第5話 旅立ち
故郷から追い出され、人を殺した。
彼らは、もう戻れないと感じていた。
復讐は、そんな子どもたちなりに考えた、最後とも言える選択肢だった…。
第五話 旅立ち
「サポリナにいてよかったな。なんか、他の空港は入出国制限がされてるらしいぞ。」
そう、滑走し始める前の飛行機のなか、三月は言った。
「まじで?…まあ、それはそれでなんでサポリナだけ制限されてないんだ?」
太陽は驚いた顔で三月を問い詰める。
「ああ、なんか、明日くらいから東北と北を繋げてる鉄道とかそういうのを、全面停車するってさ。」
「出島みたいなもんか?つーかなんでお前そんな事知ってんだ?」
「どうしても何も、飛行機待ってる間にニュースやってたろ…」
「ああ、そうなのか。…にしても、いやー。飛行機なんて初めて乗ったわ…」
そう、サポリナのことを気に留めずに、窓の外を見て興奮していた太陽は言った。
「ああ、たしかにな。なんか、魔法を隠すっていうこととか、そういう制限があったもんな…。空港に来るのも初めてだ。」
そう、落ち着いていた三月は答えた。
「そう言えばさ。魔法の存在を隠すっていうのさ、すっかり忘れてたわ。」
太陽は言った。まあそうだな、たしかにな、と、三月は思っていた。そして、
「思い返してみると、なんで学長は俺たちを外に出したんだっけ?」
と、原初に立ち返るようなことを言った。
「まあ、そうだなあ。んー…。」
太陽はしばし悩んで、言った。
「わかんねぇな。けど、月影について調べてこい、あとは、魔法の流出について、調べてこい、ていうのは嘘じゃなさそうだったが…。」
「まあ、そんな感じだったな。いまんとこは道筋通り、か…。」
「まあ、そうだな。なんか、道筋が勝手に浮かび上がってくるのは、なかなかの恐ろしさだけどな。」
「ああ、それわかる…。まあ、今はそれでいいだろう。そのまま終着点まで進んでしまおう?俺たちで解決できるならそれがいい。」
「…そんな都合良くはいかないだろ…」
太陽は、クスクスと笑いながら言った。
一方、…まあ、飛行機乗った経験のある人ならばわかるだろうが、大型の旅客機というものは、大抵、窓側2列、中央3列、窓側2列という座席配置になっている。はず。というかこの飛行機はそうなっていたのだ。
つまりだ。日暮は、華奈とふたりで反対側の窓の方の座席に座っていた。
(き…気まず…)
そう、日暮は思っていた。ふと、華奈の方に目を向けた。すると、偶然、日暮と華奈の目が合った。
「…あ…。」
そう、日暮は声を漏らしてしまった。心の奥底で悶ながら、日暮はなにか話題はないか、と模索していた。
「そうだ。あの、あなたって公務員の人ですよね。」
「ええ。一応そうですが…」
「昨日の、人を殺したことに関してとか、国防省に戻ったときの死体の山とか、そういうの、大丈夫だったんですか?法律とかは…」
そう日暮が聞くと、華奈はくすりと笑い、言った。
「そんなこと、心配しなくていいですよ。私だって彼のこと、殺しておいたほうがいい、なんて思ってしまっていたんです。それで人のことを咎めたり、言いふらしたりするほど、身の程知らずじゃないですから…。まあ、他の人が見たらどう思うかは知りませんけどね。」
その答えは、日暮にすこし物悲しさを抱かせた。
「華奈さんは責任感が強いんですね…。」
「兄ゆずりですよ。」
しばらくして、飛行機は滑走を始めた。三月たちはその速さに驚いていた。
「昨日までは、大空市にいたはずなんだけどな…。」
三月は、太陽越しに窓の外を眺めて言った。
「まあ、な。なんか、昨日はすごい長く感じた。」
「8時間は列車乗ってたけどね。」
「しかも俺たち5時間は寝てたっぽかったからな。…よく考えてみれば、寝てない日暮が一番疲れてるだろうな。」
「まあな…。」
それからは、三月は、失われた日常のことを想っていた。
「なあ、今日から…まあ、昨日からか…?もう、元の日常には戻れないんだよな…。」
「三月…急にどうした?そんなこと…。お前らしくないな。」
「らしくないって何だよ。」
「おまえ、そういう過去のこととか、ちょっとしたことを気にしないで、今を楽しむってタイプだろ。そういうしおらしいの、なんからしくないなと思ったんだよ。」
「まあ、そりゃいつもならそうだよ。でも今は、流石にきつい。俺たち、平気な風になってはいるけど、ひかりが死んだことも、お前なら、人を殺したこともか?…心の傷は、癒えてないだろ?…そんな中で、落ち着ける場所がなくなったんだ。かなり辛いよ。」
「…まあ、な。さすがのお前もそうか…。俺は…殺したやつの死体が、何故か光と重なって見えたんだ。だから、まあ、そうだな…もう、殺しなんてものはしたくないな。復讐って言葉と矛盾しているけど。…今回の敵が悪いやつじゃなければ、殺すまでは行かないだろうから、大丈夫だとは思ってるけど…。」
三月達二人は、会話が続かなくなってしまった。三月は、太陽が気丈に振る舞っていることに、すこし不安を感じていた。
日暮たちの方は、日暮は少しウトウトしていた。でも、絶対に寝ないように、と振る舞っていた。華奈はそれを静かに見守っている感じだった。
「眠いですか?」
「…?…えぇ…」
日暮は、きわめて眠そうな声で、そう言った。華奈は少し笑い、
「別に寝てていいのですよ?」
と言った。日暮は、少し目を閉じたが、あまり寝ているようには見えなかった。
しばらくしてから、
「眠れないので…。なにかお話でもしましょうよ。」
と、日暮は言った。
「…いいですよ。何の話をしましょうか…?
少し、日暮は考える素振りを見せてから、言った。
「サコルで、なにかしたいですか…?」
「ええと、そうですね…。…まあ、サコルのことあまり良く知らないのですが、昔の王宮とか、そういった歴史を感じるものは、好きなので。そういうの、見てみたいな、と思いますね。日暮さんは?」
「…私は、ご飯とか、そういうの、楽しみたいと思います。男子たちは復讐だ、なんて言ってるけど、私はそんなのじゃなくて、ただ観光を楽しみたいですね。」
「…そうですか。」
少し間が空いた。
「日暮さんは、復讐は、悪いことだと思いますか?」
そんなことを、華奈は聞いた。
「…悪いことですよ、だって、どんな理由があれ、人の命を奪うだとか、人に危害を加えるのは、悪いことでしょう?」
「…そうですか…?でも、もしあなたが…。」
そうして、華奈は日暮に言ったのだ。
もしもあなたが、人を殺さないと家族を助けられないような状況にいたら、…どうですか…?
日暮は、答えることができなかった。
しばらく経ち、日暮は眠ってしまっていた。
ポーン…。機内アナウンスがなり、シートベルトの取り外しができるようになる。
「太陽、俺ちょっと手洗い行ってくるわ。」
そう、三月は席を立った。
トイレに向かった先で、なんだか不思議な風貌をした男の子がいた。…6歳くらいかな、と、三月は眺めていた。
「…何…?人のことジロジロ見て…。」
その子は、反抗的な態度を取った。
「あ、いや…。」
「何だよ、ホント…。」
少し、間があいたが、男の子は歩いて、席に戻ろうとした。
「おい、邪魔だよ、どけよ。」
その、生意気な態度に、三月はイラッとし、
「何だよその態度…。」
と、口に漏らしてしまっていた。
「…グローマー族って、聞いたことないのか?」
そんなことだけ言い残し、男の子は席に戻っていった。三月は、
(グローマー族って、何だ…?)
と、思っていた。
「どうしたのさ、そんな不機嫌そうな顔して。」
そう、天音は聞いた。
「いや、ただ、生意気だなんて言いたそうに、何だその態度、なんて言ってきたガキがいたからさ…。」
そう男の子は告げると、天音は少しため息をついた。
「普通の人から見たら、大体あんたのほうが年下に見られるのは仕方ないじゃない。さっきだって、私がいなきゃ飛行機にすら乗れなかったところでしょうが。」
「まあ、それについては感謝してるよ。でもなあ。こっちが歳上なのに生意気なんて言われるのは流石にな…。」
そう言うと、天音は疑問を浮かべた顔をした。
「そういえばさ、あんた、ほんとに30なの?」
「そういうお前も、32なのに20くらいに見えるけどな。」
「まあ、そうだけど。その理由は、行くときに説明したじゃない。」
「あんなの超次元理論だろうが。」
「…結構有名な話なのよ?魂の話って。うちにはそういう本がたくさんあったもの。」
「うちの集落は結構閉ざされてるとこにあるからな…。」
「面倒ねえ。…ニアライズってのもなんだかへんてこな名前だし…」
そんな会話を重ねている男の子は、ニアライズ・レステニアといった。
「名前は今関係ないだろうが。そして、どっちかって言うとペインの人の名前のほうがおかしいんだよ。」
すこしだけ、ニアライズの言葉には怒りが込められていた。
「…まあ、ねえ。」
天音は窓の外を見ながら言った。しばらく間を開け、
「ねえ、ニアくんってさ、兄を探しに来たんだよね。」
「ああ。俺が相当若い頃に、いなくなってたんだ。…まあ、この話はもうし終えただろ。」
「誰探してたの?」
「おい…。別に関係ないだろ。」
二アライズは少し怒った口調で言った。そこに、三月が通りかかる。それを見かけたニアライズは、逃げるように、
「あ、あいつだよ。生意気って言ってきたやつ。」
と言った。その言葉が聞こえていた三月は、少しだけむっとした顔をしていたが、すぐに顔を戻し、聞こえないふりをした。
「…聞こえないふりされたね…?」
「そうだな。わざと聞こえるように言ったけど…。まあ、成長はできるやつなんだな。」
少し経って、天音は一息ついてから、言った。
「ねえ、魂についての書物がないって、本当に?…君たちみたいな特殊な存在は、何かしらの書物はあると思うんだけど…。」
「はあ?…ちょっとまってな。」
そうして、二アライズは少し考える素振りを見せていた。そして、急に顔を上げ、
「あ!そうだ!なんか、肉体と魂のつながりが弱いとか、そんなのがあった気がする…」
と言った。その言葉に、天音は首を傾げ、
「肉体と魂の繋がりが弱いってどういうこと…?」
と質問した。
「知らねえよ、そんなの。繋がりが弱いってのをやっと思い出した段階で、そんなの覚えてるわけ無いだろ?」
「…そっかー。残念。まあ、いいや。」
そうして、少し間が空いた。
「なあ、お前がペインに来た目的、南の方の、キウシアだったんだろ?なんでサポリナにいたんだ?反対方向じゃないか。」
「んー。なんかね、国防長官と、司令官が失踪して、しかも国防省の人がたくさん殺されてて、それでなんか、外国との入出を禁止してるんだって。だから、わざわざね…。」
そう天音が言うと、ニアライズは少し驚き、
「…そんなことがあったんだな。それでか…。お前の行き先、チナラなのにわざわざインダリアに行くなんて。」
「あ、事件のことやっぱ知らなかったんだ。まあ、そうだよね。ここらへんだけ、規制かかってなかったくらいだしね。」
「まあ、東北に行く新幹線には規制かかるらしいけどな。」
「そだね。まあ、チナラ行きがなかった、ていうのも楽しんでいくことにするよ。…実は、あそこ、私の家があるんだ。まあ、インダリアもサコルで一回着陸してからだけどね。」
そうして、二人の会話は続いていき、飛行機は着陸姿勢に入るのだった…。
「ふう…。結構快適だった気もする。」
飛行機から降りた太陽は言った。
「そだね…」
未だ眠そうにしている日暮は、華奈の肩によりかかりながら言った。
「おいおい、日暮、大丈夫か?」
そう、三月は心配そうな顔で言ったが、返事は帰ってこなかった。
「…寝ちゃってますね。」
「おおう…。…まあ、睡眠時間の短さから考えたら、当然な気もしますけどね。」
太陽は、申し訳無さそうな顔で言った。
「…とりあえず、現地でホテルでも取りますか?」
華奈はそんな提案をした。二人は頷いてから、少し近くのベンチに、日暮を寝かせた。
「三月、どこ取る?」
「…そうだな、安いところでいいだろ。どうせ、復讐はすぐ終わるさ。」
そう三月が言った瞬間、太陽ははっとした表情を浮かべた。
「…そういえば、復讐相手になる、ミサイルを撃つ指令を出したのは誰なんだ?」
その言葉には、華奈が答えた。
「司令官だったと思いますよ。私も、できれば会ってみたいです。…どうして、サコルから帰ってきた長官が変になっていたのか、とか。聞きたいことは、たっくさんあるんですよ。」
「…そうですね。そこらへんも知りたいですしね。」
そんな事を話していると、空港でアナウンスがなり始めた。
今回のペインからの便にお乗りになられたお客様に、ご連絡申し上げます。サコル側の政策により、都心部への出入りが禁止されることとなりました。三ヶ月ほどで解除される見込みではありますが、ご迷惑おかけしますことを、国に代わりお詫び申し上げます。
「は?三ヶ月?なんで…?12月23日まで、この国で待機してろってことか…?」
そう、三月は声を荒らげながら言った。
「そうですね…。困ったことになりましたね。…どうしましょうか…。」
「今からでも、ステイホームの相談にでも行く?」
太陽の提案は、なかなかなものではあったが、現実的なものではなかった。そこに華奈が追加で提案した。
「…ステイホームできるような家が見つかるまでは、安いホテルに泊まりましょう。それなら、問題はないでしょう?」
「持ち金が、一か月分しかないので、それをどうにかしないとなりませんが…。」
そう、三月は言った。実際、どんなに遊んでもいいほどの金、とは言え限度があった。たとえば、これで一生分過ごせます、と言われて渡されたお金で、初日に買えるだけフェラーリを買ったら、お金はほとんど無くなる。バカみたいな話だが、そういうことだ。
「ああ、それについては問題ないですよ。軍司令官って、忙しすぎてなかなか休息も取れないんです。だから、お金は、カビが生えるほどあります。」
「カビて…。」
「でも、ありがとうございます!助かります。」
そう、太陽は感謝の言葉を述べた。
「じゃあ、ホテルの予約、取りますよ。私のお金なので、私が選びますけど、いいですよね?」
「もちろんです。お願いします。」
そう太陽が頼むと同時に、華奈は、予約の電話を入れ始めた。
「なあ、三月。」
「どうした?」
「この政策、どんな思惑があると思う?」
そう太陽は真剣な面持ちで言った。
「思惑も何も、大空市にいた軍兵からの情報とかじゃないのか?」
「軍兵?」
「ああ、そっか。お前は知らなかったな。…国防長が月影を求めて、大空市に軍兵を送り込んでたんだよ。まあ、佐野先生が全部捕まえてたけど。…解放されたやつらが国防省のことを通報でもしたんだろ?入出国規制もされてるくらいだし…。」
太陽は納得した顔をして、ベンチに腰掛けた。
「はぁー。そっか。つまりそれってさ、俺たちが大空市出身って、バレるとまずいってことだよな?」
「まあ、そうだな。…どこまで情報が流出してるかもわからないし…。」
そんな会話をしていると、華奈が予約を取り終えた、とこちらを向いた。
「ここから近くのとこです。さっさとチェックインしてしまいましょう。」
そんなことを華奈は言った。
「あの…。予約取る必要ありましたか?」
そう、太陽は聞いてはいけないことを聞いた。華奈の顔は赤くなってしまった。
「…。さ、さ〜てチェックインしに行きましょうかあ〜。」
その華奈の声は明らかに上ずっていた…
「ふう。チェックイン完了っと…。」
ホテルのフロントで、華奈は一息ついた。
「ありがとうございます。…にしても、日暮が一向に起きない…。」
と、三月は太陽と二人で運んできた日暮を見ながら言った。
「まあ、こいつはいっつも規則正しい生活をしてただろ?だから、今は寝かせてやるべきだ。」
「まあな。…今日は休むか?まだ昼ではあるけど、休憩する分にはいいだろ。」
そう三月が提案すると、二人は頷いて、ホテルの部屋に向かっていった。
日暮は、「おかーさん…」と、寝ごとを呟いていた…
「ふぁあ…。んん…。よく寝た…!」
一足先に目覚めた三月は、そう言って、窓の外を見た。
「…やっぱり、いつもの景色じゃないかぁ。なんとなく、夢だったらいいなあって、思ってたのにな…。」
ふう、と、大きなため息を一つついた。三月は、自分の目から少し熱いものが流れているのに気づいていた。
(俺は、ここから、人殺しになっていくべきなのか、それとも…。…ああ、サコルの司令官が少しでもいい人であることに賭けるしかないか。じゃなきゃ、俺は、きっと。これからも、何も感じずに、人を殺していく。泣いても、笑っても、屍は積まれていく。もういいかなって、吹っ切れることがないように、…願いたいものだな。)
「…あれ、三月?…ここ、どこ?」
少し寝ぼけているように見える、日暮は言った。それから窓の外を見て、
「…あれ!?てか夜?私、どのくらい寝てた?」
「ああ、起きたのか。で、どのくらい寝てたかだっけ?そりゃあもう、ぐっすり。日が昇り始めてから沈むまでは。いうて、10時間くらいだと思うぞ?」
「マジか…。ああ、しかもなんか、華奈さんにめっちゃ甘えちゃった気がする…。」
日暮は、そのことを思い出し、赤くなっていた。
「いいじゃねえか。たまには。うちの孤児院、大人がいないから、ちゃんとしてなきゃいけないもんな。」
「…まあ、ね。それはそうだけど…。」
そうして、日暮は俺の顔を見た。
「…三月、泣いてるの…?」
三月の顔は、涙が頬を伝い、目は腫れていた。
「…俺らはさ。きっと小さい頃に色々ありすぎたから、人の死に疎くなってるんだと思うんだ。でもさ、…悲しいもんは悲しいよ。どうしても。ひかりは、もう帰ってこないんだな、とか、そう思うんだ。」
「…そっか。まあ、そうだよね。私も、…私も悲しかった。」
そう、日暮は言った。
「ああ、なんか、昨日と今日だけですごいことが色々とあったね。ひかりが殺されて、人を殺して…。」
「まあ、そうだな。…お前には言ってなかったけど、俺が人を殺したとき、俺、何も感じなかった。妙な既視感があったんだよ。」
そう、三月が言うと、日暮は不思議そうな顔をして、
「既視感?」
と、質問した。
「ああ、そうだ。既視感。実を言うと、ひかりが死んだときにも、そんな既視感はあった。まあ、さすがに既視感があろうと、大切な人が死ぬなんてのは、馴れるはずがない。理不尽だって思うし、復讐したい気持ちだってある。」
「それは…だめだよ…。」
日暮が自信なさげに言った理由は、華奈の「もしも…」の話が脳裏に浮かんだからだった。だが、三月はきっぱりと、
「そうだな。」
と答えた。
「俺は、もう人を殺すべきじゃないと思ってる。だって、これ以上殺したら、もう…戻れない気がする。吹っ切れて、いくらでも殺してしまうかもしれない。いくら既視感があったからって、人殺しをなんとも思わないのは、自分で自分が気持ち悪いんだ。」
「…そっか。じゃあ、なに?その、サコルでの国防長みたいな立ち位置の人次第ってことになるの?」
「そうだ。まあ、日暮が言ってるのは、司令官のことになると思うけど、その人に会えたなら、そのときどんな事があったか、聞いてみる。そんなつもりだよ。」
「そっか。…その人にはいつ会えるの?」
そう、日暮が言うと、三月の顔は一変し、
「ああ、そうだ。お前は聞いてなかったんだっけ。」
「え?何を…?」
「サコルが、中央都市を封鎖した。」
「え…?」
日暮の面持ちも、落ち着いた顔から、驚いたような、焦ったようなものに変わった。
「ど、どういう事?」
「俺らのことがバレたかもしれない。」
「バレたって…もしかして!?」
「…ああ、人殺しのことだ。…まあ、今思い返せばそれでここまで大事になるとは考えにくいけど…。色々引っかかる部分はあるんだ。たとえば、国防長を問い詰めようと、首にナイフを当てたときも、別に死んでもいい、そんな事を言ってたし…。」
「考えすぎじゃないか、とは思うけど…。もしそれが関係してるんだったら、まずいかもしれないね。」
「ホントだな。さて、これから、どう立ち回るべきなのか…。」
しばらく三月たちは悩んでいたが、そこで日暮が一つの提案をした。
「ねえ、ニュースでも見ればいいんじゃ…。そしたら、なんか情報載ってるかもよ?」
すこし、三月の顔が明るくなった。
「おお、それだ。それなら、あてが外れていても、それはそれで真の原因が知れるからな。」
そうして、三月は部屋に備え付けてあったテレビの電源をポチった。
「夜のニュースです」なんて言葉が流れ、しばらく、つまらない内容が続く。
「出てこないな…。」
「そうだね。」
だが、二人はなにか情報が得られるまでは、と、テレビにしがみつく。すると、速報が流れた。
「速報です。今日施行された、中央都市封鎖についての新情報が入ってきました。情報によると、この政策が提案されたのは今日の早いうちであったそうですが、提案者がである軍司令官の、この国の政治を守るためだ、という名目から、三ヶ月ほど、この政策を施行することになったそうです。専門家によると、実際にペインでは国防省テロが発生していたことも踏まえ、極めて合理的であるということですが、中央都市に帰ってこれない人もいることに加え、そもそも利便性の高い都市が封鎖された事に対し、国民からは、批難が絶えません。」
このニュースのあと、少しだけ、三月と日暮は顔を見合わせた。
「…まずいね。少なくとも、事件の内容だけは、ここまで流出してる。」
その日暮の不安を煽る言葉に対し三月は頷いたが、
「でも、逆に言えば、事件の内容だけじゃ、住民は納得しないだろうから、そのうちこの政策は終了するはずだし、なにより、わざわざ俺たちの顔を出して『コイツらを見かけたら濃硫酸と火と水素投げつけろ!』みたいなのを作っても、他国のテロじゃ、あまり重要性を感じないはずだ。そういう意味では、あんまりひどい立ち位置にはいないはずだ。」
と、日暮とは逆に、希望を抱ける意見を言った。
「まあ、それはそうだね。でも、そんな楽観的でいいのかなあ…。」
「別にいいだろ。今日は、この話は終わりにしよう。おそらくだけど、これ以上話を続けても進展はしない。」
そう、三月は言った。
「どうだろ…。三月って地味に抜けてるからな…。テストで見直しとかしないで、壊滅的な点数を取ってきたことあるし…。」
「おい、今は関係ないだろ。それに、今した話は、ここにいることと、中央都市に入ることの2つに関しての危険性についてだろ?ニュースより推論を広げていったら、だんだん現実とのギャップが生まれて、ろくなことにならない。」
「まあ、そだねぇ。…となるとこの先暇じゃない?」
そう、日暮は言った。
「ま、そうだね。どうしようか…」
悩みながら、ふと、天井を見上げた。平和だなあ、と。隣には日暮がいるし、ベットでは、華奈さん、太陽が寝ている。でも、俺は、日常を求めることにした。平和が約束された、幸福で、少しづつの変化がある美しい日常。そんなものを、求めると約束した。もしこの先離れ離れになったとしても、いつかまた笑顔で、「また明日」って言える世界を。誰も失わなくていい、誰にも裏切られることのない、そんな世界を。だから、こんな事を言った。
「日暮は、人を殺すのは、悪いことだと思うよな?」
って。日暮は、ちょっと迷っていたけど、考えた末に、こう言った。
「悪いことだよ。やったのが誰であろうと。悪いことだ。」
まあ、そうだよな…。そう思った。日暮は、四人の中では、誰よりも生きる命にこだわる人だ。まあ、今回のひかりみたいな特殊な例じゃない限りは、死んだ命にもこだわってたけど…。最近は、飛べなくなった雀を、魔法で治したり、近所がペットを虐待してるって知ったときは、えらく叫んでいた。懐かしいな。
「お前は、そこらへんの線引しっかりしてるもんな。」
「うん。だって、見えるんだもん。良い事と、悪いこと。その境目が。危ないことと、危なくないこと。その境目が。」
「見える?」
「うん。太陽が人を殺したときも、見えてた。彼は、まだ私達側。人殺しから、戻ってこれる。」
「じゃあ、俺は?」
「三月の?ええとね。三月のだったら、国防長に撃たれそうになってたときに、危ないって、そう見えたときかな。」
そう、日暮は言った。まだ寝ぼけてるのか…?
「そうじゃなくて、俺は人殺しから戻れるかどうかだよ。」
そう聴き直すと、日暮は、少しため息をついた。
「…ごめん。聞き直されなくても、意味はわかってた。でもね、見えた境目が、意味不明だったの。」
「というと?」
「すっっっっっっっごいうす〜いなんかが、境目を越えてた。」
「え?」
境目を超えている、その言葉に少しめまいがした気がする(気がする)。しかも、薄い…?何が…?
「ああ、そんな顔しなくても大丈夫。」
日暮が、焦った口調で言った。
「あのね、濃い方もあって、そっちは越えてないの。だから、大丈夫。なんで2つあるのかわからないけど…。」
その言葉が聞けて、とても安心した。よかった。にしても、2つある、というのはどういうことなんだろう。
「…二重人格…。」
意図せずに、考えてた言葉が口からこぼれ出ていた。
「ああ、それかもね。心の中の話だから、説明がつくし。」
そう、日暮は言った。
「いや、二重人格の片方は越えてるとか、恐怖しかないんだが。」
そう言って、二人で笑いあった。
そうして2ヶ月が経った。
第五話 旅立ち 終
二十年前の神影〜第一部 いつか見たあの月空へ 常夜三月 @tokoyo_mituki
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