第十二話

 藤売ふじめ古志加こじかの横に立ち、意地悪く、だが艶のある笑顔を浮かべ、


「じゃあなぜ、あの大川さまの従者なの?」


 とハッキリ言ってやった。


「はわっ! はわあああ!」


 と悲鳴をあげた古志加は、足から頭の先まで大きく震え、顔を真っ赤にし、両手で顔を覆い、


「……ひぃ。」


 とつぶやいた。見物みものである。

 くくく、と藤売は笑い、背の高い衛士と馬をひいた衛士が、


「あちゃあ……。」

「ワーホーイ。」


 とそれぞれ呟いて、天を仰いだ。

 それを見て、ああ、あなた達も知ってるのね、と藤売は思う。

 それはそうだろう。

 藤売は何回か、大川と夕餉を一緒にきょうした。

 もちろん二人きりではなく、宇都売うつめ難隠人ななひとと一緒にだが。

 古志加はずっと、大川の従者を目で追っていた。

 恋いしい、というおみなの顔で。

 短い時間で藤売でもわかるのだから、仲間にはばればれだろう。


「ほら、立ち止まってないで、なぜか答えなさい。」


 藤売は容赦しない。




     *   *   *




「あたしが十歳のときに、命を救われました。」


 と古志加は両手で隠した下から声を絞り出した。


「ああそう、それは素晴らしいことね。

 でもあたくしはそういう事が聞きたいんじゃなくてよ。

 命を救われれば、誰でも恋するの?

 違うでしょう? どこに恋したの?」


(……ひぃぃ!)


 藤売は意地悪だ。

 古志加はゴクリと唾を飲み込む。

 ど、どこ……?

 どこに恋して……?

 真っ赤な顔を両手で隠しながら、古志加は、


「全部……。」


 と言った。


「指も、弓や剣が強いところも、胸も、あの厳しい横顔も、すごく優しいところも、たまの笑顔も、あたしに怒鳴る声も、全部、全部です……。」




     *   *   *





 そう言って古志加は手から目だけをだした。


(これは顔を見たいわね。)


 藤売は興味がわいた。


「顔を隠すのはやめなさい。」


 短く命令すると、

 観念したように古志加が手を下ろした。

 あらわれた顔は、頬が赤く、目尻には涙を浮かべ、恥じらう、恋するおみな

 化粧っ気はないが、充分、綺麗だ。

 これでせまったら、落とせないおのこはいないのではないか。

 でも、古志加のこれは、片想いだ。


(えぇ───? これで……?!)


 藤売は思わず、衛士二人を見て、古志加を指さし、信じられない者を見るように、


「これで落とせてないの……?!」


 と訊いてしまった。

 衛士二人は、ダメで──す。というように首を振る。


「そう……。」


 と藤売は天を仰いだ。


(あっ……、だから衛士二人も、さっき天を仰いだのか。)


 得心がいってしまった。


「あっ!」


 古志加が突然鋭い大声をだした。


「ぐわあ。」


 背後から家令の悲鳴が聞こえた。

 馬がいななき、いつの間にか黒ずくめの衣の、顔も黒い布でおおったおのこたちに囲まれていた。


「花麻呂!」

「おう!」


 剣をスラリと抜く音がし、


「……えっ?」


 藤売はやっと声をもらす。




     *   *   *




 古志加は藤売を背にかばう。


「あたしの後ろに。」


 八人のおのこたちに囲まれている。

 物盗ものとりではない。

 下卑げびた笑い、酒の匂い、動きのすき

 そういったものがない。

 薩人さつひと花麻呂はなまろが応戦する。

 最後尾にいた家令が気絶し、手を縛られ、九人目の男の肩にかつぎあげられたのが見えた。

 ……助ける余裕がない。

 薩人が切りかかってきた賊の剣を受け止め、三回、剣戟をかわし、目にも止まらぬ早さで腹に剣を沈め、賊を打ち倒した。


「花麻呂、助けを呼べ!」


 薩人が厳しく叫ぶ。


「でも!」

「いいから行け!」


 花麻呂も賊を一人打ち倒し、馬にまたがり、


「死ぬな!」


 こちらを見て大声で叫び、走り去る。

 古志加は、


「ふぅぅ───っ。」


 と無言の気合をあげる。

 薩人は四人の賊を相手に斬りあい始める。

 こちらに二人来る。

 むかって右のおのこ、両手で剣を握っているその手にめがけ、古志加は右の後ろ回し蹴りを放った。

 手に強烈な足蹴りが当たり、だが賊は剣を落とさない。

 古志加は右手をその賊の手に巻きつけ、左足で鋭く賊の首を蹴った。

 賊の剣を手にとり、首を打たれた賊は倒れた。


「………。」


 左のおのこは無言で剣を古志加にむける。

 女官がここまで戦うとは、意表いひょうをつけるはずだが、動揺は見られない。


「ふっ!」


 古志加は気合も充分に、賊に上から剣を振り下ろした。

 受け止められ、はじかれる。

 二回、剣戟をかわす。三回、四回と切結び、


「くっ!」


 強い。隙がない。


手練てだれだ……!)


 今まで、ケチな物盗ものとりを、さとの見廻り中に相手にしたことはある。

 でも、あの時は皆いたし、あたしは数回剣をふるっただけだった。

 今、相手している賊は、あたしよりも、ずっと経験がある。

 できるか、あたしに……。

 倒せるか……?


「!」


 賊が鋭く突き込んできた。

 避けきれない。

 左腕を剣がかすめ、熱を感じた。

 斬られた。


「きゃ……。」


 と背でかばう藤売が悲鳴を飲み込む。

 痛い。

 血が流れる。それを感じ、


「はぁ……。」


 自分の中にどくどく脈打つ心臓しんのぞうと、

 めらめらと湧き上がる闘志を感じた。

 痛さなら。

 さんざん、いつもあたしの隣にいたじゃないか。

 皆との稽古。親父との稽古。

 その痛さと、今味わってる痛さに、何ら変わりはない。


(ぶっ倒してやる!)


「はあ……。」


 壮絶な笑みを古志加は浮かべ、賊に斬りかかる。

 上。

 上。

 右からぎ、

 早く。

 踏み込み、

 左下から上へ。剣がひらめき、

 足を狙い、

 避けられ、


「はあ……!」


 体が熱い。興奮と歓喜のため息をもらし、

 もっと早く。もっと荒々しく。

 上から打ち下ろし、

 突き込み、

 右の回し蹴り。

 賊が右手で防ぐ。

 左の胴があいた。素早く両足を地につけた古志加は、剣をしならせ、一直線に右から胴を薙いだ。

 入った。

 賊が崩れる。

 だが浅い。

 まだ一撃をいれようとし、


「あっ……。」


 後ろ首に衝撃を感じた。

 倒れる。




     *   *   *




「……この女官は。」

「持ってるとは考えにくいだろう。持ってるとしたら、家令か、おみな自身だ。」

葛籠つづらは全部燃やしたから。」

「そうだな……。」


 おのこたちのヒソヒソ声がする。

 古志加は手を後ろに縛られ、地面にうつ伏せに寝かされていた。

 口も足も縛られている。

 どこかの狭い路地だ。


「まあ別に、この女官をひんいてやっても良い。」


 誰かにあごを持ち上げられた。

 おそらく、古志加が首に蹴りをくらわせたおのこだ。

 悔しい。

 古志加はそのおのこの顔をにらみつけた。


「ふん!」


 そのおのこは乱暴に手を離した。

 古志加は危うくあごを地面にぶつけるところだった。


 はははは……。


 おのこたちに哄笑こうしょうが広がる。

 男たちは十人。

 左後ろから、人が暴れている気配がする。

 振り向くと、手足を縛られた藤売が膝を曲げて、尻を地面につけて座らされている。

 やはり口も縛られている。

 涙は流しているが、怪我はなさそうだ。

 その後ろに、


(……うわあ。)


 見たくなかった。あの家令が裸で縛られていた。

 なんで。

 ねぇなんで、裸なの……。

 古志加はギュッと目をつむった。

 薩人はここにいない。

 無事だろうか。

 いったい、こいつら何者だ。あたしたちを、どうするつもり……。








↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660246755929

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