第十五話 どこに? 全部です。
「あたしが十歳のときに、命を救われました。」
と声を絞り出した。
「ああそう、それは素晴らしいことね。
でもあたくしはそういう事が聞きたいんじゃなくてよ。
命を救われれば、誰でも恋するの?
違うでしょう? どこに恋したの?」
(……ひぃぃ!)
藤売は意地悪だ。
古志加はゴクリと唾を飲み込む。
ど、どこ……?
どこに恋して……?
真っ赤な顔を両手で隠しながら、古志加は、
「全部……。」
と言った。
「指も、弓や剣が強いところも、胸も、あの厳しい横顔も、すごく優しいところも、たまの笑顔も、あたしに怒鳴る声も、全部、全部です……。」
* * *
そう言って古志加は手から目だけをだした。
(これは顔を見たいわね。)
藤売は興味がわいた。
「顔を隠すのはやめなさい。」
短く命令すると、観念したように古志加が手を下ろした。
あらわれた顔は、頬が赤く、目尻には涙を浮かべ、恥じらう、恋する
化粧っ気はないが、充分、綺麗だ。
これでせまったら、落とせない
でも、古志加のこれは、片想いだ。
(えぇ───? これで……?!)
藤売は思わず、衛士二人を見て、古志加を指さし、信じられない者を見るように、
「これで落とせてないの……?!」
と訊いてしまった。
衛士二人は、ダメで──す。というように首を振る。
「そう……。」
と藤売は天を仰いだ。
(あっ……、だから衛士二人も、さっき天を仰いだのか。)
得心がいってしまった。
「あっ!」
古志加が突然鋭い大声をだした。
「ぐわあ。」
背後から家令の悲鳴が聞こえた。
馬がいななき、いつの間にか黒ずくめの衣の、顔も黒い布でおおった
「花麻呂!」
「おう!」
剣をスラリと抜く音がし、
「……えっ?」
藤売はやっと声をもらす。
* * *
古志加は藤売を背にかばう。
「あたしの後ろに。」
八人の
そういったものがない。
最後尾にいた家令が気絶し、手を縛られ、九人目の男の肩に
……助ける余裕がない。
薩人が切りかかってきた賊の剣を受け止め、三回、剣戟をかわし、目にも止まらぬ早さで腹に剣を沈め、賊を打ち倒した。
「花麻呂、助けを呼べ!」
薩人が厳しく叫ぶ。
「でも!」
「いいから行け!」
花麻呂も賊を一人打ち倒し、馬にまたがり、
「死ぬな!」
こちらを見て大声で叫び、走り去る。
古志加は、
「ふぅぅ───っ。」
と無言の気合をあげる。
薩人は四人の賊を相手に斬りあい始める。
こちらに二人来る。
むかって右の
手に強烈な足蹴りが当たり、だが賊は剣を落とさない。
古志加は右手をその賊の手に巻きつけ、左足で鋭く賊の首を蹴った。
賊の剣を手にとる。
首を打たれた賊は倒れた。
「………。」
左の
女官がここまで戦うとは、
「ふっ!」
古志加は気合も充分に、賊に上から剣を振り下ろした。
受け止められ、
二回、剣戟をかわす。三回、四回と切り結び、
「くっ!」
強い。隙がない。
(
今まで、ケチな
でも、あの時は皆いたし、あたしは数回剣をふるっただけだった。
今、相手している賊は、あたしよりも、ずっと経験がある。
できるか、あたしに……。
倒せるか……?
「!」
賊が鋭く突き込んできた。
避けきれない。
左腕を剣がかすめ、熱を感じた。
斬られた。
「きゃ……。」
と背でかばう藤売が悲鳴を飲み込む。
痛い。
血が流れる。それを感じ、
「はぁ……。」
自分の中にどくどく脈打つ
痛さなら。
さんざん、いつもあたしの隣にいたじゃないか。
皆との稽古。親父との稽古。
その痛さと、今味わってる痛さに、何ら変わりはない。
(ぶっ倒してやる!)
「はあ……。」
壮絶な笑みを古志加は浮かべ、賊に斬りかかる。
上。
上。
右から
早く踏み込み、左下から上へ。剣が
「はあ……!」
体が熱い。興奮と歓喜のため息をもらし。
もっと早く。もっと荒々しく。
上から打ち下ろし、突き込み、右の回し蹴り。
賊が右手で防ぐ。
左の胴があいた。素早く両足を地につけた古志加は、腕をしならせ、一直線に右から胴を薙いだ。
入った。
賊が崩れる。
だが浅い。
まだ一撃をいれようとし、
「あっ……。」
後ろ首に衝撃を感じた。
倒れる。
* * *
「……この女官は。」
「持ってるとは考えにくいだろう。持ってるとしたら、家令か、
「
「そうだな……。」
古志加は手を後ろに縛られ、地面にうつ伏せに寝かされていた。
口も足も縛られている。
どこかの狭い路地だ。
「まあ別に、この女官をひん
誰かに
おそらく、古志加が首に蹴りをくらわせた
悔しい。
古志加はその
「ふん!」
その
古志加は危うく
はははは……。
男たちは十人。
左後ろから、人が暴れている気配がする。
振り向くと、手足を縛られた藤売が膝を曲げて、尻を地面につけて座らされている。
やはり口も縛られている。
涙は流しているが、怪我はなさそうだ。
その後ろに、
(……うわあ。)
見たくなかった。あの家令が裸で縛られていた。
なんで。
ねぇなんで、裸なの……。
古志加はギュッと目をつむった。
薩人はここにいない。
無事だろうか。
いったい、こいつら何者だ。
あたしたちを、どうするつもり……。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660246755929
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