第4話

「あなたは、誰ですか?」

華奈は怒り混じりに、そう問うた。

「は?何を言っているんだ?俺は、菜野康介。国防長官だ。お前もわかってるだろうに。」

はっきり言うと、四時間も待たされたことにイライラしていた。そこでそんな無駄な質問をしなくても…

「そんなことより、軍はどうなってる?到着したのか?」

イライラがにじみ出た声が出てしまった。

「は?そんなんとっくに着いてるに決まってるでしょ?なんでわざわざそんなことを聞くの?自分で確認するくらいしなさいよ。」

華奈は、そういった…。どうなってる?彼女はこんな事を言うような人ではなかったはずだ。その言葉に悩む姿を見て彼女は、

「言わないとわからない?」

と言った。

「…何を?」

そう答えると、華奈は少し涙目になりながら笑った。なんだか、諦めたような顔で…

「すこし、昔話をしましょうか。」

華奈はそう言うと、次のように語った…


あれは…そう。康介さんが国防長に任命された時の話。

私は、康介さんを誘って飲みに出かけた。

その時の会話です。


「お兄ちゃん、そういえば、名前も出身地も偽装してたのはなんで?大丈夫なの?」

「ああ、それか。いくら地位があっても、昭島レベルの田舎だと知られたら、なめられる可能性があるだろう?しかも、同じ場所の出のお前との関係も疑われるかもしれない。」

「えぇ?ここで実家をけなすの?そして、別に名字同じなんだから、ただの兄弟でいいと思うけど…」

「家でのお前の話とかさ、聞かれて口を滑らせちまう可能性もあるだろ?そういうわけで、偽装だ。」

「あー。たしかに口滑らされると困る…」

「お前、家だとべったりだったもんな。」

「笑うな!…今は真面目に仕事してるからいいじゃない。」

「まあそうだな、よくここまで成長したもんだ。」

「ああそうだ。話戻すけど、国の組織で偽名なんて使ったらまずいんじゃ…」

「そこは事情を話してある。」

「どんな事情?」

「だから、出身が田舎だと舐められるかもしれないっていう話だよ。業務に支障が出ると困る。」

「はー。よく国は許可したもんだね。」

「まあ、ありがたいもんだよ。」

「…でもそれ、名字まで変える理由になってないじゃん?」

「…隠すとこまで隠したくなった…。」

「ふふっ。なにそれ、変なの。」

「笑うこたないだろ。」


…は?偽名?こいつが?

ははは…こりゃ一本取られてしまったな。

「ふふふ…あははははははは!しかしまあなんだ、記憶喪失の可能性とかは考えなかったのか?」

「じゃあ逆に聞くけど…。考える必要性なんてあったの?」

彼女は怖いぐらいに落ち着いた調子で、そう言った。

「ない。ないよ…。その通りだ。だが!俺の目標は月影だけだ。そしてその目標は!今日!達成される!」

そうして私はネットで軍の様子を見た。そして、驚愕した。

「なんだ…なんでコイツらは寝ている!?」

その疑問に、華奈は答えた。

「決まってるでしょ?そういうように司令を出した。それだけ。」

「は?わざわざ?軍を動かしてまで?」

「この軍自体は、あなたを殺してから、大空市にいる人達を保護するためのもの。あんたの命令なんて、聞かせる必要はない。」

そうして、華奈は私に銃を向けた…


「はあ、はあ…」

新幹線を降りた三月は一人走っていた。

(今行けば目的その他諸々がわかる…!早く行かないと…)

9月の雪国は、温かい方出身の三月にとっては相当堪えるものだった。

「クッソ寒ぃ…!」

愚痴を漏らしながらも、昭島へ走る。

「遠い…なんでそんなとこ決戦に選ぶかな…?」

しばらく三月が走っていると、

パァン!!

「ああああああああああ!」

そう聞こえた。

「女性の悲鳴!?どこから…?」

三月は、昭島に走りながら思った。そして、たどり着いたときに見たものは、銃弾を放った男性の姿と、左胸を撃たれた女性の姿だった。

「…む?君は…見ない顔だね。ここらへんの出身かい?」

銃弾を放った男性は、そう聞いた。

「…そんなことより、お前、今何していた?」

三月がそう答えると、男は三月に銃を向け、

「わざわざ聞かなくても、見りゃわかるだろう?」

と言った。

「人殺しが…」

怒り混じりに三月は言った。

「悪いことかな?」

「は?…お前、悪くないとでも思ってんの?」

「もちろん。だって、先に銃を向けたのはこの人だからね。」

男は笑みを浮かべながらそう言った。

「救えないやつだな…」

「ははは、救いなんてなくて結構。」

嘲笑するように、男はそう言った。三月は一息ついて、

「…なあ、大空市について、なにか知ってるか?」

そう聞いた。すると、男はクククと笑い始めた。

「ああ、なるほど。だからこんなところに居合わせたのか。」

「やっぱなんか知ってんのか?」

「知ってるも何も、わざわざこんな所まで来たならわかるだろうに…」

「…お前の口から聞きたいんだよ…」

「そうだね、じゃあ言ってやるよ。」

男は一息ついてから、言った。

「私が大空市にミサイルを放つよう指示した。そして見給え!この大群を!」

そう、男はタブレットを見せつけた。

「今は眠っているがな。起きたら大空市を殲滅するよう指示を出す。さて、タイムリミットはあと何分かな?」

「…それは挑発と受け取っていいのかな?」

「挑発も何も、君は、私を倒せるとでも思っているのかな?」

「まあ、そうだね。」

「はははは、面白い冗談だ。少なくともこいつは、鍛え上げられた体をしている。小学生の筋力程度じゃあ、勝てはしないよ。」

そう男が言った瞬間、三月は大量の氷の礫を作り出した。

「冗談だとでも?」

そう言った瞬間、男の顔が確かに歪んだ。

「ははは、大方大空市の縁者だろうと思ったら…。それどころか大空市の人間か!こんな小さいクソガキを送り出すなんて、大空市の奴らはイかれてるんだなあ!」

「同意だ。」

「同意…まさか本当に送り出されたのか。」

「んん…むぅ…」

タブレットから声が漏れる。画面には、ひとり、起き上がった軍兵が映っていた。

「おお、起きたか。」

「あ、はい。国防長。」

「…なあ。」

三月の方向を向いて国防長は言った。

「何だ?」

「よく見ておけよ。故郷が滅ぶ姿を…な!」

パアン、と音がなる。

「ぐぁっ…!」

三月の右足に鋭い痛みが走る。よく見ると、国防長の左脇から、銃口が伸びていた。

「銃声!?国防長、何かありましたか!?」

「はは、どうもしないさ。さて、まずは謀反を企てている大空市の軍勢を殲滅しなさい!」

「わかりました!」

三月が眺めていた画面には、あたりの人を起こし始める軍兵の姿が映っていた。

「…!こんなことして!一体何が目的なんd…」

パアン!またも銃声が轟いた。

「やかましいな。お前に発言を許した覚えはないが…」

銃弾は、三月の喉元をかすめていた。三月は、喉を押さえ、回復魔法を使った。

「へえ、それが治癒魔法か…。面白いな。」

「ーーーー!」

三月は、かすれた声が出せるまでには回復した。

「…回復が早いな…。銃弾が細すぎたか…」

そのように国防長が感じていると、軍兵が報告をしてきた。

「国防長!大空市中心部へたどり着いたのですが…。」

「何かあったのか?」

「はい。発見できた住人が、一人しかおらz」

鈍い音が鳴った。

「へぇ…いい度胸ね。敵前でよそ見なんて…そんなので隠れているつもり…?」

三月は、画面に写っている人物が誰かすぐに分かった。

「sぁのsぇんせぇ!」

「君…いい加減うるさいy」

銃を向けた国防長官のほうから、またも鈍い音がなる。画面の先じゃないほうだ。

「しつこいのはお前だ!」

喉を直した三月は言った。治った喉は、暗闇でほんのり赤黒く見えた。

「…君…随分舐め腐るもんだね…。手でも首でもなく、足を狙うなんて…。」

足を打ち付けられ、膝をついた国防長は言った。

「別に舐めてるわけじゃないよ。」

そうして、三月はタブレットを回収し、国防長に見せつけた。

「こ…こいつ…化け物だ!」

一人の軍兵の声が聞こえてきた。そこに映っていたのは紛れもなく佐野先生だったが、あたりを、あるときは赤く燃やし、あるときは青く凍らせ、あるときは土に埋めていた。決して殺すことはなかったが。

「…軍も味方を撃つのをためらっている様子はないのに…なぜこちらが劣勢になっている!?」

画面に目を見開いていた。

「…簡単な話だよ。魔法が、ないからさ。」

そうして三月は、氷の礫を大量に作り出し始めた。

「さっきは無駄にしちまったけど…。」

そして、三月はその礫を鋭く尖らせた。そしてその刃を国防帳の首筋にあてがい言った。

「ええと、まずはお前は、大空市にミサイルを撃った。それはなぜだ?」

「言うはずあるか?ふふふ…」

この状況で笑う国防長に、もはや三月は狂気を感じていた。

「命が惜しくないのか?」

「ハハハ!惜しいはずあるか!国に尽くすと決めた身だ!」

「嘘をつくなぁ!」

三月の大声は、夜空に響いた。

「…嘘、ついてんじゃねえよ…。もしそれが本当なら、…ぐぅ!」

三月の頭にまた、激痛が走った。


今日は、三日月だね…

三月兄ぃの名前とおんなじ…

ねえ、ほんとに、16年前のこと、覚えてないんだよね…?

じゃあ、一つ約束してよ…

昔のこと、思い出せたらさ…

いつかまたこの月空の下で、その話をしよう…?


三月の目から、涙があふれる。

「ひか…り…」

すこし呆けてしまった三月に、国防長は容赦なく銃口を向けた。


パアンーーーーーーーーーーーーー!


しかし、その銃弾は三月には届かなかった…

「…結界!?いったい誰が…」

そう言って三月は、あたりを見渡した。

「たい…よう…!?」

そこにいたのは、置いてきたはずの太陽だった。

「太陽!この人まだ生きてる!」

「…!日暮まで!どうして…?」

そう、日暮もその場にいた。

「どうしてもクソもあるか!なんで俺たちを置いていった?」

パアン!

「太陽!」

三月は太陽をかばいつつ、結界を張った。

「お前…!何度も何度も性懲りもなく…!」

国防長に向けられた三月の言葉は、怒りが強く込められていた。

「ほんっ…!ああもうめんどくさい!お前もう死ねぇ!」

そうして、三月は、つくりだしていた氷の礫をかき集め。怒りの対象に叩きつけた…。


暗い。上を見上げると、星と月は輝いていた。あたりは、呆然とする太陽、左胸を撃たれた人を治癒する日暮がいた。

逆に下を見てみた。赤いものが流れていた。ああ、なんだかフラフラするな。さっき喉から大量に血を流しちゃったからかな。

もう俺は、せいせいしたなんていう感情もなく、ただ落ち着いていたと思う。

ただ、それが逆に少し怖かった。俺は、人を殺したんだろう?どうして落ち着いている?

たとえば太陽のように。あんなふうに、暴れまわるもんじゃないか?

まあ、あれは一つの極端な例だろうから、参考になんてならないけど。

アニメやら漫画やらなら、事の重大さに恐怖し、後ろめたさを感じるものだろうか。

でも、俺は。罪悪感のざの字、後悔のこの字、後ろめたさのうの字も感じてはいなかった。

むしろ、何度も見たことがあった。そんなふうな、既視感が不思議に存在した。

まあ、思えば最初からおかしかった気もする。

銃を向けられて、なんで平気でいられたんだ?

まあ、これに関しては、太陽にも言えることではあるが…

日暮は、逃げるときは必死だったように思う。

ふと、下を見た。赤い血が、月明かりで照らされた。

「ひっ…!」

頭の中に浮かんだ景色に、恐怖した。

誰かが、俺の顔に向けて、ナイフの刃を近づけてくる、そんな景色だった。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

少し、過呼吸になっていた。

そういえば、ひかりについての記憶も戻った…。

太陽たちに言わないと、と思った矢先。

「なあ、大丈夫か?息、乱れてるぞ…?」

そう、太陽は言った。

「ああ、大丈夫だ。血を見て、なんか怖い景色が浮かんだだけ。」

「へぇ…殺したことについてではないんだな。」

「あ、ああ。それについてなんだが…」

そして言った。

「殺したとき、罪悪感とか、後悔、後ろめたさなんてのは、微塵も感じなかったんだ。」

太陽は驚いていた。まあ、そうなるよな…

「俺は…俺はな。お前に言いたいことがある。」

太陽はそう言った。そして、続けた。

「何も感じないってなんだよ?光のときも…覚えてないか?…まあ、そうだったけど、なんか、人の死に対して都合が良すぎなんだ。お前、何なんだよ?」

極めて声は冷静、穏やかだったと思う。でも、得体のしれないものを相手にしているときのような、少なくともいつもの太陽ではなかった。

「…そうだ、ひかりのこと、思い出したんだよ。」

この言葉に、太陽は驚きと喜びが混ざった顔をした。

「でさ、涙が流れた。悲しかったし、つらかったよ。でも。変な既視感があった。

俺、人を殺したのは初めてだ。でもさ。そんなのにすら、その既視感はあったんだよ。大切な人がいなくなること、人を殺すこと。恐ろしいことのはずなのに。」

俺は、どんな顔をしていただろうか。少なくとも、ひどい顔だったと思う。笑っているのか、泣いているのかすらわからない。涙が頬を伝った。怖かった。

「…そっか。」

太陽は、少し微笑んで、俺を抱きしめた。

「大丈夫だ。きっと。お前は普通の人と変わりやしない。怖がる必要はないよ。」

太陽の手は、震えていた。…ただの励まし文句で、実際はもっと他に言いたいことはあったんだと思う。それでも、俺はその言葉に、小一時間、涙を流していた…


「うう…」

目が腫れていて、少し痛かった。涙を流しすぎたみたいだ。

「…これから、どうしようか…」

そう言うと、太陽は、

「お前、あのミサイルのこと、恨んでるか?」

と、聞いてきた。

「もちろん。それは、…殺したいくらいに…」

「…そうか。じゃあ、サコルに向かうべきかな。」

その太陽の提案は、尤もなものだった。

「それがいいな。恨みが理由、なんていうのはちょっと外聞が悪いけど…」

「気にするのか?」

「いや、別に…」

「じゃあ、いいだろう?サコルへ。それがいい。」

そのように行き先は決定した。

「…そう言えば、日暮に聞いてないな…。おーい!」

「なにー?」

日暮は駆けてこちらに来た。

「サコルに、復讐に行こうかと思って。どう思う?」

「復讐って…。人聞き悪いなあ。だめだよー?そんなの…」

「でもさ。あっちはこっちの家族を殺してるんだ。こっちも復讐くらいしていいだろ?」

そう、太陽は言った。続けて、

「個人っていうのがさ、ちょっとした国みたいなもんだとするだろ?

個人は、国同士。敵対もあれば、親密なのもある。家族は、文化は多少違うけど同じ国。そんなふうに考える。いま、俺たちは、サコルっていう敵国に、宣戦布告されているんだ。だから、殺し合いは正当防衛に過ぎない。」

「そんなの殺し合いの正当化じゃん。」

日暮は言った。

「そうだよ。だって、そうでもしなきゃ怒りが抑えられないんだ…」

「むぅ…」

日暮が悩んでいると、治療を受けていた女性が、起き上がってきた。遺体をちらっと見て、

「…そう、あの人は死んだのね…。」

すこし涙を流していた…気がする。夜だったから、よく見えなかった。遺体に向かって、すこし、手を合わせていた。少し経って、俺たちを見つけ、歩いてきた。

「もう体調はいいんですか?」

日暮は聞いた。

「まあ、あまりよくはないですが…。あ、そうだ。治療、あなたでしょう?ありがとうございました。そして、自己紹介しますね。私は、ここらへんが出身の東雲華奈というものです。あなた方は?」

「常夜三月です。」

「常夕日暮です。」

「常昼太陽です。大空市出身なんですよ。」

「あら、そうなんですか。今朝、ミサイルが飛んでいったのですが…」

「…ええ。それで、私達の家族を一人失いました…」

そう日暮が言うと、華奈さんは大きく落ち込んで、

「…それは…。すみません…。」

と言った。

「あなたのせいじゃないのでしょう?」

「それはそうなのですが…。あ!そうだ…これ…」

そう言って彼女は、なにか半円型のものを取りだし…いや。魔力がものすごく含まれている…なんだこれ…?

「これは、暮影というものです。長官が大事に持っていたものなのですが…。差し上げます。」

「そんな、わざわざ貴重なものを…。」

日暮は少し遠慮したが、いくら返そうとしても、

「せめてもの償い、と言うわけではありませんが。あなた方に渡さなければならない気がするのですよ。」

の一点張りで、折れたのは日暮の方だった。

太陽が最初に手に取った。しばらく、それを眺める。

「ねえ、二人共。なんかこれ、魔蝕の月に似てない?」

日暮がそういった。

「たしかに…。なんか分かる…。そんな気がする。」

「ああ、そうだな…」

そう会話を重ねていると、華奈は食い気味に、

「魔蝕の月、ですか?」

「あ、ハイ。これです。」

そう言って俺は魔蝕の月を取り出し、華奈に見せた。

「…これ…!長官が探してた月影に似てます…!」

「月影?」

「ええ。長官がサコルから帰ってきたあたりから、ずっと探していたんですよ。これが、黄色ければ、月影そのものだったはずなんですが…」

すこし俺と太陽と日暮は顔を見合ってくすりと笑った。

「これ、もともとは黄色かったんですよ。俺が触れた途端、色が変わり始めたんです。」

「…え?」

「だから、これは月影なんだと思います。」

すこし間が空いたが、華奈は口を開いた。

「…そうですか。色が変わるなんて…。不思議なこともあるんですね。」

「そうですね。」

「…ああ、そうだ。太陽、それちょっと三月に触らせてみてよ。」

日暮は、暮影を指さして言った。

「ん、おお。ほら。」

そうして、太陽は俺に暮影を手渡した。

「…何も変化ないぞ?」

「え、ホントだ。なんでだろ…。」

今度の暮影は、月影とは違い、黒く染まることはなかった。

「ダメ元で、日暮、触ってみるか?」

そういって、俺は日暮に暮影を手渡した。

「…!うわっ…。染まってく…」

ちら、と日暮の手元を見ると、暮影は、黒く染まっていた。

「…いったいどういう原理なのでしょうね。これも魔法なのでしょうか…?」

そう、華奈は言ったが、俺たちにはわかるはずもなかった。結構の間沈黙が続いた。

「…私の好きだった人は、詩が好きだったんですよ。」

そう、華奈は言った。

「国防長ですよね。」

「え…。バレてましたか、少し恥ずかしいですね。…まあ、そのとおりです。昔から、いい人で、大好きだったんですよ。」

事情を知らない二人は驚いていた。

「ああ、そちらのお二人のために、少し前の話をしましょうか。サコルと軍事同盟を締結する前は、彼は今とはまるで別人だったんです。というより、サコルでなにかされたんだと思っていますが…。」

「…そんな…。」

二人は表情を曇らせた。

「…もう、いいんですよ。彼が正気の状態で、自分のやったことを振り返ったとき、彼は絶対に後悔していたと思います。だから、そんなことを止められただけで、いいんですよ…。」

「…」

彼女の暗い顔に、俺たちは何も言えなくなっていた。すこし経って、

「…私は今から彼を埋めようと思います。」

そういって、彼女は穴を堀り始めた。

死んだ彼の隣りにあったタブレットは、ざぁざぁと、砂嵐を鳴らしていた。


「…帰ってくるのも久しぶりだなあ。あのとき十二歳だったから…。二十年ぶりかな。」

私はあたりを見渡した。発展していたのは目に見えるけど…。

「荒れ果ててるなあ…。」

故郷を噛み締めながら、少しずつ歩いた。

「私の家とかも、なくなってんだろうなぁ…。」

そうして歩いていると、人影が目に止まった。その人はこちらを向いて言った。

「…!天音ちゃん…?」

ああ、懐かしい声がする。そうして、私もその挨拶に答えた。

「ひさしぶり。明姉。」

私は再開できてとても嬉しかったのだけれど、明姉はすこし眉間にシワを寄せた。

「二十年前、義弟を傷つけたこと、忘れてないからね。」

「…それは…。」

言葉に詰まった。私だって後悔しているから。でも、それでも聞かずにはいられなかった。

「彼は…。彼はいったいどうなったの?」

明姉はすこし遠くを見て、

「死んだよ。二十年前に。」

彼、というのは、私の愛していた人だ。だから、その言葉はすごく悲しいものだったけど、同時に、二十年間会っていなかった彼への思いの踏ん切りがついた気もした。そのおかげか、悲しみは、表に出ることはなかった。

それと、驚いていたかな。明姉は二十年前のこと、覚えてるんだな、って…

「そっ…か。」

「それだけなの?もっと悲しむとか、そういうのはないの?」

「悲しいよ。すごく。…。」

ただ、うつむくことしかできなかった。悲しい。悲しいよ…。

「そう。…まあいいわ。あなた、二十年も経って、なんでわざわざここに帰ってきたの?」

「…義妹の魂を預かってる。」

「は?」

とても驚いていた。まあ、そうだよね…

「義妹、産まれたんでしょ?今は、成人してるくらいだろうけど。」

「…そうね。それで?別に私に渡すわけじゃないでしょう?どうしてここに?」

一つ間をおいて、言った。

「…義妹がどうなってるか確認したかったの。」

「それは死んだことがわかっている状態でも必要なものなの?というか、魂を預かってるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけど、それでも必要だよ。だって、魂を預かってるって言っても、昔義母のお腹越しにかけた、対象が死んだことを感知する魔法を、最近得た力でどんどんと強化して、未成長の魂なら釣れるよう、改良したのを使って引っ張ってものだもの。魂の情報に間違いがないかとか、そもそも違う人の魂じゃないかとか確認しておかないと。」

「…面倒なことするわね。」

「しょうがない。こうするしかなかったんだもの。じゃなきゃ、義妹の魂が消えちゃう。彼女は彼の初めての妹だもの。守ってあげたかった。」

何一つ嘘はなかった。わかってくれたのか、明姉は睨みつけてくるのをやめてくれた。そして、こう聞いてきた。

「なんでその魔法を義弟にもかけておかなかったの?」

「そうしておきたい気持ちはあったけど、私が彼のもとを離れてから数日したとき、急に、魔法の繋がりが切られたの。」

「へえ、不思議なこともあるものね。」

「じゃあこっちも聞くけど、なんで明姉は一人なの?」

周りに、人影がなかったからゆえの質問だった。聞くと、明姉は顔に怒りを浮かべた。

「学長が、軍が来たと気づいた瞬間に、どっかに隠れたの。生徒も引き連れていたのに、私だけ置いて。」

「うわぁ…。サイテ―…。」

そう言ってから、もう一度あたりを見渡した。そこには、人が氷漬けになった木、土に埋まった人などがいた。

「一応、全員生きてるみたいだけど…。」

「もちろん、生かしてあるに決まってるじゃない。」

「そう…。」

そうして、一息ついた。

「ねえ、明姉。」

そう話しかけた。

「何?」

「明姉をデコイにするような奴らと一緒にいないでさ、私と一緒に他の国行かない?」

その提案に、一瞬表情を緩めてくれたが、それでもすぐに顔を戻してしまった。

「自分の兄のことも聞いてこない薄情な子とは、あんまり一緒にいたくないかな…。」

「え?紫音兄がどうかしたの?」

はぁー。と、明姉はため息を付いて、私を見た。

「殺されたのよ。7年前に。」

「えぇ!?」

驚いた。二十年前ならまだしも、7年前に死んでたなんて。

「マジか…。そっか…。」

また少し間が空いて、明姉は口を開いた。

「でも、まあ、そうね。他の国、というのは魅力的ね。私、ブリティアに行きたかったのよ。」

「えー!?…私、チナラに行くつもりだったのに…。」

そう言うと、明姉は少し笑って、

「別行動よ。それでいいでしょ?」

って、言ってきた。

「…まあ、そうなっちゃうか…。」

…話が終わってからは、すこし街を見て回ってきて、

「明姉、それじゃ、またね。」

って、サヨナラをした。


「あなた方は、この先、どうするつもりですか?」

遺体を埋め終えた華奈は、三月たちに向けていった。

「ああ、サコルに向かうつもりですよ。サコルもミサイルを飛ばしてきたから、あっちにも、痛い目見てもらわないと。」

三月は、そう答えた。

「具体的に、どう痛い目にあわせるかとかは、考えているのですか?」

「…その人次第ですよ…。」

「そうですか。…まあ、それはいいとして、あなた達、どうやってサコルまで行くつもりですか?」

その質問に対し、三月は、即答する。

「飛行機です。」

と。だが、

「飛行機なら、パスポートとか必要ですけど…。大丈夫なんですか?」

「あ。」

そう。三月たちはまるっきりそれを失念していた。三人は、飛ぶことも不可能ではないが、不安定な魔法なのに加え、かなり魔力の効率が悪いため、おそらくは大陸へ渡ることは不可能だろうと踏んだ。

「どうすれば…」

日暮の口から、そんな言葉が漏れた。それに対して、華奈は微笑み、

「私があなた達の保護者になりますよ。ミサイルのお詫びだと、そう思ってください。私には、暮影を差し上げること以外は、これくらいしかできませんから…。」

と、言った。その言葉に三人は、

「あ、ありがとうございます!助かります!」

と、感謝の言葉を述べた。

「じゃあ、夜も明けてきましたし、早めに行きましょうか。」

そうして、四人は、昭島を去っていく。

夜は明けかけていた。

三月は、その茜空を見て、少し、ひかりとの記憶を思い返した。そして、言った。

「俺たちが、これから旅をする目的なんだけどさ。ミサイルのせいで、たくさん悲しむことになった。だから、もう二度とこんなことが起こらないように、そんな旅にしよう。約束してよ。いつかまた、きれいな空の下で平和を噛みしめることを。そんな平和な空を、つくろう。僕達の手で、目指そう。そう、」


第四話 

    「いつか見たあの月空へ…!」

                   終

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