第四話 斎ひまつらむ 見むもの良しも
「きゃ、きゃああ、くちなわっ!(蛇)」
「くちなわよぉぉ!」
(飛んできた。くちなわが? 怪しい……。)
五、六人の
(……くちなわじゃない。)
革を丸めて、くちなわに似せたおもちゃだ。
さっとあたりの
「……やべ。」
たしかに
流石に顔を赤くしながら、古志加は、
「こらぁぁぁ!」
と怒声を発し、
* * *
絶対に逃さない。
きついお仕置きをしてやる、と決意しながら、もどかしく胸に麻布を巻き、その上に
本当は内衣も着るが、今は
湯殿を走りながら出て、
「あら、なんの騒ぎ?」
歳を重ねても美しい大豪族の
「すみません、あとで!」
と言うのが精一杯だ。走り抜けようとし、
「……きゃっ!」
相手は尻餅をついた。
「ごめん!」
本当に悪いけど、今は立ち止まってられない。
「古志加───!!」
と宇都売さま付きの女官、
(……どっち?!)
と、逃げた方向を右か左か、と探っていると、
「きゃあ〜!」
と、知った
迷わずその方へ。
走り、
福益売も古志加に気が付き、
「うぅ、古志加ぁ……。」
と泣きべその顔をむけた。
(これは、あのクソガキどもがいなくなったのを探しにきて、胸をもまれて返り討ちにあったな……。)
「どっち。」
荒い息で簡潔に聞くと、福益売が震える手で
「……絶対、捕まえる。」
すれ違いざま、福益売に告げ、走る。
* * *
古志加の足は早い。
(……いた!)
難隠人さま一人だ。
道の真ん中に仁王立ちでこちらを見てる。
「この……!」
と古志加は言いかけるが、それにかぶせて、
「いいか!」
と難隠人さまがキッとした顔で大声をだした。
くるりと後ろを振り向き、お尻をつきだし、
「尻って文字はどう書くの〜。こうやって、こうやって、こう書くの〜。」
と歌いながら、尻を大きくウネウネ動かした。
空中に尻の文字を書き終え、難隠人さまは、
「ふっ……。」
と満足の息を吐く。
「このバカ────っ!!」
古志加は走りつつ、心からそう叫んだ。難隠人さまは、素早く逃げ出す。
古志加は距離を詰め、あと少しで、難隠人さまの背中に手が届く……。
「今だ!
───計その二! やれ!」
「はいぃ。」
古志加の左の道の脇から、黒いものが飛んできて、バシャリ! と古志加の上衣にかかった。
(くさい。
こ……これは。)
古志加は思考停止し、体の動きも止まった。
しこたま浴びた。
「ごめん古志加、
こんなことしたくないんだよぉ。」
と泣きべそをかいた
手には桶と
あれは馬糞の入った桶だ……。
「ばっか、お前、お前だって
と難隠人さまが強く言い、
「はい、好きですぅぅぅ!」
と浄足が真っ赤な顔で体をプルプル震わせながら、難隠人さまより大きな声をだす。
(……浄足、そうじゃない。
間違ってるぞ浄足……。
だめだコイツ……。)
「きぃ────────っ!」
古志加の怒りが頂点に達し、発する声がもはや言葉をなさない。
「わあ、逃げろ!」
浄足が桶を手放し、二人の
古志加の上衣からは、まだ汚物が滴り落ちている。
このまま走ってはあたりかまわず汚してしまう。
古志加は帯をとき、上衣をその場に脱ぎ捨てた。
顔を怒りで真っ赤にし、猛虎の勢いで走り出す。
* * *
夜番あけで、
「そいつ! 捕まえて!」
という古志加のせっぱつまった声に振り向いた。
「わッ!」
花麻呂は驚いた。
こちらに逃げてくる
おヘソ見えてます。
(何だその格好は。恥ずかしくないのか。)
と思ったが、古志加の顔が怒りで我を忘れているようなので、ああ……、となんとなく察した。
ゲッ、という顔をして、こちらを避けようとした難隠人さまを、あっさり捕まえる。
両脇を捕らえて空中に持ち上げると、
「離せバカヤロ──ッ!」
と両手両足バタバタと暴れた。
浄足は、近くで、
「あわわわ。」
と困っている。
息を荒げた古志加が追いつき、無言で両手をこちらへ差し出す。
ふわりと、どこからか馬糞の匂いが漂ってきた。
古志加は怒りで顔を引きつらせている。
見たことないくらい怒っている。
(うわー、怖……。)
と思いつつ難隠人さまを古志加へ引き渡す。
その上で、花麻呂は、上衣を古志加にかけてやろうと、自分の帯を解いた。
難隠人さまは、わぁわぁ騒ぎつつ、足や腕を振り回していたが、古志加に
「この……、よくも……。」
と古志加が空中に釣り上げた難隠人さまを、少し自分の顔に近づけた。
その時。
難隠人さまは、べっ、と舌を出し、
「──隙あり。」
と、古志加の胸の麻布の結び目を。
シュッ。
と解いた。
麻布がハラリと下に落ち。
古志加は無言で下を見。
古志加の手から難隠人さまが落ち。
花麻呂の視線も落ち。
眼前では、二つのまあるく立派な白い
大・中・小でいえば大。特大ではない。
花麻呂は瞬間、酒の席で誰かが口ずさんだ歌を思い出した。
───
───神様ありがとう! 良いもの見ちゃったよ!
ゴクリと唾を飲み込み、
「でけえ。」
つい言ってしまった。
(おっと。古志加が可哀想だよな。さっさと上衣をかけてやろう。上衣をかけてやる準備をしといて良かったぜ。)
花麻呂はすぐに、下を向いたまま無言で胸をおさえた古志加に、己の上衣をかけてやった。
「あっ、てめぇ、離せ!」
と花麻呂の後ろで難隠人さまの叫ぶ声がし、振り向くと、
「おい。」
これはこれで、見たことないくらい怒ってる三虎が、難隠人さまの後ろ襟首を釣り上げて、立っている。
花麻呂を恐ろしい
「ええ……。」
と思わず声がもれる。
オレは何もしてない……。
* * *
三虎は、
難隠人さまが暴れてる声がよく響いている。
様子を見に行くと、古志加と……、花麻呂の後ろ姿が見えた。
花麻呂が難隠人さまを捕まえていて、近くでは浄足がオロオロしている。
花麻呂から難隠人さまを受け取った古志加が、あられもない恰好をしている。
三虎は眉をひそめ近づいた。
……と、予想外のことが起きた。
(!)
古志加の胸から麻布が落ちた。
こちらも驚きに動きが固まり、見ちゃ悪い、と思いつつ、目が吸い寄せられた。
白い。
白さが眩しい。
新雪の上を反射する陽の光よりまだ眩しい。
その眩しさに意識がくらりとし、
「でけぇ。」
と言った花麻呂の言葉で我に返った。
こちらに駆けてくる難隠人さまをすかさず捕まえる。
暴れるが、釣り上げる。
「おい。」
花麻呂お前、見たな。
↓私の挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660612481193
↓かごのぼっち様よりファンアートを頂戴しました。かごのぼっち様、ありがとうございます!
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818023213362443785
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