第三話 荒弓と酬酢
冬。
「お? なんだあ?」
やっと三虎が現れた。
三虎の部屋の前の
「う〜、寒っ!
とにかく室内にいれてくださいよ。」
荒弓は震えつつ言う。
室内に入って、火鉢をおこし、持ってきた
「
と三虎も口もとが笑顔になり、部屋奥の
「ここらへんに、干した
と、さらにつまみを追加する。
今夜は酔わせる。
そう荒弓は決めていた。
「おっ、大川さまの……。
三虎が赤い顔で愚痴りはじめた。
三虎はあまり深酔いしないよう酒を飲むが、深酔いさせると、決まって大川さまのことを口にする。
良い頃合いだ。
「遊べ、遊べや、
美女のつぐ酒、
荒弓は替え歌をつぶやきながら、
「三虎も、もう二十一歳じゃないですか。
と訊いた。
「え?」
とろんとした目で、三虎は荒弓を見る。
「自分だけの
荒弓が穏やかに、だがハッキリと問うと、三虎は背筋を伸ばした。
「オレは、大川さまのために、いつでも喜んで死ぬ。
出す気はない。」
「三虎!」
荒弓は口調を強める。
「七夕の宴のおかげで、莫津左売は人気なんですよ?」
「いいことじゃないか。
オレも骨を折ったかいがある。
オレは……、
と三虎は自分で浄酒をついで、あおる。
(やれやれ……。)
荒弓はため息をつき、無言で頭をふった。
三虎が、う、とうめき、机に突っ
「ほら、水飲んで、水。」
荒弓は水を飲ませる。
「あいつ……、あいつよぉ。なんでオレの言うこときかねぇの……。
なんなの……、オレのことなんだと思ってんの……。」
と三虎がブツブツつぶやく。
あいつとは
今日、巳の刻(午前9〜11時)、
強い風が吹きすさぶなか、古志加はいつになくよろよろしていた。
顔色も悪かったので、三虎が、
「今日の稽古はもう休め。」
と言ったら、
「え? イヤです。」
と古志加は三虎を見てハッキリ言ったので、三虎は目を
古志加はすぐさま身を
三虎と荒弓はすぐに駆けつけ、
「どこか悪いところを打ったのか?」
と訊くと、ひょろりと細長い
「いえ、突然目を回して倒れました。
悪いところは打っていません。」
薩人がそう言うなら、間違いないだろう。
薩人が医務室に連れていき、すぐに帰ってきて、
「血の道が薄かっただけだそうです。
寝てれば治るそうで……。」
と報告した。
そのことを三虎は言っているのだろう。
前にも、正式な
「もう皆の足湯は作るな。」
と三虎が言ったら、古志加は、
「え? イヤです。」
とハッキリ断るので、三虎は目を
その後荒弓が場所をかえて、
「お前が足湯を作ってると、オレたちも持ち回りで順番に足湯を作ることになるから、もうやめなさい。」
と言ったら、古志加はしばらく考えて、
「わかりました。」
と皆の足湯を作ることをやめた。
そのことを何日かしてから三虎に話したら、
「あいつ、なんでオレの言うこときかねぇの?」
と顔を思いっきりしかめていた。
───荒弓よぉ。
オレは三虎も、古志加も、
今に泣くことにならないか……。
もう
二人とも吾妹子か、二人とも妻にするかは、三虎の好きにしてさ、さっさと自分の
と、薩人は前に、三虎と酒を呑んだ話をしてくれた。
(まったくそのとおりだ。薩人よ。)
寝かけてる三虎を倚子から立たせ、寝床に寝かせ、
「恋うてるんですよ。」
と小さな声で教えてやる。
三虎はすこやかに寝息を立てている。
見てれば古志加が三虎を恋うているのは、ばればれだ。
そして、三虎も、古志加が郷の
「こんな釣り、やるんじゃなかった……!」
としきりに繰り返していた。
憎からず思っているだろうに。
だがもし、荒弓が、
「古志加を
と訊いたとしても、
「
との返事が三虎から返ってくるのは、目に見えている。
生涯たった一人の、
それを持たないのだから、妻も、
三虎はそう言っている。
「あれは衛士として見てやってるだけだ。
女として見てない。」
ぐらい三虎なら言いそうだ。
───今に泣くことにならないか……。
薩人の不安が的中しないことを祈るばかりだ。
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