第四話 紅珊瑚の耳飾り
困ったことに、なりを潜めていた
落とし穴を
歩いてる女官に
咲いていたすゑつむ花を全部刈ってしまう。
女官の胸をもんだりしなくなったのは、進歩と言えば進歩。
だが困ったことに、誰も強く注意できない。
……泣いてるからだ。
以前は、楽しそうにイタズラをして、それはそれは憎らしいものではあったが、今は、
「泣きながら、立ち去りました。」
と。苦しんで、傷ついてる。
寂しくて。
愛されたくて。
行き場のない苦しみが、イタズラをさせている。
(困ったものだわ……!)
難隠人さまのお気に入りだった
藤売は、古志加を難隠人さまに返してくれない。
そして明らかに、一人の女官にやらせるには多すぎる量の仕事を命じ、頻繁にムチ打ってるそうだ。
可哀想に、そんなことのために衛士を休ませて女官としてるわけじゃない、と思うが、あの強い目をした古志加のことだ。
遅かれ早かれ、藤売に目をつけられていたかもしれない。
古志加は恥ずかしがり屋だが、
中身が衛士だ。
他の女官と違う。
藤売のような
まったく、身分の高い娘でありながら、なぜあの藤売は、あのように毒をまきちらし、まわりを傷つけないと気がすまないのだろう?
身分が高い娘であるからなのか……。
「母刀自……。」
と渋い顔をしていた三虎の顔を思い出す。
女官は
ましてや藤売は大豪族の娘。古志加を女官として差し出したが最後、三虎に出来ることは何も無い。
部下思いの息子だ。心配なのだろう。
それとも、
あの娘の方は息子を恋慕している。
もうずっとだ。
それはなかなか熱い視線なのだが、その視線を浴びて、息子は
あれでは、
良い加減、妻なり
「はっ。」
……今はどうでも良い。息子の胸中がどうであれ、今は古志加を衛士として息子のもとに返してやることはできない。
古志加が藤売にどんなに
古志加は強い娘だ。
あの娘自身の強さで、この状況を耐えてもらうしかない。
それを祈るしか……。
* * *
鎌売が物思いにふけりながら、盆に白湯と米菓子を捧げ持ち、
「きゃああああ!」
鎌売は口から
盆から白湯と米菓子を取り落とし、貴重な緑釉の
「あわわわ。」
と顔を真っ赤にオロオロしてる浄足と、目尻の涙をぬぐった難隠人さまが、ぱっと身を翻し、
「待・ち・な・さ・い!」
地獄の鬼もよもや、という勢いで鎌売は走り、難隠人さまを捕まえた。
「わっ!!」
暴れる難隠人さまを、ぐいと上に釣り上げようとし、
「あぎゃっ!」
鎌売は悲鳴をあげ、かたまった。
「こ……、腰が……!」
全身が雷に打たれたように痛い。
腰が動かない。
鎌売は、腰が、腰が、と言いながら、その後何日も寝込んでしまった。
* * *
「あら、そう、大変ねぇ……。そこのしもつけの花を持って行って、
「あまり女官にムチを与えないで下さい。」
と言われたこともある。
「女官としてなっていないということは、
あたくしは、そんなこと許しません。」
ときつく
(……いい気味。)
* * *
雑巾女が、雑巾をピシャリと木桶にたたきつけ、こちらにズンズン歩いてきた。
燃えるような眼差しを藤売に向け、
「いい加減……、難隠人さまと遊んであげたらどうなんだ!」
と歯ぎしりしながら言った。古志加だ。
「難隠人さまが、あそこまでイタズラするのは、寂しいからだ。
「まあぁ……。それ、お願いしてるのかしら?」
藤売は目を丸くし、口に手を当てて言ってやる。
初めて会ったとき、あろうことか、あたくしを突き飛ばした女。
生意気な目の女。
目刺しの学のない良民の女。
いじめても、いじめても、へこたれない女。
まったく、
「……お願いします。どうか難隠人さまと、貝合せをなさって下さい。」
優雅に礼をする。
「あたくし、今、機嫌が良くてよ……。さあ、どうしようかしら……。」
ふふ、と口もとに笑みを含みながら、藤売は立った。
「ついてらっしゃい、古志加。」
と庭先に降りる。
藤売の部屋の近くに、飾り池がある。
水深は女のふくらはぎほど。
水に浮かぶ花が、色とりどりに浮かべられ、
藤売はそのふちに立ち、耳から
古志加はその様子を、眉をひそめながら見た。
藤売は、はずした紅珊瑚の耳飾りを、これみよがしに古志加に見せつけた。
自分の目の前で、指でつまんだ紅珊瑚を揺らして、古志加を笑いながら見たり、手のひらの上に紅珊瑚を転がし、その紅珊瑚を注視したり……。
(何をやっているの……?)
ふふふ、と藤売は笑い、
パッ、
と紅珊瑚の耳飾りを飾り池に放った。
ぽちゃん。
音がし、
「げっ!」
古志加はうめいた。投げ入れてしまった!
「ああ……、耳飾りを落としてしまったわ。
宇都売さまからいただいたものなのに。
古志加、拾ってくれる? 見つけられたら、難隠人さまと貝合せをしてあげてもいいわ。無理にとは言わないけど……。」
と藤売はわざとらしく言った。
「見つけます!」
透明な池だが、あの小ささの耳飾りが見つけられるかどうか。
でも、やるしかない。
ためらわず、古志加は池に足を踏み入れ、両手で池をさらいはじめた。
「あははははは!」
心底楽しそうに藤売は笑い、
「じゃあ、がんばってね、古志加。
時間はかかっても良いわ……。」
と、くるりと背をむけて行ってしまった。
* * *
二刻(4時間)後。
全身から池の匂いを漂わせ、頭からつま先まで濡れ
きっと池で転んだにちがいない……。
右手をぐっとつきだし、手のひらを開いた。
そこには紅珊瑚の耳飾りがあった。
「あはっ、あははは、ひぃ! やるわね、あなた……。」
と藤売は今までで一番の大笑いをし、
「いいわ。明日は、貝合せの貝を持ってくるように、難隠人さまに伝えてちょうだい。」
と言った。そして古志加の手の上の紅珊瑚を見て、ふむ、と考えた。
「もう池に落ちた耳飾りはいらないわ。池くさいもの。」
と自分の片方の耳飾りをはずし、近くの
「この紅珊瑚の耳飾りは両方、古志加にあげるわ。片方だけのものを持っていてもしょうがないわ。」
ただの気まぐれだが、それを聞いた古志加の顔が見ものだった。
「へっ。」
と目を見開いて、すごく間抜けな顔をした。
また藤売は大笑いをし、手で、しっ、しっ、と古志加を追い払った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます