第十三話  竜騰虎闘

 竜騰虎闘りょうとうことう……同程度の実力の者が、全力で戦うこと。

 実力の拮抗している竜と虎が激しく闘う。




      *   *   *



 藤売ふじめは、むしゃくしゃしていた。


 あの日佐留売ひさるめとかいうおみな

 昨日、いきなり何人かの女官を引き連れてやってきて、挨拶もそこそこに、


古志加こじかへ下した罰を解いて下さい。」


 と、このあたくしに要求してきた。

 あたくしは首をかしげ、優しい声音でさとしてやった。


「あら……、あの女官は、それだけのことをしたのよ……?」

「お客人きゃくじん上野国かみつけのくにでは、女官にそこまでの折檻せっかんは誰もいたしません。

 誰一人です。おつつしみくださいませ。」


(生意気な!)


 あたくしは、もたれかかっていた脇息きょうそくを、手のひらで、バン! と叩いた。


「あたくしは河内国大領阿刀宿禰田主かわちのくにのたいりょうあとのすくねのたぬしが娘、藤売よ!

 じきに大川さまの毛止豆女もとつめ(正妻)になるとわかって、その口をきくか!」

「ええ……。ですがここは客人の部屋。

 そこに住まうあなたは、今はお客人です。」


 おみなは涼しい顔を崩さず、のうのうととぬかした。


「おまえ……! あたくしがここの主となったら、どうなるか……!」


 あたくしはギリギリと睨みつけてやったが、


「じきに響神なるかみ(カミナリ)が来ます! 空模様が見えないのですか!

 響神なるかみ最中さなかに女官を立たせていては、殺すようなものです!

 さあ! 今すぐ罰を解きなさい!」


 と日佐留売がバシリと言った。

 殺しては外聞がいぶんが悪い。

 あたくしは歯ぎしりしながら、


「許す。」


 と一言だけ言った。








 あのおみなが来てから、潮目しおめが変わった。

 今まであたくしにおびえ、顔を伏せていた女官どもが、いっせいに、余裕ある表情になった。

 あたくしに崇拝と哀願の目をむけていた難隠人の態度が、よそよそしいものとなった。

 あのおみなが中心となり、皆の心のどころになっているに違いない。


 いや、大川さまは変わらない。よそよそしい。


(あの方は、始めも今もずっと、あたくしによそよそしい……!)


 日佐留売ひさるめは、上野国かみつけのくにでは名家の出だ。

 難隠人の乳母ちおもでもある。

 さすがに、ムチで滅多めったちはできない。




 そしてあたくしはイライラした一日を過ごし、翌日。

 古志加が復帰した。

 目刺めざおみなが落ち着きはらった顔色で、優雅に礼をする。

 かわらず、耳に紅珊瑚はない。


「昨日はお休みを戴きまして、ありがとうございました。」

「あたくしの言葉は身に沁みて?」

「はい。」


 こちらをまっすぐ見る古志加の目は、強い光をたたえている。

 あれだけの罰をくれてやったのに、この娘は、折れていない。


「なら、いいわ……。そこの武人ぶじんは、なあに?」


 古志加が、古志加よりひと回り背の高い、若い衛士えじを連れてきていた。

 部屋には入らず、簀子すのこ(廊下)に立っている。


上毛野衛士卯団のかみつけのえじうのだんの衛士、北田きただの花麻呂はなまろと申します。

 大川さまの命により、これより藤売さまの護衛を務めますよし。」


 衛士は若々しい声で言った。


「屋敷の中なのに?」


 あたくしは下から思いきりめつけてやった。


(そんなの息がつまるじゃない。)


「はい。」


 衛士は微動だにしない。

 清潔感のある、なかなか良い面構えの若者であった。


(護衛として良く目にしても、不快ではなさそう。)


「まあ、良いわ。」


 あたくしはそれ以上ごねず、了承した。




     *   *   *





 多知波奈売たちばなめの世話をする日佐留売と、福益売ふくますめの手が離れた時を見計らい、難隠人ななひと浄足きよたりを庭先へ連れ出す。

 話を聞かれないためだ。


「ちょっと、浄足とそこで遊ぶから。遠くには行かないから!」


 と日佐留売に断りはいれておく。

 茂みに浄足を引っ張りこみ、二人しゃがみこみ、あたりを伺ってから、


「いいか浄足。知恵を貸せ。」


 と難隠人は浄足を真剣に見た。


「生半可なことじゃだめだ。

 やるなら、ちゃんと結果をだせるところまでやらないと。

 そのために、どうしたら良いか、知恵を絞れ。」

「はい。」


 浄足が真っ赤な顔で頷き、


「兵とは詭道きどうなり。まずは今までどおりの顔を見せることが肝要かんようです。」


 と喋りはじめる。




     *   *   *





 未の刻(午後1〜3時)

 藤売は前触れなく、


「気晴らしをします。いちに行くから支度をおし。」


 と立ち上がった。


「えっ? これから外に……?」


 と甘糟売あまかすめがあたふたし、控えていた藤売の家令かれいが、すぐに支度を始める。


「そうよ。……甘糟売。おまえは歩くのが遅いから留守。古志加。ついてきなさい。」  

「はい。」


 気晴らしは、何もムチで女官を打ち据えるだけではない。

 さっさと部屋を出る。


「オ……オレは馬をひいてくる!」


 慌てて衛士は飛んでいった。

 もちろん衛士の帰りを待ったりしない。

 どんどん歩き、上毛野君かみつけののきみの屋敷の南門をくぐろうとすると、四人の門番に呼び止められた。


「あっ……、どうなされました。」

「どうも何も。あたくしは外にでるのです。」

「護衛につけた衛士がお側近くにいないようですね。

 どうかこの、卯団少志うのだんしょうし遠野薩人とおののさつひとがお供することをお許し下さい。」


 と、先程の衛士より背の高い門番が、にっこりと笑って言った。

 目が細い。全体も細長い。


(むさ苦しくはないわ……。良いでしょう。)


「許します。」


 あたくしは、古志加、家令、背の高い衛士を引き連れて、上毛野君の屋敷を出た。


 空が青い。良く晴れた。

 さあ、排悶はいもん(憂さ晴らし)よ。





    

  





 ↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667027634738

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