第三章   山吹の衣

第一話

 庚戌かのえいぬの年。(770年)


 二年の歳月が流れた。


 古志加こじか十四歳の春。


 いぬはじめの刻。(夜7時)


 女官部屋に、


「明日はこれを着て、たつはじめの刻(朝7時)に、三虎みとらの部屋に来てほしいそうよ。」


 と、日佐留売ひさるめが、若草色の麻の包みを持ってきてくれた。

 なんだろう?


「三虎の部屋、知らない。」


 と日佐留売に言うと、日佐留売は無言で天を仰いだ。


「わかったわ。あたしが連れてってあげる。」


 と言ってくれた。恐縮です。




 若草色の麻の包みの中身は、さとおみなが着るような、山吹色の鮮やかな衣だった。


 次の日、それを着ると、福益売ふくますめが、


「かわいいさとの娘さんね!

 全然、衛士えじの見習いで剣を振ってるように見えないわぁ。」


 と笑顔で言い、


「そんなことしなくて良いよぉ……。」


 という古志加を無理やり、郷のおみな風の髪型に結ってしまった。

 背中で一つ、丸く結び、頭に山吹のお揃いの頭巾ずきんをかぶる。

 肩にふわりと、くるくる巻いた毛が乗った。


(女官部屋を出たくない……。)


 古志加は両手を握りあわせ、その手をもじもじと揉んでしまう。

 この姿を人に見せるのが恥ずかしい。



 四つの刻。(朝6:30)

 日佐留売の部屋を訪れる。



「まあ、かわいいわね。」


 と日佐留売はニッコリして言った。

 素晴らしく美しい日佐留売に言われても、あたしは赤面するだけだ。


 しかし、いきなり郷のおみなの衣など着せて、三虎はどうしようというのだろう?


 まさか、この衣をあげるから、出ていけって追い出されるわけじゃないよね……?

 弓の稽古で的を外してしまったのがマズかったか。

 でも、あれは三虎に見られてるって、意識しすぎちゃっただけだ。

 剣の稽古ならそこまでヘマはしないし、卯団うのだんの下働きだって、さぼってない……。


 と、いささか緊張しながら、日佐留売とともに三虎の部屋に行く。




     *   *   *




 三虎の部屋は、日佐留売の部屋や、女官の部屋より狭い。

 でも、一人で使ってるのだ。

 あまり装飾品はなかったけど、スッキリ片付けられて、居心地は良さそうだった。

 部屋の奥にズラーっと唐櫃からひつ(大きい物入れ)と、大きい厨子棚ずしたな(引き出しのついたタンス)が並んでいた。


 部屋には、三虎と、荒弓あらゆみと、薩人さつひとと、去年新しく入団した花麻呂はなまろがいた。


「あれ? 姉上?」


 と三虎が不思議そうに言う。


「古志加が部屋を知らないって言うから。このバカ。」

「あれっ? すまない姉上。ありがとう。」


 と三虎が頭をかいた。


「へえ、かわいいじゃないか、古志加。」


 と荒弓が笑って言い、


「良く似合ってるよ。」


 と薩人さつひとが微笑み、


「全然、いつもと違う。」


 と花麻呂はなまろが目を丸くした。


「………。」


 どうして三虎は無言なのだろう?

 

「ちゃんとおみななんだなぁ。

 この間は、思いきり肩打って悪かったなぁ。」


 としみじみ荒弓が言ったので、古志加は困って、恥ずかしくなって、パッと日佐留売の後ろに隠れてしまった。


「日佐留売ぇ……。あたし無理……。」


 と、小さい声で助けを求める。


「あなた達──からかわないの。」


 日佐留売の冷たい声に、おのこたちは黙る。


「三虎、ちゃんと何か言ってあげて。」

「お前たち、あまり見るな。」


 ため息まじりに三虎が言う。


「そうじゃなくて、古志加に。」


(ええ? それはいいよ、日佐留売。)


 古志加は日佐留売の背中で、真っ赤になってしまう。


「少し着飾ったくらいで甘えるな!

 頭が空っぽなのか! 用があってその格好をさせたんだ。殺人者の釣りをしろ。出てこい!」


 ピシャリと三虎に言われた。古志加は背を伸ばし、


「はいっ!」


 と、日佐留売の背中から出た。


「あなた……、そういう……。」


 と日佐留売はとがめるような声をだしたが、


「姉上。衛士見習いとしての仕事です。」


 三虎が言い放つ。

 日佐留売は、物言いたげに三虎を見たが、


「あたしはもう行くわ。皆さま、たたらをや(良き日を)。」


 と退去の挨拶をした。


「たたら濃き日をや。」


 皆が言い、


「ありがとう、日佐留売。」


 とあたしはお礼を言った。




     *   *   *




「古志加。花麻呂の隣に立て。」


 と三虎が言うので、


「うん。」


 と立った。倚子に座った三虎と、その横に立つ荒弓が、机を挟み、妻戸つまと(出入り口)近くに並んだ古志加と花麻呂を見て、


「うーん。」


 と考えこむ。

 三虎が首をかしげたので、もとどりに挿した黒錦石くろにしきいしかんざしがキラリときらめいた。


「年は良いが……。」


 と三虎。


「おまえら、並ぶと兄妹みたいだな。」


 と荒弓。


 思わず、古志加と花麻呂は顔を見合わせる。

 たしかに、二人ともくるくる巻いてしまう髪はそっくりだ。

 目もとも似てるといえば、似てる……? でも、


「兄妹じゃありません。」


 花麻呂がハッキリ言う。古志加も頷く。


「わかってる。花麻呂、薩人さつひととかわれ。」


 と三虎が言い、花麻呂のかわりに薩人が隣に立つ。

 薩人は背が三虎の次に高い。

 二年前までは三虎より高かったが、三虎が追い越してしまった。

 全体に細身で、顔も細ければ、目も細い。

 いつもニコニコしていて腕も立つ。

 信頼して任せられる衛士の一人だが、前に三虎に、


「お前は遊浮島うかれうきしま通いすぎ。」


 と言われてた。


「やはりこっちか……。」


 と三虎。


「じゃあ決まり。今日から二人は夫婦めおと。」


 と荒弓が明るく言った。


「えっ?!」

「よろしくね古志加。」


 と薩人が笑顔を向けた。


「夫婦のフリ。フリをして二人でさとを歩く。それだけだ古志加こじか。」


 無表情に三虎が言う。






↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662872845923

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る