3,


「そろそろ、加工の過程を見て頂こうと思います。一応安全のために、これを。」


私は手渡されたアクリルの保護メガネを目にかぶせて、男性が座る椅子の隣から作業風景を覗き見る形で、机の横に移動した。


男性は作業部屋の奥の方から幾らかの原石が入ったケースを持ってくると、ドカッと机の横に置き、うち中くらいの大きさの物を幾らか選んで机に置いた。


「これが子供石の原石です。普通の宝石と比べると原石は大きいですが、その殆どは使えません。先ほど言った通り、場所によっても特性が変わるので、中々に難しいのです。」


楔のように窄まった面のある玄能を取り出しながら、男性は言う。

おおよそ拳一つ程度の高さに振り上げ、コツコツと原石の不純部分を取り除く様子を、私は暫く眺めていた。

取り除くのが進む毎に、原石の色の違いがすでに現れてきているようだった。


「これは緑色ですか。」


「そのようですね。そこまで珍しい色の系統ではありませんが、これも磨けば一級品になる可能性があります。」


おおよそ1個5分程度で、男性は手際よく不純部分を取り除いていった。

黒や灰色のくすんだ面が取り除かれて、ようやっと一般人で言う「原石」のイメージに近いものになった。

おおよそ5つの原石を整形し終わった段階で、男性は次の工程に入った。


「…ここから先は、このような楔と木槌で加工していきます。子供石は基本的に専用の切削型に押し込むことでその形を整えますが、このサイズでは少々大きいですからね。」


これがその型です、と言って男性は小型のボール盤のような道具を指した。

おおよそ小学校の実験で使った、反射鏡式の顕微鏡のようなフレーム。

顕微鏡で言うならばプレパラートを乗せるステージがある場所に、正八面体を丁度半分にした窪みがある金具が嵌っていた。

鈍い緑色に塗装された本体には、僅かな茶錆が浮いている。


「この道具は、いつ頃から使っているのですか。」


「おおよそ、40年は。ただ部品交換や修理はしているので、全てが40年ものな訳ではありませんが。」


フレームや大本は40年、されど金具などは10年程度なのだそう。

私が機械を暫く眺めている間、男性は先程よりしっかりと振り込んだ木槌で、石を割っていった。


カン、カンという一定のリズムを奏でて、石は砕けていく。

表面の余分な部分を徐々に取り除かれた原石たちは、それぞれの色をはっきりと魅せていく。

おおよそ1つ5分程の時間で、サイズは雑把に整えられていった。

雑把と言っても、決して適当に割っている訳では無いだろうが。余りの手際の良さに、感心しながら眺めていると、男性が「ありゃ…」と呟いた。


「どうかしたのですか。」


背中から覗き込むように作業を見ていた私は、男性にそう尋ねた。

男性は指で掴んだ赤い原石の粉を軽く吹いて飛ばし、こちらに向くように体を回した。

左手の上に乗った原石には、光の反射でキラキラと光る線がある。


「規格外の原石ですね。凡そ40個に1つ、こんなのが出るんです。これは”ワレ”というもので、内部に大きな亀裂が入ってしまっているものです。天然ものなので、こればっかしはどうしようもありません。」


「私は…これはこれでまた綺麗にも思えるのですが、規格外なのですか。」


「えぇ。私も、磨けばこの”ワレ”も良いものになると思います。ですが、内部に亀裂のある石は、これから行う金型加工でその大体が割れてしまいます。それぞれに合った、手探りでの加工は時間がかかりますから。」


男性は少し残念そうに、そう言った。

幾ら職人の技が使われる加工品とはいえ、一定基準を満たさないものは加工が難しくなる。少し考えれば、当たり前の話ではある。

エメラルドでもトパーズでも、石の品質というものはとても重要と聞いた覚えがあるが、それは子供石でも変わらないのだろう。

しかし、歪な淡い赤色の原石の中に光る、たった1本の光線。

どうにも私には、捨てるに惜しく思えた。


「次は、金型で一気に”カタ”に嵌めていきます。」


男性は、次の工程に移った。

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