第五話 あたし、もう十六歳だよ?
翌年。
───春。三月。
三虎が大川さまと二言、三言、言葉をかわし、
「
といきなり声をかけられた。
馬の世話をしようと、
「ひゃい!」
とまぬけな返事をしてしまった。
「今から
「うん!」
嬉しい! ……あ。
「あの、今から山吹色の衣に着替えても……?」
おずおず
女官仲間の
───とにかく
また墓参りに連れてってもらえるようなら、
女を意識させるのよ……!
と言われていた。
「はぁ?」
三虎が思いっきり顔をしかめた。
「わざわざ時間を作ってやってるんだぞ。
オレは、大川さまの、そばを、離れたくない! すぐ行くぞ。」
「はい……。」
福益売、……ごめん。
二人で馬を駆る。
ひらっと山桜の花びらが鼻先をかすめた。
まばらにあちこちで山桜が花咲き、春の
「もう
先に馬を駆る三虎がたんたんと言う。
「うん!」
十六歳の古志加は、この春から、
夜番も始まった。
少しだが、
それが嬉しかった。
無言となった三虎を盗み見る。
無表情に前を見てる。
「みっ、三虎、七夕の
───
と頷きながら教えてくれた。
三虎は眉をひそめ、こっちを見た。
「もう半年も前の話だが。いきなりどうした?」
「だって、言う機会が全然なかったんだもん!」
つい、大きな声がでた。
本当の事だ。
見廻りの時間、稽古の時間。
古志加には、ほんの少しの話も、三虎と語らう時間はない。
皆に聞かれながら言うのも恥ずかしいし……。
「そうかあ? 変なやつ。ほら、黙って前見てろ。」
三虎はもう、こちらを見ようともしない。
しゅん。
古志加の家についた。
「
と花麻呂の墓に声をかける。
風がそよそよとふいて、
(
「元気だぞ。」
離れて
「えっ?」
「姉上と、
なんだか、姉上が何回もお前のことを口にするんだよな。
ちゃんと面倒見てやれ、って。
自分が
今年はじめから、
(ありがとう、日佐留売。気にかけてくれて。)
「うん、あたし、日佐留売、大好き。」
ニッコリして、三虎を見る。
三虎はちょっと驚いた顔をして、口もとが笑った。
「ああ、すげえだろ、うちの姉上は。」
「うん、もっと、三虎の家族の話、聴きたい!」
本当は日佐留売に、結構聞いてるんだけど。
三虎の口から、聞きたい。
ニコニコしながら、三虎に近寄る。
「うん、うちは父上が衛士団長だから、家でも強そう、って思うだろ?
だけど一番強いのは母刀自でなあ。
何かこう、と決めたら、譲らない。
父上はオレには厳しいくせに、母刀自には甘い。
姉上も母刀自に似て、すげぇ頑固。
見た目おっとりしてて、一見母刀自と似てなさそうだけど、中身そっくりだぜ。
オレと兄上はいつも振り回されて……。」
三虎が口を閉じ、複雑な顔をした。
「こんな話、楽しいか?」
「楽しい! あたし、良い親父、羨ましい……。」
「そうか……?」
と三虎は首をひねったあと、
「あ、お前、
と三虎の目が光る。
「うん、三虎と
三虎に、むにーっと頬をつねられた。
「変な顔っ!」
三虎が遠慮なく笑う。
あまり顔の表情は動かさず笑うのだが、笑い声は豊かだ。
(ちょっと、ひどくない?)
古志加は、う──っ、とうなって三虎を睨みつけた。
三虎がまだ肩を揺らしながら、気軽に古志加の頭に手を置いた。
「よしよし。」
ぐりぐりと頭をなでられる。
古志加は急に大人しくなる。
長い。
顔が赤くなる。
「姉上がぬけて、
日佐留売が帰ってくるまで。
古志加は五日間、女官として務め、四日間、衛士として務めている。
「うん。」
頭のぐりぐりは続いている。
(すごい長いぐりぐりだ……!)
「衛士としてもがんばれよ。稽古の時間も削られて、もどかしいだろうが、弓は上達しろ。」
「うん……。」
痛いところをつかれた。声が小さくなる。
「返事が小さい。」
「はいっ!」
三虎が、はは、と笑い、頭から手を離した。
三虎は軽くしか笑ってないのに、古志加はその笑顔に吸い込まれそうだ、と思った。
「行くぞ。」
三虎はもう、くるりと背を向けて、馬をつないである栗の木にむかう。
「はい、三虎……。」
背中にむけてつぶやく。沢山頭を撫でられた。嬉しい。だけど、
「あたし、もう十六歳だよ……?」
ずいぶん前を歩く三虎が、
「寒っ!」
と肩を震わせた。
三虎には、十歳の
* * *
「いつもの握り飯買っとけ。」
と
「じゃあ、市のはずれで、またな。」
と、さっさと市の人波に消えてしまた。
(……
古志加はちょっとしょんぼりしながら、握り飯を十九個買って、市のはずれにむかうと、三虎がもう先に来ていた。
「ほらよ。」
と大きめの
「
正式な
と三虎が無表情に言った。古志加は息をのんで、
「うん、好き。ありがとう!」
と満開の笑みになった。
白酒が好きだと、三虎に言った覚えはない。
二年前、
(見てたんだなぁ。覚えててくれたんだ。)
「えへへ。」
古志加が幸せな気分で声をもらして笑うと、三虎がいつものムスッと不機嫌顔で、
「あんまりアホ面で笑ってんなよ。山鹿にそっくりな顔になるぞ。」
と言って馬にひらりとまたがった。
「ひ……ひど!」
古志加は頬をふくらませて、あわてて白酒と握り飯の柏葉を馬の鞍にくくりつけた。
帰路につく。
────
せっかく、三虎に恋してる、って自覚したのに、
でも、それでも。
三虎に気にかけてもらって、満足だ。
あたしは、ダメダメだ……。
あの金の
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093085981730300
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