第三話  うららかな春の市歩き

 国分寺にお参りした夫婦が、行方不明となる。

 そんな怪事件が、ちまたで噂になってる。

 若い夫婦めおとで、パッタリと行方が知れなくなってしまうらしい。



 その噂なら聞いたことがある。

 もう十人、そうやって消えてしまったそうだ。

 放っておけない。調べることになった。

 そこで古志加こじか薩人さつひと夫婦めおとのフリをして、市でブラブラしてから、国分寺にお参りすることとなったのだ。




     *   *   *




 ふいに、隣を歩く薩人に、前髪を、ちょん、と触られた。

 薩人は、つるばみ色の黒っぽいさとおのこの格好だ。


「ひゃ……。」


 古志加はビックリして変な声がでる。


「葉っぱ。ついてた。」


 薩人が手に一枚の葉っぱをヒラヒラさせながら、細い目をさらに細くし、笑った。


「そんな、かまえたら駄目だよ。今は夫婦めおと、夫婦。」

「うん……。」


 古志加は困って、赤くなって、うつむいてしまう。

 もういい加減、女官姿の自分には慣れたが、女官は屋敷の外に出ない。

 おみなの格好をしてさとを出歩くのは、初めてだった。

 人目が気になって、落ち着かない。


 四月。

 春の陽射し。

 うしの刻。(午後1〜3時)


 道ばたには、白いセリや、黄色いスズナ、桃色のカタカゴなどが咲いている。


 薩人は二十六歳だという。

 古志加と十二歳も離れている。

 でも、そういう夫婦めおとも珍しいものではない。

 古志加は十四歳。

 つまを持つには、かなり早い。

 でもギリギリ、この年でつまを持つおみなもいる。

 おかしくはない。

 おかしいのは……。


卯団うのだんにいる時は、そんなんじゃないよね?

 あれ……オレのこと、そんな嫌いだった?」


 弱ったなァ、と薩人が頭をかく。


「あ、そうじゃない……。」


 古志加は顔をあげる。


「あたし、おみなの格好、やっぱり苦手。

 おのこの格好のほうが楽。

 男が女の格好してるみたいで、おかしいだろ……。」


 と肩を落とすと、プッ、と薩人が笑った。


「そんなことないよ。

 良く似合ってるって言っただろ。

 オレのこと嫌い?」

「嫌いじゃ……。」


 と古志加は言おうとして、すっと目の色を冷たくした。


「あたしに反吐へどはいた。嫌い。」

「あはははははっ!」


 薩人が大笑いした。

 明るい笑い声。


(悪い奴じゃないんだよなぁ……。)


 古志加にとって、荒弓あらゆみの年は良いおじさん、薩人の年は良いお兄さん、だ。

 つられて古志加も笑う。


「あっちで白酒しろざけ(今でいうノンアルコールの甘酒)売ってる。

 一緒に飲もうぜ。」


(白酒! ……いいなぁ!

 米の粒が浮いて、ふわっと甘糟あまかすの匂いがして、飲むと口中、米の甘さが広がるやつ。)


「うん! 白酒、飲みたい!」


 薩人がさっそく、白酒売りの三十代のおみなに交渉を始めた。


「白酒二つ、この米袋でどうだい?」

「中を見せておくれ……。いいよ。」


 古志加は笑顔ですかさず、


「ちょっと多めに盛っておくれよ、お願い……。」


 と口を挟む。


「ん? おや、可愛らしい目刺めざし(降ろした前髪)の若妻だねぇ。

 良いよ! おまけしてあげる!」

「ありがとう。」


 と言いながら、古志加は真っ赤になってしまった。

 つまを持ったおみなはもうわらはじゃない。

 目刺しの前髪をあげて、額をだし、大人の髪型になる。

 今の古志加は、つまを持ったばかりの若妻に見えるということか。


(ヒィ……。つらい……。

 おのこの格好で歩いてるなら、どんなにか楽しい春の市歩きなのに。)


 白酒を飲みながら、古志加はげっそりした表情で、


「なんとかおみなには見えてるみたいだよ、薩人。」


 と報告したら、また薩人がゲラゲラ大笑いした。




    




 人通りは多い。

 上野国かみつけのくにの国府の近く、国分寺に続く南大路なのだ。


 いろんな店が、道の両脇に軒をつらねている。

 板鼻郷いたはなのさとの市とは全然ちがう。

 板鼻いたはなのさとでは、生活の品をより安く交換しよう、という熱気があり、大声で値切る声があちこちで飛び交っていた。

 この南大路では、もっとのんびり、(店)で食べ物を食べたり、飲み物を片手に市を歩き、衣を見たり、珍しい掘り出し物を見たり……、と、ブラブラしてる人も多かった。

 皆、楽しそうに話をしながら歩いていて、人数が多いので、板鼻郷とはまた違う華やいだ活気があった。


 上毛野君かみつけののきみの屋敷からも近く、古志加も、来ようと思えば来れる場所だったが、交換できる手持ちもなかったので、足を踏み入れたのは初めてだ。










↓きんくま様から、ファンアートを頂戴しました。きんくま様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093073131396784

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