第六話  見ちゃったよぉ。

「……う。」


 古志加こじかは目を覚ました。

 陽光がさす、お堂のなか。

 手も足も自由だ。

 薩人さつひとの膝の上に乗せられ、肩を抱かれている。


「古志加! 気がついたか。」


 薩人が覗き込んでる。

 顔に緊張はない。

 横目であたりを見ると、腹を押さえたおのこが真っ青な顔で、卯団うのだんの衛士に引っ立てられていくのが見えた。

 お堂の外から、おみなの、


「触らないでっ! 幸せな夫婦めおとは皆死ねっ!」


 と毒づいてる声が聞こえてくる。


(あぁ……、終わったんだなぁ。助かった。)


 と思っていると、急に意識が覚醒した。




     *   *   * 




「わあん! 怖かったよぉ。」


 一気に古志加は、薩人の胸に飛び込んできた。

 腕を首にまわし、必死に抱きついてくる。


「み、み、見ちゃったよぉ。怖いよぉ。」


 古志加は震えてる。

 薩人にとって古志加は、色気がなさすぎて好みではないが、


(……ここまで初心うぶだと、かわいいなぁ!)


 そこで優しく、古志加のあごに手をかけ、上を向かせてやり、薩人は微笑む。


「古志加が望むなら、……怖くないってこと、教えてあげようか?」

「へ。」


 古志加は大きな目を見開いて、ぱちぱち、まばたきした。


「おい!」


 お堂の外から、鋭い声が飛んだ。

 黄蘗きはだ色(明るい黄緑)の郷のおのこ姿の三虎みとらが、弓を持って、ギリギリとこちらを睨みつけながら立っている。

 おや、と思っていると、古志加に突き飛ばされた。




     *   *   *




「わあん! 三虎ぁ!」


 古志加は三虎に泣きながら駆け寄ろうとし、堂の入口に足をひっかけて。


 ビターン!


 派手に転んだ。

 猛烈な勢いであった。

 手をぴくりと動かすことしかできなかった三虎が、


「うっ。」


 と言い、卯団うのだんの皆が、あっ、と動きを止める。

 古志加はすぐ起き上がり、


「えっ……、えっ……、三虎……。」


 と三虎を見て泣いた。

 三虎は不機嫌顔のまま、両腕をひろげる。


「わあん! 三虎ぁ!」


 今度こそ、古志加は三虎の胸に飛び込んだ。


「イヤなの見ちゃったよぉ。怖いよぉ。」


 と繰り返し、えぇ……ん、と泣いた。

 三虎は弓を持っていない右手で、古志加の背中をポンポン叩いてくれた。


 三虎の匂いがする。

 奥深く甘く、それでいて軽やかな、浅香の匂い。

 ずっとずっと、慕わしかった匂い。

 今日は本当に、イヤなものを見てしまった。

 夢にでてきたらどうしよう。

 三虎が一緒に、寝ワラで寝てくれた夜が懐かしい。

 でも、衛士舎で寝たら怒られるし、女官部屋では三虎は寝れない。

 そこまで考えて、ひらめいた。


「三虎、三虎の部屋にいくから、今夜は一緒に寝て。お願い……。」


 三虎に抱きつきながら、涙を流し、顔を見上げてハッキリと懇願した。

 卯団うのだんの皆の動きが、完全に、止まった。




     *   *   *




 三虎は珍しく真っ赤になった。


(おまえ、それがどういう意味かわかって……!)


 無論わかってない。


「バカ! 駄目だ!」


 抱きついてきた古志加の肩をつかんで引き剝がす。

 古志加は傷ついた顔をして、両手で顔をおおって、


「えええん……!」


 と火がついたように泣き出した。

 皆は動きを再開する。


「泣かせた……。」

「あんなこと言わせて……。」


 とヒソヒソ話をしながら。


「お前ら仕事しろっ!」


 三虎は一喝し、


「おい古志加。その衣はやるから、泣き止め。」


 と言った。古志加は一瞬、泣き声が弱くなったが、またすぐに大声で泣き出した。


(……駄目かあ!)


 三虎は心のなかで、ガックリとうなだれた。


「おい古志加、おい。」


 とりあえず呼びかけるが、古志加は両手で顔を覆って泣き続けている。

 しょうがない。

 三虎は再び古志加を抱き寄せ、優しく右手で背中をたたき、


「じゃあどうしてほしい、古志加。さっきの以外で、望みを言え。」


 と静かに言った。

 古志加は顔をあげて、しばらく瞳を宙にさまよわせていたが、しかと三虎を見た。


碓氷郡板鼻郷うすいのこおりいたはなのさとに連れていって下さい。

 ───母刀自ははとじの眠る家へ。」


 三虎は、はっ、とした。


「失念してたな。」


 古志加に十日に一回の休みがあっても、馬でなければ、行って帰ってこれない距離だ。


「よし、来い。荒弓あらゆみ、検分は任せた。」


 と近くにいた衛士、川嶋かわしまに弓を渡した。


「え、これから……?」


 戸惑う古志加の手をつかみ、


「そうだ。オレが動けるのは、今日一日だ。

 オレは、なるべく、大川おおかわさまのそばを離れたくない……!」


 と強く心をこめて言った。

 古志加の手をひき、遠くにとめた馬へと急ぐ。


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