第二話 隠さなくても良いだろう。だから──やるのだ。
父と
道すがら、
広間には、
父と大川に気づき、立つ。
二人とも疲労が濃く、土埃にまみれ、衣にところどころ、ほつれ、……いや、剣で切られたあとがあった。
「お初にお目にかかります。あたくしは、
と、手を前にし、腰を落とし、きらびやかな優雅さで、女は礼をした。
眉に特徴があり、八の字のような形をしている。
「
持ってきた
と五十代の男は
「そなたは……、見覚えがあるぞ。」
と父は言った。
「はい。阿刀家の
奈良にて、お会いしたことがございます。
もう二十年以上前にはなりますが……。」
とその男も礼をした。
「そうか、ならこの
賊に襲われるとは難儀であったな。
怪我はないか?」
はい、と二人とも首肯する。
「それにしても……、
まだ河内国へついていないはずだが?」
と父が重ねて言う。
「あら……。」
ふっくらと艶のある唇で藤売が笑う。
その唇は
「使いを待つまでもありませんもの……。
答えは、わかっておりますわ。」
さらに
「申し遅れた。私が
こちらが息子の、大川です。」
父が礼をした。
大川は一歩踏み出し、
「
と礼をした。
藤売が大川から視線を外さないので、見つめ合う形になる。父の隣にいた母刀自が、
「あたくしは
と礼をした。
藤売と家令の男が礼を返す。
「さあ、お二人とも、お疲れですのね、まずは衣を……。あたくしの衣でよろしければ、藤売さま、お着替えになって。」
と母刀自が笑顔で言い、その場は解散となった。
父は、そばに控えていた
「碓氷峠を調べてこい。」
と言いつけた。
* * *
女二人を見送った大川さまは、
「
「はい、あります。」
「では、手持ちの
三虎はすこしだけ、眉をひそめた。
(どうして薫陸香をそんなに? 貴重なものなのに。少々惜しい。)
「はぁ、砂金はともかく、薫陸香、全部ですか?」
「そうだ。私の好みは
普段慣れた香りがあれば、落ち着くだろう。」
と大川さまは、つまらなさそうに言った……。
* * *
衛士には、一ヶ月ごとに寝ずの夜番がまわってくる。
ふああ、と欠伸を噛み殺しつつ、
もともとやんちゃな性格だが最近イタズラが激しくなってる。
原因はわかっている。
難隠人さまの本当の母刀自は、難隠人さまを産んで何日もしないうちに、黄泉渡りしたという。
難隠人さまは母刀自の顔を知らない。
母刀自がわりの
他の誰でも、埋められない。
「はあ……。」
大川さまが、お見合いをすると噂できいた。
その人が良い人で、良い母刀自になってくれればいいな……。
「ふう……。」
でも難隠人さま、やんちゃだからなぁ……。
大丈夫かなぁ……。
「あはは、ため息ばっかりね、古志加。」
近くで湯浴みをしていた女官の
女官に夜番はないが、早番と遅番はある。遅番の女官はこうして、午前中の湯浴みを楽しむのは自由だった。
湯殿には、五、六人の
「ふいぃ……。」
と気の抜けた返事を古志加は返す。
ううん、弱気はダメだ。
(三虎にも、頑張れよ、って言われたもん……!)
日佐留売が帰ってきた時に、がっかりさせないためにも、頑張らなきゃ。
古志加は難隠人さまに気に入られている、と思う。
毎日お世話をするわけではないが、古志加は気性がサッパリとしていて、女らしくない。
剣も使える。
女官姿ではあるが、一回だけ、難隠人さまの武芸の師である、
「すげぇ。」
とキラキラした目で見られもした。
追いかけっこや、
追いかけっこは──必ず捕まえる。
武芸遊びは──
難隠人さまが機嫌を損ねようが、ギャン泣きしようが、古志加は譲らない。
手を抜かない。
それが古志加の誠意だ。
……と思っている。
難隠人さまの寂しさを、どうにかしてやりたいが、これといった妙案も浮かばない。
「日佐留売、帰ってきてぇ……。」
ついつい、ため息とともに、つぶやいてしまう。
* * *
湯殿は
湯殿につかりながら、のんびり庭を眺められるのだ。
さて、その藪に六歳の
一人は泣きベソをかいている
「いいか
子供らしいふっくらした頬に、きりりと太い眉は、
「私は……、
難隠人は、くわっ、と目を見開く。
「なぜ隠す。隠さなくても良いだろう。だから──やるのだ。」
「うぅ……。」
難隠人の
この
「やだよぉ、難隠人さま、絶対怒られるよぉ。うぅ、やりたくない……。」
「ばっか、お前、お前は
難隠人は怖い顔をし、小声で叱った。浄足が体をプルプル震わせながら、
「はい、好きですぅぅぅ!」
大声で答えた。
「声がでかい!」
難隠人が慌てて浄足を叱るのと、
「……誰かそこにいるの?!」
ざわめいた湯殿から、
ちっ、と難儀人は舌打ちをした。
(見つかった。ためらう時間はない。)
「───
難隠人は懐から用意していたものを取り出し、思いきり、ぱっ、と湯殿にむかって放り投げた。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660610300777
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます