第四話  オレは多くの女を愛したいのさ!

 古志加こじか白酒しろさけをちびちびとめつつ、


薩人さつひとは妻を持たないの?」


 と気軽に聞いてみた。

 薩人は卯団うのだんに二人いる少志しょうしのうちの一人だ。

 卯団うのだんに入ってからも長いと聞いた事がある。

 それなりにろくは貰ってるはずだ。

 もう妻がいて、子供の二、三人いてもおかしくない年だ。


「ん────?」


 白酒を飲み終わった薩人が、ずいぶん伸ばした返事をした。


「オレはねぇ、一人のおみなに愛が収まらねぇのさ。

 で、新しい可愛いおみなが入ってくると、どうしてもすずを鳴らしたくなってしまう。

 皆いろんな話をしてくれる。

 皆いろんな……ンン!

 とにかく、おみなというのは奥深いものでさ。

 いつまでも知り尽くすことはできない……。

 オレは多くのおみなを愛したいのさ!」


 薩人は細い目をキラキラさせて、両腕を広げてみせた。

 古志加は顔をしかめ、


「うえぇ……。

 何言ってるか、わかんない。

 でも、がどこかはわかる。

 ───いやらしい。このタコ野郎。」


 と言ってやった。

 遊浮島うかれうきしま

 国司さま相手の遊行女うかれめがいるところだが、遊行女うかれめは大勢いて、おのこが大金を払っておみなと……そういう事をする場所でもある、と、女官部屋の皆にきいた。


 薩人は、何が楽しいのか、


「いい!」


 と言って大笑いし、


「やぁ、すまんすまん、我が若妻に聞かせるような話じゃなかったよ。

 あっちに簪屋かんざしやがあるぞ。

 何か買ってやるよ。」


 と、優しい笑顔で簪屋かんざしやを指さし、片方の手を古志加の背にそえた。


かんざし。持ってない。)


 と少し心が動いたが、


(……欲しくない。)


「いい。いらない。

 それよりまだ何か食べたい。

 サッパリしたヤツ。」


 と古志加は言った。

 白酒を飲み終わった木の器を、白酒売りのおみなに返し、また市をブラブラ歩きはじめる。


 国分寺の近くの道で、


「そこのお二人さん。

 うちのノビルの塩漬けを食べてっておくれよ。」


 と、ノビルの塩漬け売りのおみなに声をかけられた。


「国分寺の霊水で育った、霊験あらたかなノビルだよ。

 食べてから国分寺にお参りすれば、み仏さまの覚えもめでたいってものさ。」


 霊験あらたかなノビルなど、どこまで本当かわかったものではない。

 でも、サッパリしてそうだ。

 古志加は、ちょいちょい、と薩人の袖を引っ張る。


「食べたい。」

「そうこなくっちゃ!」


 と、答えたノビルの塩漬け売りを見て、


(───おや。)


 と古志加の目は、その女の顔に釘付けになった。

 ずいぶん面長で、鼻が大きい顔で、ちょっと、馬に似てる……。

 

(あ、こんな失礼なことを思うのは良くない。)


 古志加はそっと目を伏せる。


 (店)のなかで薩人と二人で食べたノビルの塩漬けは、塩がきいて、ノビルの青さがみずみずしく、春らしい苦さも感じて、サッパリ食べれた。




    




 ノビルの塩漬け売りのを出て、いよいよ国分寺が近くなってきた。

 遠くから見えていた七重の塔が、近づくとますます大きい。

 国分寺自体は古志加の背より高い築地塀ついじべいに覆われていて、遠くからは見えなかったが、南大門をくぐると、


「わぁ……!」


 中がすごく広い。

 柳の木が枝垂しだれていて、そよ、そよ、と風になびいている。

 塀のなかに、また一つ塀があり、門がある。

 遠くから、多くのおのこたちが声をあわせて、読経しているのが聞こえてくる。

 西にはとにかく高い高い、天をつくほどの七重の塔。


「門をくぐると別世界だぁ……。」


 あっけにとられていると、近くでほうきを持って掃除をしていた袈裟けさを着たおのこが、くすりと笑って、


金堂こんどうはあちらですよ。お祈りなさると良い。何かお悩みですか?」


 と声をかけてきた。

 古志加は、はぁ、と言い、薩人は、


「そうなのです。オレは、オレは……ッ、こんなに可愛らしい妻がありながら、他のおみなを目で追うことがやめられない、罪深いおのこなのです…ッ!」


 くっ、と言って目もとを押さえた。

 古志加は口をあんぐり開けて、薩人を見た。


 肩幅が広く、堂々とした態度の袈裟を着たおのこは、自信にあふれた笑顔で、


「この娑婆世界しゃばせかいには、の原因は煩悩である。

 すなわち集諦じったい、火、繋縛げばく(未練に同じ)、愛著あいちゃく(愛執にとらわれること)、妄念、顚倒根てんどうこん(人生を逆さまに見ること)などと言います。

 み仏に一心に祈れば、必ずや救われましょう。」


 と礼をした。




     





 なんだか本当に、楽しく市歩きをしてるだけみたいだ。

 南大門をくぐり、帰り道につきながら、


「こんなので良いのかなぁ?」


 とつぶやくと、と薩人が笑顔を消し、真面目な顔で言った。


「殺人者が、いつどこで見てるかわからない。何日かかかるかもしれない。耐えろ。」

「そうだよね……。うん、頑張る!」

「良い子。」


 薩人が、古志加の頭を手のひらでグリグリ撫でた。

 それは卯団うのだんでの、いつもの古志加の扱いなので、されるままに、ニッコリ笑い、


「うん!」


 と返事をした。













↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662869733755

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