撃されました。
しつこい奴ら!
こんな危ない道行きに、河内国から女官を連れてくることは、忍びなくて、できませんでした。
……でもこれで、きっともう、来ないわ……。」
そう言って、藤売はハラハラと涙をこぼした。
* * *
「薩人ぉ!」
医務室で寝かされた薩人に古志加は抱きついた。
腹、腕、足に布がまかれ、血がにじんでいる。
「あたた、あたたた……。死ななくて良かった、古志加。さらわれたのはオレのせいだ。許してくれ。」
古志加はすぐに体を離し、
「そんなことない、薩人、何人も倒してた。本気の薩人、かっこよかった!
あたし、二人倒したら、あっさり後ろをとられて……。悔しい。」
と唇を噛んだ。
「そうかそうか、かっこよかったか。オレに恋しても良いんだぞ。」
と薩人がやにさがった顔で両手を広げるので、
「や!」
と古志加は両手の平で薩人の顔を左右から叩いた。
ばしーんと良い音がし、
「おぅ……。」
と薩人が声をもらす。
医者の手で脇腹に薬草を塗ってもらっていた花麻呂が、やれやれ、と首を振る。
古志加は、薩人の寝かされた寝床のそばの倚子に腰掛ける。
「ねえ、薩人、聞いて。あいつら、強かったよね?
あたし、二人目の時に、やられるかと思った。」
隣の倚子に、衣を着た花麻呂が座った。
古志加はその肩に頭をそっともたせかけた。
「それで、左腕斬られたときに、全身かっと熱くなって、どくどく
いつもの稽古とはぜんぜん違う、強い相手に殺されそうになりながら戦って、あたし。」
ほう、と古志加はため息をついた。
「時間があっという間で、すぐ戦い終わっちゃって、残念。もっと何人とも戦いたかった。これ、なんだろう?」
薩人と花麻呂は顔を見合せる。薩人が、
「そういうものさ。おまえは、衛士ってことだよ。
もっと剣をふるえ。強くなれるぞ。」
と穏やかな笑顔で言った。
薩人にも、おそらく花麻呂にも、この不思議な高揚感をわかってもらえた。
そう感じ、花麻呂の肩から頭を戻し、
「うん!」
と元気に古志加は返事をした。
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