第三章   山吹の衣

第一話  びっくりなお届け物。

 庚戌かのえいぬの年。(770年)


 二年の歳月が流れた。


 古志加こじか十四歳の春。


 いぬはじめの刻。(夜7時)


 女官部屋にいた古志加に、知り合いの下人げにん是迩ぜにが、若草色の麻の包みを持ってきた。

 是迩ぜには良く気がくので、三虎が好んで使う下人だ。

 女官部屋に、男は入れない。

 簀子すのこ(廊下)で話をする。


「三虎からの言伝ことづてだ。明日はこれを着て、たつはじめの刻(朝7時)に、三虎みとらの部屋に来い。」


 ということは、この渡された若草色の麻の包みの中身は、衣なのだろう。


 是迩ぜには、言いつけられた事を復唱するべき、という信念を持っている。古志加はそれを当然、知っている。


「はい。明日はこれを着て、たつはじめの刻(朝7時)に、三虎みとらの部屋に来い、だね。ありがとう! ……なんで?」

「知るか。」

「……だよねぇ?」


 三虎はいちいち、下人に、命令の理由を説明したりしない。

 是迩ぜには別れの挨拶をして、さっさと帰っていった。

 女官部屋に古志加がもどり、若草色の包みを開けると、さとおみなが着るような、山吹色の鮮やかな衣が出てきた。


「わあ。」


(えっ? これをあたしが着るの?)


 古志加は、女官の衣か、り切れた灰汁あく色の衣しか、袖を通したことがない。

 三虎からもらった胡桃くるみ色の衣は、宝物だ。あれは安心したい時に抱きしめて眠る。


 古志加はびっくりし、わらわら、まわりに集まってきていた女官達は、


「んまーっ! 衣の贈り物よ!」

おのこから!」

「きゃ──────!」


 と盛り上がった。


「えっ? えっ?」


 古志加は、頭がうまく働かない。これはどういう事で、どう解釈すれば良いのだろう?


「これを着て、今夜、ねやに来いってことね!」

「違うよ? 明日の朝、部屋に来いって言われた。」

「………はあ?」

「なんなの?」

「朝だったら、さ(共寝)できないじゃない。」


 男女が手枕たまくらをするのは、夜、月が昇ってから、それが常識だ。古志加はハッキリと、


「だから、違うんだよ。」


 と言うが、顎がとがった、八重歯の福益売ふくますめが、


「あたし、ちょっと日佐留売ひさるめの部屋にいってくる───!

 三虎がまだ年若い古志加にちょっかいだしてきたら、すぐ日佐留売に言いつけるようにって言われてるんだから!」


 と、びゅーん、と簀子すのこを速歩きで歩き去った。


「ええっ!」


(日佐留売、そんなことを言ってたの? なんだか恥ずかしいよぉー。)


 福益売は間もなく帰ってきて、


「明日は、三虎の部屋まて、日佐留売が付き添ってくれます!」


 と、にっこり笑った。


(え───!)


 大事おおごとになり、なんだか恥ずかしい。古志加は恐縮してちぢこまるが、もとより、三虎の言いつけも、日佐留売の付き添う、も、古志加がイヤと言えるわけがないのであった。







 その夜は、なかなか寝つけなかった。


(いきなり郷のおみなの衣など着せて、三虎はどうしようというのだろう?

 まさか、この衣をあげるから、出ていけって追い出されるわけじゃないよね……?

 弓の稽古で的を外してしまったのがマズかったか。

 でも、あれは三虎に見られてるって、意識しすぎちゃっただけだ。

 剣の稽古ならそこまでヘマはしないし、卯団うのだんの下働きだって、さぼってない……。)


 どうにも不安で、寝つけなかったのだ。


 






 翌朝、山吹色の鮮やかな衣を着ると、福益売ふくますめが、


「かわいいさとの娘さんね!

 全然、衛士えじの稽古に混ざって、剣を振ってるように見えないわぁ。」


 と八重歯を見せる笑顔で言い、


「そんなことしなくて良いよぉ……。」


 という古志加を無理やり、郷のおみな風の髪型に結ってしまった。

 背中で一つ、丸く結び、頭に山吹のお揃いの頭巾ずきんをかぶる。

 肩にふわりと、くるくる巻いた毛が乗った。


(ひぃ……。女官部屋を出たくない……。この姿を人に見られるのが恥ずかしい。)


 古志加は両手を握りあわせ、その手をもじもじと揉んでしまう。

 女官部屋に古志加を迎えに来た日佐留売は、おっとりと笑った。


「まあ、かわいいわね。さ、行きましょう。」


(かわいいだなんて! 素晴らしく美人な日佐留売に言われても、ひたすら恥ずかしいだけだよ。

 ……大丈夫だよね。

 三虎に、この衣を着て、上毛野君かみつけののきみの屋敷から出ていけって言われたりしないよね。)


 古志加はいささか緊張しながら、日佐留売とともに三虎の部屋に行く。




    




 三虎の部屋は、日佐留売の部屋や、女官の大部屋より狭い。

 でも、一人で使ってるのだ。

 あまり装飾品はなかったけど、スッキリ片付けられて、居心地は良さそうだった。

 部屋の奥にズラーっと唐櫃からひつ(大きい物入れ)と、大きい厨子棚ずしたな(引き出しのついたタンス)が並んでいた。


 部屋には、三虎と、荒弓あらゆみと、薩人さつひとと、去年新しく入団した花麻呂はなまろがいた。

 三虎が不思議そうに日佐留売を見た。


「あれ? 姉上?」

「ほほほ。古志加はまだ十四歳よ。せめて十六歳まで待ちなさい。」

「姉上! ひどい誤解です! これは仕事です!」


 三虎は憤慨した。

 がっしりした体格の荒弓が、頬骨のはった顔で明るく笑って、古志加を見た。


「へえ、かわいいじゃないか、古志加。」


 ひょろりと細長い薩人さつひとは、


「良く似合ってるよ。」


 と細目をさらに細くして微笑み、若々しい子どもっぽさが抜けない花麻呂は、


「全然、いつもと違う。」


 と目を丸くした。三虎は、


「………。」


 なぜか無言。荒弓がしみじみと、

 

「ちゃんとおみななんだなぁ。

 この間は、思いきり肩打って悪かったなぁ。」


 と言ったので、古志加は困って、恥ずかしくなって、パッと日佐留売の後ろに隠れた。


「日佐留売ぇ……。

 あたし無理……。」


 と、小さい声で助けを求める。


「あなた達。からかわないの。」


 日佐留売の冷たい声に、おのこたちは黙る。


「三虎、ちゃんと何か言ってあげて。」

「お前たち、あまり見るな。」

「そうじゃなくて、古志加に。」


(ええ? それはいいよ、日佐留売。)


 古志加は日佐留売の背中で、真っ赤になってしまう。


「少し着飾ったくらいで甘えるな!

 頭が空っぽなのか! 用があってその格好をさせたんだ。殺人者の釣りをしろ。出てこい!」


 ピシャリと三虎に言われた。古志加は背を伸ばし、


「はいっ!」


 と、日佐留売の背中から出た。日佐留売は、


「あなた……、そういう……。」


 と、とがめるような目で三虎を見たが、


「姉上。衛士見習いとしての仕事です。」


 三虎はムスッとした顔で言い放つ。

 日佐留売は物言いたげに三虎を見たが、


「あたしはもう行くわ。皆さま、たたらをや(良き日を)。」


 と退去の挨拶をした。


「たたら濃き日をや。」


 皆が言い、


「ありがとう、日佐留売。」


 と古志加は続けてお礼を言った。




     *   *   *




「古志加。花麻呂の隣に立て。」


 と三虎が言うので、


「うん。」


 と立った。倚子に座った三虎と、その横に立つ荒弓が、机を挟み、妻戸つまと(出入り口)近くに並んだ古志加と花麻呂を見て、


「うーん。」


 と考えこむ。

 三虎が首をかしげたので、もとどりに挿した黒錦石くろにしきいしかんざしがキラリときらめいた。


「年は良いが……。」


 と三虎。


「おまえら、並ぶと兄妹みたいだな。」


 と荒弓。


 思わず、古志加と花麻呂は顔を見合わせる。

 たしかに、二人ともくるくる巻いてしまう髪はそっくりだ。

 目もとも似てるといえば、似てる……? でも、


「兄妹じゃありません。」


 花麻呂がハッキリ言う。古志加も頷く。


「わかってる。花麻呂、薩人さつひととかわれ。」


 花麻呂のかわりに薩人が隣に立つ。

 薩人は背が三虎の次に高い。

 二年前までは三虎より高かったが、三虎が追い越してしまった。

 全体に細身で、顔も細ければ、目も細い。

 いつもニコニコしていて腕も立つ。

 信頼して任せられる衛士の一人だが、前に三虎に、


「お前は遊浮島うかれうきしま通いすぎ。」


 と言われてた。



 腕を組んだ三虎が、


「やはりこっちか……。」


 荒弓が、ぽん、と手を叩き、


「じゃあ決まり。今日から二人は夫婦めおと。」

「えっ?!」


 驚いて棒立ちになった古志加の顔を、背が高い薩人がのぞき込んで、にっこり笑った。


「ふふっ。よろしくね古志加。」

夫婦めおとのフリ。

 フリをして二人でさとを歩く。

 それだけだ古志加こじか。」


 無表情に三虎が言う。















 ↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662872845923

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