第十話 情けがあるなら、何もおっしゃらないでください。
雨は小雨となり、じきにやんだ。
奥の、戸で仕切られた部屋では、
日佐留売がこの部屋に連れ帰った
古志加は熱をだした。
今は日佐留売の寝床に寝かせている。
床に直接敷くことになるが、この部屋には、女官が寝れるよう、もともと布団が備えてある。
今夜は古志加とこの部屋で寝よう。
日佐留売はそう思いつつ、居心地悪そうに、古志加のそばに立つ弟に声をかける。
「おまえの
おまえから助けろ、ってことだったのね?
間に合って幸いだわ、三虎。」
「違うんだ姉上……。オレは、干し杏を食べない古志加に苛立って……。」
ともごもご言った。
日佐留売は、おや? と三虎を見る。
今日の三虎はずいぶん表情が豊かだ。
それが苦悩の表情であっても。
気のせいかしら?
* * *
三虎は熱にうなされる古志加を見ながら、今日の花麻呂の話を思い返す。
まず
自分で何があったか三虎に話したい、と寝ないで頑張っていたそうだ。
(古志加の命があって良かった。)
と心から花麻呂に感謝しつつ、三虎は人目を避けて、広庭の隅に花麻呂を呼び出した。
「で……。古志加は知ってるのか。口から息を吹き込まれたことを。」
花麻呂はそう言ってなかったが、そうだろうと踏んで、きいてみた。
花麻呂は動きが固まり、
「してません。」
「
花麻呂は、上を見て、下を見た。
「しました。古志加は気がついてないと思います。」
花麻呂はきりり、と真剣な顔で、ビッと両手のひらをこちらに向けた。
「だけど、
あの状況だったら、オレは
たとえ、相手があなたでも。」
「おまえ……。」
つい二人で見つめ合ってしまった。
変な雰囲気になった。
三虎はこの時点ですでに、
夜番あけの花麻呂をねぎらって、あとで木綿
「う……、は……。」
と熱にうかされた古志加が、苦しそうにつぶやく。
(古志加、花麻呂の妻になってしまえ。)
花麻呂は自分の
三虎はそう思う。
「泣かないで……。」
眉をゆがめ、辛そうに首をふり、古志加はつぶやく。髪が顔にかかる。
三虎は寝床のそばに座り、その髪をはらってやる。
その唇を見る。
(……さっきは危ないところだった。)
オレはどうも、やりすぎてしまうところがある。
気をつけないとな、とため息をつく。
姉上が間に合っていなかったら。
古志加の口を己の口で
口が少しでも開いたら、舌を入れ、歯をくいしばっていたら、歯を開くまで、いくらでも舌で歯をなぞり、必ず歯を開かせ、古志加の舌の上に干し杏を置いてくる。
そこまでやるところだった。
口づけしそうなだけで、あれだけ泣く娘に。
間違いなく、大泣きさせてしまうところだった。
「
と古志加がつぶやき、目尻から涙をこぼした。
「姉上、ちょっと古志加と二人きりにしてもらえませんか。」
と三虎が日佐留売を見ると、姉は無言で睨んできた。
(信用がない!)
三虎は心の中でガクリとうなだれる。
(しょうがない、恥ずかしいけど、あれをやるか。)
三虎はそっと古志加の耳元に口をよせ、
「
と優しくささやいた。
きつく歪められていた古志加の眉が、本当に? というように、戸惑うように動く。
一粒、二粒、涙をこぼす。
その涙をぬぐい、
「大丈夫だ、大丈夫だ……。古流波。」
重ねてささやくと、
「ふ……。」
古志加の口から息が抜け、表情が楽になる。
「そうだ古流波。安心して、よく眠れ。」
古志加が静かになった。
落ち着いた寝息をたてる。
三虎は顔を離した。
後ろをふりむき、口に手を当て目を見開いてる姉に、
「情けがあるなら、何もおっしゃらないで下さい。」
と先制して言う。
恥ずかしさで頬のあたりに力が入っているのを自覚し、三虎は、ふっ、と息をはいた。
三虎は気がついた。
トン、カツカツ。
トン、カツカツ。
杖をつく鼻高沓の足音が、
(……そろそろか。)
ここからは、厳しい話し合いになる。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667034063574
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