第十一話
あの
昨日、いきなり何人かの女官を引き連れてやってきて、挨拶もそこそこに、
「
とこのあたくしに要求してきた。
「あら……、あの女官は、それだけのことをしたのよ……?」
と藤売が首をかしげて優しく言ってやると、
「お
誰一人です。お
と面と向かって言ってきた。
「あたくしは
じきに大川さまの妻となるとわかって、その口をきくか!」
と叱りとばしてやったら、あの
「ええ……。ですがここは客人の部屋。
そこに住まうあなたは、今はお客人です。」
とぬかした。
「おまえ……! あたくしがここの主人となったら、どうなるか……!」
とギリギリと睨みつけてやったが、
「じきに
さあ! 今すぐ罰を解きなさい!」
と日佐留売がバシリと言った。殺しては外聞が悪い。藤売は歯ぎしりしながら、
「許す。」
と一言だけ言った。
あの
今まで、あたくしに怯え顔を伏せていた女官どもが、いっせいに、日佐留売を中心に、余裕ある表情になった。
あたくしに崇拝と哀願の目をむけていた難隠人の態度が、よそよそしいものとなった。
あの女が皆の心の
いや、大川さまは変わらない。よそよそしい。
あの方は、始めも今もずっと、あたくしによそよそしい……!
日佐留売は、
難隠人の
さすがに、ムチで滅多打ちはできない。
そして藤売はイライラした一日を過ごし、翌日。
古志加が復帰した。
かわらず、耳に紅珊瑚はない。
「昨日はお休みを戴きまして、ありがとうございました。」
「あたくしの言葉は身に沁みて?」
「はい。」
こちらをまっすぐ見る古志加の目は、強い光をたたえている。
あれだけの罰をくれてやったのに、この娘は、折れていない。
「なら、いいわ……。そこの
古志加が、古志加よりひと回り背の高い、若い衛士を連れてきていた。
部屋には入らず、
「
大川さまの命により、これより藤売さまの護衛を務めます
と衛士が言った。
「屋敷の中なのに?」
と藤売は顔を下げ、下から思いきり
そんなの息がつまるじゃない。
「はい。」
衛士は微動だにしない。
清潔感のある、なかなか良い面構えの若者ではあった。
護衛として良く目にしても、不快ではなさそうだ。
「まあ、良いわ。」
藤売はあっさりと了承する。
* * *
話を聞かれないためだ。
「ちょっと、浄足とそこで遊ぶから。遠くには行かないから!」
と日佐留売に断りはいれておく。
茂みに浄足を引っ張りこみ、二人しゃがみこみ、あたりを伺ってから、
「いいか浄足。知恵を貸せ。」
と難隠人は浄足を真剣に見た。
「生半可なことじゃだめだ。
やるなら、ちゃんと結果をだせるところまでやらないと。
そのために、どうしたら良いか、知恵を絞れ。」
「はい。」
浄足が真っ赤な顔で頷き、
「兵とは
と喋りはじめる。
* * *
未の刻(午後1〜3時)になって、
いきなり藤売は、
「気晴らしをします。
と立ち上がった。
「えっ? これから外に……?」
と
「そうよ。……甘糟売。おまえは歩くのが遅いから留守。古志加。ついてきなさい。」
気晴らしは、何もムチで女官を打ち据えるだけではない。
さっさと部屋を出る。
「オ……オレは馬をひいてくる!」
と慌てて衛士は飛んでいった。
もちろん衛士の帰りを待ったりしない。
どんどん歩き、
「あっ……、どうなされました。」
「どうも何も。あたくしは外にでるのです。」
「護衛につけた衛士がお側近くにいないようですね。
どうかこの、
と、先程の衛士より背の高い門番が、にっこりと笑って言った。
目が細い。全体も細長い。
でもむさ苦しくはないわ……。
「許します。」
と、藤売は、古志加、家令、背の高い衛士を引き連れて、上毛野君の屋敷を出た。
空が青い。良く晴れた。
さあ、気晴らしよ。
* * *
上毛野君の屋敷は、
市も当然、歩いて行ける距離にある。
午前中の務めを終えた役人たちが、ぞろぞろと市を歩き、
いろんな品物を売ろうとする店の呼び子が声を張る。
その中に、ただ市歩きを楽しむ、余裕のある母子や、男女などが交じる。
それなりに活気はあるが、
(ああ……、
と、うつる。
「はあぁ……!」
と、さっきから後ろで古志加がキョロキョロしては、ため息をもらすのがうるさい。
甘糟売のほうが良かったか。
ちょっと叱ろうかと後ろを振り向いたら、
「
古志加が目をむいて
見れば白酒が売っている。
* * *
「……いいわ。全員に、あの白酒を。」
と先頭を行く藤売が家令に顎をしゃくった。
仏さまなのか。
目をうるませて古志加は藤売を見てしまう。
家令が白酒を売ってる
「藤売さま、ありがとうございます。」
と薩人が落ち着いた笑顔で礼を言う。
薩人は大人だな、と古志加は思う。
古志加も礼を言い、白酒を口に含む。
ほろりと、米の甘い味が口いっぱいに広がる。
「うま───い!」
上機嫌な声がつい口からでる。木の器に、
「うぅ……、
と顔をしかめていた藤売だったが、古志加を見て、えいっと木の器に口をつけた。
「あら……、悪くないわね。」
と意外そうに目を見開き、無邪気に笑った。
もともと美人なのだ。
こんなふうに笑えば、本当に魅力的だ。
いつもこんな顔してれば良いのに、と古志加は思う。
「お! いたいた! 古志加!
あ……薩人も。」
と人波をぬい、馬をひいた花麻呂があらわれた。
「藤売さま、遅れまして、まことに申しわけありません。」
と息をきらし、蒸気した顔で花麻呂は謝罪した。
ちらちらと、藤売や古志加、薩人の木の器を見てしまう。
藤売は艶のある唇でくすりと笑い、家令にむかって頷いた。
家令が心得て、白酒をもう一杯もらってくる。
「ああ! ありがとうございます!」
花麻呂も心から嬉しそうに礼を言う。
「ああ……、これしかないの?」
どの簪もお目にかなわないようだ。
たしかに、細工も、貴石も、藤売が今つけている
古志加といえば、鼻をひくひく動かして、
「あ、丸鶏の蒸し焼き……。」
とうっとりつぶやいていた。
昼餉は食してきたが、
さっと藤売がふりむいて、
「おまえは……!」
とびしっと額を手のひらで叩かれてしまった。
そんなに痛くはない。
今のは女官として古志加が悪いだろう。
「あひぇ……、すみません。」
と変な声で謝ると、毒気を抜かれたように、ぷっと藤売が笑う。
「これからどうなさいますか?」
と家令が藤売に問う。
「そうねぇ……。」
と藤売が考えこむ。
「国分寺まで足を伸ばして帰りましょうか。」
女二人と、男三人、馬一頭が西に進む。
国分寺。
ほどほどの人がお参りをしている。
仏像に手を合わせ、お堂をあとにし、帰り道。
市の道ばたには、白い
そこを行く藤売がまた美しい。
白、山吹、
浅紫の
色
今日はいつもより、晴れ晴れとくつろいでいるように見える……。
古志加はつい、思ったことを口にしてしまう。
「なぜ、大川さまなんです……?」
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667027634738
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます