第二話 私が大人になったら。
「ふぅん……、
女官は、働く
十六歳の古志加は、
衛士の
「そうです。挨拶が遅れて申し訳ありません。
「
対して藤売は、ゆっくりな喋り方だ。
「いえ、この娘は……、
「ただの
くさいものでも目にしたように、藤売は顔をしかめた。
「あまり学もなさそうな顔ね、これだから
古志加はさっきから立っているだけで、全然喋っていない。
あたりにはえも言われぬ良い匂いがたちこめている。
藤売は
顔には丁寧に化粧が施され、額の中央には紅で
とても美しいが、なんだか意地悪そうだ。
眉が八の字のようだからかな?
帯は
血より赤い
なんとも
このような豪華な衣も何もかも、藤売には当たり前のもので、この空間の主人であることは、至極当然……、と言っているかのようであった。
「道の
古志加の脇では、
「……あら? あなた……?」
何事かに気がついたように、古志加の顔を良く見た。
だが何か言う前に、難隠人さまが、
「藤売さま!
と元気に藤売に報告した。藤売は、興味の薄い冷ややかな目で、難隠人さまを一
「そう……。いいわ。また明日、続きを覚えていらっしゃい。」
「はい! ありがとうございました!」
難隠人さまが嬉しそうに笑う。
「ではもう行きなさい。」
「……はい。藤売さま、たたら濃き日をや。」
難隠人さまがちょっと寂しそうに、でも行儀よく挨拶をし、礼をし、退室する。
* * *
難隠人さまのもとに、これから毎日仕えると告げたら、難隠人さまは喜んでくれた。
「古志加、一昨日はごめんねぇ。」
と抱きついてきた。難隠人さまは、
「あとで、ちゃんと話をさせて。」
と良い、鎌売相手に詠唱の予習をしていた。
今、藤売のもとを退室したので、
「古志加と二人で話したい。」
と難隠人さまと屋敷の裏の小山のほうまで、二人で歩く。
六月の風が、花の香りとともに、緑の木々を吹き抜ける。
小山を登り、西を見れば、
山の嶺は高く青々とし、なんと
目線を下に落とせば、屋敷、裏手の沼、中庭の飾り池、立ち働く
中央の広い庭で隔てられた、西の遠くには、また屋敷があり、公務を執り行う
それらを見下ろしながら、二人で野に腰をおろす。
ヤエムグラの白い花。
月草の青。
すみれの紫……。
六月の野は、緑が生き生きと萌え、美しい。
「古志加、一昨日は泣かせてごめん。」
と難隠人さまは言った。
こちらを見て、真面目な顔で、
「もう、あんな酷いことはしない。もう、泣かせない。私が大人になったら、私の
とおかしなことを言うので、古志加は目を丸くしてしまった。
「ふふ……。」
と思わず笑ってしまう。
「笑わないで!
難隠人さまが唇をつきだす。
「真剣な話だ。」
なんだか胸のあたりがくすぐったい。
古志加は笑顔で自分の胸を、とん、とん、と二回叩いてから、
「では真剣に。あたしは贅沢をしたいんじゃありません。
難隠人さまの
「古志加、どうして……? 私のこと嫌いなの……?」
と難隠人さまが驚き、古志加の顔をのぞきこんでくる。
古志加は優しく笑いかける。
「そうじゃありません。もちろん好きですよ。
でも、本当に恋うてる人でないと、
あなたの
わかるんです。自分の人生には、この人、一人しかいない、って。
いずれ難隠人さまも、そういう
「わかんないや……。」
難隠人さまはつぶやき、しょぼん、と下を見た。
(なぜあたしは、こうやって言いきれるんだろう。)
不思議だった。
でも古志加は、自信たっぷりに難隠人さまにそう言うことができた。
古志加の胸に、恋いしい人の面影が花のように。
咲いては散り。
咲いては散り。
いつまでも消えなかった。
* * *
そうやって初日は穏やかにすぎた。
しかし翌日。
難隠人さまが藤売のところに、和歌の詠唱をしに行き、退室する間際。
「その
と突然、藤売が言った。
今日は
おずおずと、女官の
「ですがあの、古志加は、難隠人さま付きでして……。」
と言うが、
「おだまり! だからこそ、あたくしがこの
よろしいでしょう? 難隠人さま?」
藤売がじろりと難隠人さまを見た。まさにくちなわ(ヘビ)の一睨み。
難隠人さまは口を開け、古志加を見た。
その顔は、嫌だ、と言っていたが、そばにいた従者の
無用な衝突は避けるべきだ。
難隠人さまはうつむき、
「藤売さまに、おまかせします。」
と声を絞り出した。
古志加を残して、
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660658352844
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