4,
幾らかの大まかな調整が済んだ原石を並べ、男性はその緑色の加工器具の前に座った。
凡そ手のひら程の大きさの金具を、手で少しづつずらして調節している。
先ほど見た時は気が付かなかったのだが、どうやら金型は上下方向に付いているようだった。
「先程見て頂いた加工済みの石の形は、ここで作ります。これを”カタ嵌め”と我々は呼んでます。上側の型を、このように…油圧で上下させることで圧力を加え、型に沿って石を削っていきます。」
ゴリゴリという鈍い音と共に、押しつぶしはめ込むように。
男性が固い型に石を挟み込んで加工していく。
何とも粗雑で丁寧さに欠ける方法だ、などと思いながらそれを覗き込むが、これが定められた加工法と言うのだから部外の素人が余程に口を出す物でもない。
何とも言えない感情を抱きながら、作業を眺めた。
「ああ、だめだ。」
男性は加工が終わった石を取り出し、卓上の明かりに照らしてそう呟いた。
指につままれた僅かな透明感を含むそれは、明らかに歪なヒビが入っている。
「これはもう、どうにもならないんですか。」
ふと口を突いて出た質問だった。
割れた場所は石の角に当たる場所であり、少し小さくとも宝石として磨けあげられるではないか。やはり捨ててしまうには勿体無い。
「…やろうと思えば、できると思いますよ。」
その質問に男性は含ませのある言い方をして苦笑いした。
「やはり個体差が大きすぎる石ですので、全てを宝石に育てるのは無理があるんです。」
そういえば、そんな話もしていた。
加工に耐えられない石は砂利などと一緒くたにしてしまうこともある、未だ用途があるだけましだと。
ひび割れも欠けも、光るようにすればいいのでは。そんな理想論が正しいとはお世辞にも言えやしないのだ。
「…さて、こんな感じですかね。」
暫く加工は続いた。その過程で幾らかの原石が割れ、欠け、或いは元々の特性の不向きにより脱落していった。
更に研磨の過程でも幾らかが脱落していった。
私も少しだけ作業道具に触れてみたが、なんせ古いものだ。そもそも予想通りに削る事すら出来ずじまいだった。
…そこら辺が『職人』の存在がある理由なのだろう。
作業は終わった時、机の上には生き残った色で鮮やかに机を染める『宝石』があった。
8面が見事なまでに研磨され、中ではいくつもの光が交差する。最初の状態を知っているからこそ、尚更美しく思える。
欠伸のするような加工時間はかかっていないのにも関わらず、この出来だというのだから…それは男性の腕が確かなのだろう。
加工方法もこのような『良い石』を選定するように作られているのだ。
「…ところで、何故『子供石』という名前になったのですか?」
ふと浮かんだ疑問が、口を突いて出た。
ここまで綺麗になるのならば、もっと高貴というか。そのような名前があるのではないか。何故子供石なのか。
最初から疑問ではあったが、尚更この仕上がりを見ると由来が気になるものだった。
そんな疑問に卓上で石粉を片付けていた男性は手を止め、手袋を外した手で顎に手を付けた。
「うーん、私も詳しくは知りません。」
「…そうですか。」
「ただ一つ聞いたことがあるのは、『どれも違って、どれも上手くいく訳じゃ無い』という意味でそう名付けられた…と。かつてはここまでいい石を見つける手段もないんですから。恐らく、どうにかして良いものにしようと足掻いたこともあったんでしょう。結果がどうなろうと。」
ある意味で冷たいのは今の加工方法かもしれませんが、と作業道具に触れながら男性は呟いた。
決まった基準に基づいて石を選別し、加工し、選別し、加工し…あれだけ個性豊かな原石を加工するのだ。冷たいとはいえそれが最適解。
原石の時点で基準以下であればそもそもその土俵にすら上がることが出来ないのだから、厳しい世界とも言えるか。
僅かな可能性の為に、多くある可能性を後回しにはできない。
…できないのだろう。
「…あぁ、だから子供石なのか。」
「まぁ、あくまで一説ですよ。私もかつてそうだったように、それぞれに合うやり方を試してみたいと思いますが…今の規格じゃ、かつてのこの石の多彩さを引き出すことは難しいですね。商業的にも。」
脱落した石を拾い、男性はそう語った。
「割れちゃいましたね。」
「いやあ、難しいもので……見てるだけで真似できるような物では無いと分かってたのですが。」
私は、作業台で石の加工を少しだけ体験させて貰っていた。
先に削る過程は体験させて貰えたが、今回は最後までである。
手元の石は欠けており、それも序盤の削る時点でそうなってしまっていた。
説明を聞きながらの作業ではあったが、言葉で伝わらない領域に細かい工夫があるのだろう。
「もしそれで真似出来ちゃ、私達職人の立つ瀬がありませんから。ただ……見た時点で癖のある石を加工するのは中々やりませんが。」
男性は欠けた一片を拾い上げて、そう笑いながらルーペをかざしていた。
黒い針が幾多も入るこの石は、加工する前に難しいと言われたものだ。敢えてそれを私は選んで加工していた。
理由は簡単で、宝石に磨けば綺麗になると思った……ただそれだけである。
「綺麗に宝石に育てるのは、難しいものですね。」
私はふと、そう呟いた。
「特徴がある程、何処か輝く部分がある程に脱落しやすいのですよ。今の基準では。」
子供石。
同じ石でありながら、様々な特徴を各々持ち合わせる。
削っても押し付けてもその特徴の差は如実に表れる。決して共通化されない元々の特性から、かつての人は「子供石」と名付けた。
夕暮れの日に照らされながらその後帰路に尽き、最寄りの駅まで歩きながら割れた石のを眺める。
「……不思議だな。この石は今も昔もその時の『子供』で在り続けているのか。」
指先の石はキラキラと光を受けて輝いている。
不格好な形で岩肌も残っている不格好な見た目かもしれないが、間違いなくそれは宝石だった。
世の中の基準に合わせたものを施して、世の中に立派に送り出す。
安定した供給の裏で、今の世界は何か大事なものを失いつつあるのかもしれない。
砕けた石だって、光が当たれば宝石なのだ。
宝石 夜狐。 @KITUNEruna
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