第七話  スミレのつぼみのように

 ※著者より。ここは幼児が天に召される確率が高い世界なので、誕生日を祝う習慣はないという世界観です。



   *   *   *




 そして十二月は去り、

 戊申つちのえさるの年。(768年)

 一月。


 あたしは十二歳となった。

 ───年が新しくなれば、皆等しく、一歳年をとる。

 難隠人ななひとさまは二歳となったし、日佐留売ひさるめは二十歳となったし、三虎は十八歳となった───。


 女官の仕事を覚えはじめ、四十日くらいたった頃。

 やっと、衛士舎えじしゃに行くことを許された。


「寝る時は、女官の部屋で。

 これから時々、女官としても呼ぶから、仕事は忘れないように。」


 それだけ日佐留売ひさるめに言われて、福益売ふくますめに見送られつつ、女官の部屋をあとにした。

 髪はおのこのように一つに結い上げ、衣も灰汁色あくいろおのこのもの。

 すごくスッキリした気分で、高揚しながら衛士舎へいそぐ。


 さるの刻。(午後3~5時)


三虎みとらいるかな?

 ……いた!)


 卯団うのだんの皆と一緒にいる。


「三虎!」


 古志加こじかは大声で名を呼び、三虎が振り向く。もとどりに挿した黒錦石くろにしきいしかんざしが輝く。

 駆け寄って、その胸に飛び込もうとしたら、


「止まれ。」


 三虎が両手の平を前につきだし、制止した。


「もう抱きつくな。」


 その三虎の手の平のところまで近よって、


「えっ?」


 と古志加は言った。


「不用意に抱きつくな。」


 古志加はムッと唇をつきだし、くるっときびすをかえすと、両腕を広げて、


「皆! 帰ってきたよぉぉ──。」


 と卯団うのだんの皆の方へ飛び込んでいった。

 おかえりー、と皆に頭を撫でられ、首に腕をまわされ、皆でキャッキャッと抱き合った。輪の中心のなかで、


「あたし大変だったよぉ──。」


 と古志加が叫び声をあげている。


「あっ……、オイ!」


 と三虎が苦い顔をするが、隣にいた荒弓あらゆみが、


「別に下心があってのものじゃありません。

 皆、喜んでるんです。

 これくらい、良いでしょう。」


 と三虎に言い、その場で、


「おかえり、古志加ー!」


 と大声をだした。

 三虎はイライラとため息をついた。

 荒弓の言うことはわかる。

 だけどお前らは女官姿の古志加を見てないから……。




     *   *   *




 日佐留売に古志加を預けてから、再び古志加を目にしたのは、ずいぶん日にちが経ってからだ。


 大川おおかわさまが、空いた時間で難隠人ななひとさまを見に行くと言い、姉のところで難隠人を世話する小柄な女官を見た。


(……へぇ!)


 女官はさまざまな年のおみながいるが、若くても、十四歳が一番下だ。

 まだ十一歳の古志加はあきらかに小さく、わらは……。

 まだおみなではない。

 だが涼やかに髪を結い上げ、美しい蘇比そび色の女官の衣に身を包んだ古志加は、まだ咲きほころぶ前のすみれの花、つぼみをつけたばかりの紫の花のように。

 のびやかで。

 可愛らしかった。

 こちらを見て、心から嬉しそうに笑った。

 ……頬を染めて。

 男童おのわらはと見間違えようはずもない。

 こちらも笑顔をかえす。

 その古志加の頬を難隠人ななひとさまの手がぺちんと叩く。

 古志加は慌てて難隠人さまの世話を再開する。

 そしてオレは、


「……ちょっと。」


 と日佐留売に部屋を連れ出された。




     *   *   *




「見たでしょ? かわいい女童めのわらはじゃない。

 あなた本当に気がつかなかったの?」

「この姿なら間違わない。でも会ったときはおのこの姿で、本当に男に見えたんだよ、姉上。」


 姉がずいと詰め寄る。


「夜、ずいぶん近しく接してたって、古志加に聞いたけど?」


 何を話したんだ、古志加。


母刀自ははとじを殺されて泣いてたわらはを、静かにさせただけです。」

「……それだけ?」

「それだけです。」


 思いきり頬をつねられた。


「………!」


 何をするんだ姉上。

 と思いつつ無言で堪えた。


「小さくてもおみなよ。

 これからは、ちゃんとあつかってちょうだい。」

「はい。」


 頬をさすりつつ、三虎は答えたのだった。




     *   *   *




 古志加はあたりを見回す。

 いつもと様子が違う。

 燭火ともしび(松明)の数が多い。

 この卯団うのだんの広庭に、集まってる人数が多い。

 卯団だけじゃない。三十人以上、衛士えじがいる。


「どこか行くの?」


 返事がかえってくる前に、遠くから人馬が走ってくるのが見えた。

 薩人さつひとだ。

 薩人はひらりと馬を降り、すぐに荒弓と三虎のところへ向かう。


小田馬養おだのうまかいは間違いなく、屋敷にいます。」

「よし。騎乗きじょう!」


 三虎があたりに声を響かせる。衛士たちが皆馬にまたがる。


「古志加! 来い!」


 三虎に呼ばれた。馬上の三虎に駆け寄ると、


「乗れ。」


 左手を差し出してきたので、手をとると、ぐいと馬上に引き上げられた。

 三虎の前に跨がる。


「行くぞ!」


 薩人、三虎を先頭に、南門みなみもんをくぐり抜け、皆いっせいに馬を走らせる。


「三虎、どこへ?」

「おまえも知ってるところだ。見届けろ、古志加。

 だが手はだすな。ケガしないよう下がっていろ。いいな。」


 とだけ三虎は言った。




     *   *   *




 碓氷郡板鼻郷うすいのこおりいたはなのさと郷長さとおさの屋敷を、三十二の人馬が燭火ともしび(たいまつ)を持ち取り囲む。


「門を開けろ! オレは上野国かみつけののくにの上毛野衛士かみつけののえじ卯団長うのだんちょうの少尉しょうい石上部君三虎いそのかみべのきみのみとら

 開門!」


 と言われては門を開けないわけにいかない。

 あとは一気に人馬が屋敷内になだれ込む。

 あちこちで、


「わあっ!」

「きゃあ。」

 

 と家人けにんが悲鳴をあげた。

 人をき殺しかねない勢いに、古志加は息を呑む。




    



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