第五話 福益売、頬をむにむにする
教わった女官の仕事は、
やることは掃除や料理などだが、何をするにも優雅に、美しくふるまうことが求められた。
できてない、と判断されると、
ふくらはぎを棒で叩かれるのだ。
これが痛い。
まず
その後、焚いてあったお香を
すっかりしょげて女官の寝る部屋へ案内された。
室内へ入ると、十人の美しい
「ひぃ。」
と古志加は悲鳴を飲みこんだ。
すぐに
「あたし、
と腕をとった。
古志加はもじもじする。
「ありがとう、
「そうでしょ!」
福益売は歯を見せて笑った。
八重歯がかわいい。
顎がすっきり尖り、目がいつも笑っている印象だ。
「日佐留売が、あなたが一通り仕事を覚えたら、あたしと一緒に
仲良くしましょ!」
と床から一段高い
すごく大きい寝床だ。
だが寝床自体は一つで、ここで全員眠るようだ。
上にかけるのは、
「うわあ、柔らかい。ここで寝るの?」
寝床の上に、木綿でくるまれた厚みのあるものが敷いてあった。
手で押すと、手が柔かく沈む。
「布団よ。中には綿が入ってるの。気持ち良く眠れるわよ。」
「へえ!」
寝ワラでしか寝たことはない。
それで充分だと思っていたが、布団の上に身を横たえると、身体がちょうど良く沈んで、気持ち良い。
福益売の、
「今日は日佐留売に怒られて怖かった……。」
「大川さまが優しくて素敵、本当、奈良から戻られて嬉しいわ……。」
と、あとからあとから湧いてくる話を聞きながら、
(福益売は美人だけど、怖くないや。)
と、ホッとした。
「あなたも今まで大変だったのね。
こうやって話したいこと話して良いのよ。
それで明日も頑張れるんだから。
ほらほら古志加も何か喋りなさいよ。」
と福益売が言うので、圧倒されながら、
(ええと……。)
と、話すことを探した。
「ええと……、三虎が奈良から戻ってきて、嬉しい。」
と言ったら、なぜかすごく恥ずかしくなって、赤くなってしまった。
福益売は、
「やだ、この子かわい──。」
と言って、こちらの両頬を手で挟んでむにむにした。
むにむに。むにむに。
(ヒェェ……。そんなことするのか。)
古志加はびっくりした。
でも、福益売はニコニコ笑っているので、悪い気はしない……。
布団の寝心地は最高で、疲れもあいまって、横になったらすぐ眠気が襲ってきたが、眠りに滑り落ちる前に。
(三虎が奈良から戻ってきて嬉しい、は、本当だ。
首を踏まれたって、それは変わらない。
今日は、落ち着いて顔を見ることも、話すこともできなかった。
一緒に寝たかったなぁ……。)
との思いが、心に、ふっ、と浮かんで、それから深い眠りに落ちていった。
* * *
それからは、なかなか三虎と会えなかった。
いつも、料理を作る
遅いながらも、古志加は女官の仕事を覚えていった。
明るく話し好きの福益売も。
おっとりしつつ、頼もしい日佐留売も。
古志加は大好きになった。
なんという楽しみ!
古志加は
* * *
日佐留売は古志加を見る。
三虎の話をねだられるのは、何回めだろう?
古志加は頬を染めて、うっとりした笑顔でこちらを見てる。
「ねぇ、お願い、きかせて。日佐留売。」
(十一歳でも、小さくても、
日佐留売はそう思う。福益売があきれて、
「もぉ、いつも古志加は、そればっかり!」
「だって、聴きたいもん……。」
古志加は、ますます顔を赤くしつつ、譲らない。
この
自分のことを
「話しても良いけど、たまには、古志加の話もききたいわ。
かわいい古志加。
あなたの父親や、
と優しく日佐留売が言うと、古志加の顔が、さっ、とくもった。
「ち、父親は、人間のクズでした。
話すことは何も……。
あたしと母刀自は、親父が帰って来なくなって、戸惑いつつ、ホッとしたくらいです。は、母刀自は。」
そこで古志加はあえいだ。
「ただの
舌足らずでしたが、あたしを一心に愛してくれました。」
言葉を口にのせるとともに、古志加は、ぽろり、と涙をこぼした。
ぽろり、ぽろり。透明な雫が、十一歳の
「三虎とあたしは、二人で、墓を掘って、母刀自を埋めました。
あたしは、三虎に感謝してもしきれません。
きっと、三虎が、母刀自を埋めるように言わなかったら、あたしは母刀自を土に埋めようとせずに、もう息をひきとった母刀自に寄り添って、一緒に黄泉渡りしていたと思います。」
日佐留売は古志加の手をとった。
「わかったわ。教えてくれて、ありがとう。泣かないで、古志加。」
見れば、福益売が赤い目もとを袖で
「じゃあ、三虎のとっておきを教えてあげましょうね。
あの子……、花かんむりが作れるのよ。
教えたのは一回きりだから、今も作れるかはわからないけど……。」
えぇっ、と福益売と古志加が声をあげる。
古志加は日佐留売の話にすぐに夢中になった。
その顔には、哀しみの影はない。
三虎の話は、効果絶大……。
(本当、小さくても
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