第3話 死に触れ

…三人は、優しい人物だ。人殺しなんて、企てたこともない。

それに触れた瞬間、扉は開いてしまった。


第三話 死に触れ


「無理です。」

…こうなった経緯を説明しよう。

三月たちは、国防省の本拠地のような場所の中に入った。そのとき、人はいなかった。そして、受付にて、長官に合わせてほしいと掛け合ったところ、これである。

「…なんとかなりませんか?」

「だめです。あなた方はまだ子供でしょう?」

「…まあ、そうですけど…。」

「でも、人に会うのに年齢は関係ないと思うんですが?」

「そうですね。でも、わざわざ子供に会わせる必要もないんですよ。」

「なんだ、それ…」

「お帰りはあちらですよ?」

そういって受付が指さした先に、なにやら二人ほど、出ていく人の影が見えた。

「あの人達は…?」

「ああ、あの人達ですか?ここの職員ですよ。そんなことより、早く帰ってはどうですか?」

そう強く薦める受付に、怪しさを感じた三月たちは、

「なあ、突撃しちまおうぜ。」

「うん、それが手っ取り早いね。でも、魔法は?使わないほうがいいんじゃない?」

「四の五の言ってられないだろ。こっちは死人が出てんだから。」

「はぁ…あなた達、何を言っているので…す…」

目を開けた受付が言葉をつまらせた理由は、その場にいなかった三人の代わりに、倒れているガードマンを見つけたからである。


ビーーーーーーー…ビーーーーーーー…


侵入者を知らせる警報が鳴った。

「結構早いんじゃない?知らせの音…」

「普通じゃないか?無理やり押し入ったんだし…」

そう言いながら走る三月たちに、迫る人達。

「見つけたぞ!」

「子供じゃないか!こんなのにやられたのか!?」

「君たち、止まりなさい!」

「うわっ!見つかった…」

「もう…めんどくさいなあ…」

三月たちは警備兵の

忠告を無視し、駆け抜ける。

「お前ら、銃使うぞ。」

「おう!」

警備兵が銃を取り出すと同時に、パァン、と、銃の音がなる。

「っぶね!」

弾丸は太陽の足に向かっていたが、それをギリギリで回避した。

「まずい…足止めしないとっ!」

日暮は道に障壁を貼り、追手の追跡を分断する。

「なんだコレ?壁があるぞ!?」

パァンパァンと、銃声が轟く。

「…これでもだめとか、どんな強度だよ…」

「さすが日暮の結か…うぉ!」

三月の足元に飛んできた弾丸を、必死に避ける。

「っぶねぇなぁ…」

「つーか、まだ着かねえのか?」

「そりゃそうだろ、外から見たとき30階ぐらいあったし!」

「なんで階段一階ごとに廊下挟まれてんの!今何階さ!?」

「6…階…だった気が…はあ、はあ…ぐぁ!」

「日暮!?」

日暮は、足を撃たれていた。

「よし、やったぞ!一人m…」

高らかに青年が言った瞬間、三月は無意識に首筋を狙い弾丸を放っていた。

「…ハッ!殺してないよな…。うん、大じょ…」

パァン!と、また音がなる。

「ああもう、しつけえな!太陽!全員と応戦するぞ!」

「了解!」

日暮は、足を押さえつつ、結界をはる。

「これで私は大丈夫だから。頼むね。」

「ああ、わかった。」

そうして、三月と太陽は背中合わせの体制を取った。

ドオォォォォォン…

部屋の間の壁を破壊し、ぞろぞろと分断された人たちもやってきた。

「あーあー。ぞろぞろくるねぇ…」

銃声が響くなか、二人は弾を防ぎつつ、一人ひとりに弾丸を当てていく。

「なんだろう、この…何ていうか、命の危機を感じない単純作業は…」

「危なくないだけいいじゃねえか。」


以下、敵さんの心情である。

なんだこいつら…よくわからない術を使って、全部の弾を弾き落としてやがる…いったいどうやったらそんな事ができるんだろうか…。

何もわからないが、仕事を遂行するために、俺は、銃声を鳴らすのだった…


…この敵さんの疑問への回答としては、単に三月たちが強いこともあったが、何よりは、魔法による圧倒的アドバンテージがあった。

遠くから撃てるわ、相手の気配も感じられるわ、銃弾の速度を遅くすることさえできた。

味方撃ちを気にしなくてはならない銃撃兵には、勝ち目などなかったのだ。

「ははっ!なんか楽しくなってきた!」

「三月…同感だ!まるでゲームをしているようで楽しい!」

そんな中、日暮は回復に専念していた。

「調子乗ると、足元すくわれるよ〜…」

だが、特に何事もなく、のこり20人かそこらの状況になったのだ。

「まずいな…このままだとキツい…」

「近接に切り替えるか?」

「…名案だな。」

そうして警備員は、自身の持つ警棒を、ふるい始めた。

「うぉっ!あっぶな…」

「ちぃっ!」

変わらず、避けながら弾丸を打ちつけて応戦する。

警備員は、その職につくためにも色々な訓練はあったはずだが、暴力というもの、また、戦いに慣れていない状態で強者を相手にしていたのもあり、手も足も出てはいなかった。

じゃあ逆に太陽たちはというと、魔法はすべてを解決する、故に最強、というものだった。

「うらぁ!」

ドッ、と鈍い音が三月の後ろで鳴った。

「三月、後ろも一応警戒しといてくれ。全部対応はできない。」

「りょーかい!」

そうして、残り二人の状況になったときだった。

「「ああああああ!」」

全力で二人が三月に向けて振りかぶる。太陽が、その振りに反応するのには少し遅かった。

一人は足を狙い、一人は三月の死角から、首を狙っていた。

足を狙ったほうは、気絶させられてしまったが、同時に、首を狙ったほうが、三月に警棒を当てた。

「グァッ…ーーーーーーー」

三月は、その場に倒れ込んだ。

「三月ぃ!!!!!!!」

家族が傷つけられ、太陽の怒りは頂点に達した。

「おまぇぇぇ!!!!」

右手に石でできた剣を作り出し、警備兵に向けて振り下ろす。

警備兵は警棒で防いだが、太陽はすぐさま左手にもう一本の剣を作り出し、警備員の脇を狙い、振った。


…悲鳴が聞こえた。目の前にいる警備兵と、日暮の声だった。

蛍光灯に照らされて、明い何かがあたりに飛び散った。

ふと、胴が2つに割れた人間が見えた。俺がやったのか…?

左手にあったのは、無意識で出した剣だった。この魔法自体は、素振りとかのためにいつも使っていたものだったから、制御は簡単だったはずだ。

だが、実際に出てきたものは、とても鋭い剣だったみたいで。

…とてもじゃないが、こんな状況では平静を保ってはいられなかった。頭に数々の言葉が巡る。

…俺たちはいつも平和に生きてきたはずだった。

こんな場所にいるはずではなかった。

じゃあなぜここにいる?

追い出されたから?

じゃあなぜ追い出された?

不要だったから?

危険だったから?

あいつにとって優先すべきなことがこれだったから?

今何が起こっているんだ?

俺はどうすればよかったんだ?

俺は大人のはずなのに。

いや、子供だったか?

ひかり、そうだひかりは…

…そうして見下ろした先にあったのは、死体だった。ひかりと、重なって見えた…

「ああ、ああぅあ…」

吐き気がこみ上げてきた。頭が真っ白になった。目の前が真っ暗になった。

考えているのか、考えていないのか。処理しきれない感情の奥底で、一人ただ、うずくまっていた…


「はあ、はぁ、」

私は必死に過呼吸を抑えていた。そして改めて思った。今日は厄日だと。

だって、そうでもないなら、家族がひとりいなくなって、ひとりは殺人犯になるなんて…。

いや、違う。

もう少し私が結界を広く張ってたら。

そうだ、私がミサイルを落としに行っていたら?

太陽のほうは、三月に警備兵が近づいてたって教えてたら。

戦いをやめ結界の中で籠城していたら。

ここへのとつげきなんてとめていたら

もしかしたらこんなことにはならなかったかもしれない

じゃあ、わたしのせいかな

ちがう、わたしのせいじゃない

あのひのことも

きょうのことも

いつもそう

わたしはわるくないんだ

わるいのは

「あ…れ…」

どうしてむねがいたむのかな?

どうしてこころがつらくなるのかな

かなしい、だけだよね

うそをついたことへのいたみじゃないよね

だってわたしはうそなんてついてないもんね

なみだがながれてるのは、かなしいだけなんだよね

「…ほら、たいそうなものじゃ、ないじゃん」

…日暮は、ただ遠くを見つめ狂ったように笑っていた。


…なんだここ…きれいな星空だな…。月もきれいで、まるで幻のような…

「ねぇね、三月兄ぃ。」

…誰だろう…わからなかった。脳が認識するのを拒むように、その少女の像はぼやけていた。

「ひとつ、約束してよ。」

少女は構わず言葉を続けた。

「いつか、昔のことを思い出したら、この空の下で聞かせてよ。」

…昔…?いつのことだ…?

「この、きれいな月空で…」

そういって少女は去っていこうとする。

「あ、待って…」

言葉は届いていなかったと思う。少女は頷きもしなかった。

「誰だったんだろう…」

「…あなたがよく知っている人だよ。三月くん。」

急に後ろから声がした。俺にはその声に心当たりがあった。

「佐野先生…?」

そう言って振り返ると、そこには佐野先生に似た…15歳ぐらいだろうか?…それぐらいの少女が立っていた。少女の顔はキョトンとしていたが、すこし間を開けていった。

「先生?確かに私がなりたいのは先生だけど…それより前に、君のお兄さんのお嫁さんになりたいかなぁ。子供っぽいけど、素敵でしょ。」

「お兄さんって…。太陽のこと!?急に言われても…」

「ええ!?知らなかったの…?…?というか…」

そこから少女は、こう語りかけた…


太陽って誰…?君のお兄さんっていうのは…ーーーーーーーーー。



「…はっ!?」

三月は飛び起きて、あたりを見回した。

「…!?なんだコレ…?」

なぜだか少し動かしづらくなっている右手は、朱殷に染まっていた。

「…血か…?いったいどうなってるんだ?」

三月は顔を上げ、見えたものに驚いた。

どこか遠くを見て笑う日暮、壊れてチカチカとしている蛍光灯、うなされながら眠る傷だらけの太陽。

そして、大量の血。死体。そこにはかの受付のものもあったし、駆けつけたであろう警察のものもあった。

三月は呆然としていた。

「あれ?みつき、おきたんだ。」

「日暮…。」

少し緊迫した表情で、三月は日暮に問う。

「…何があった?」

この状況がおかしいのは、誰がこの光景を目に移したとしても明らかなことだった。

日暮はくすりと笑って、言った。目は、笑っていなかった。笑うどころか、死んでいるような…

「わるいひとたちをね、みんなたいようがころしたの。いっぱい、いっぱい。」

「…どうなってるんだ…?」

三月は悩んでいた。

(話し方が、幼稚な気がする…) 

「ふふふ…」

ひどくぼやけた声が、聞こえた気がした。

「…日暮、なんか言ったか?」

「んーん。なんにもいってないよ?」

「そうだよ。ぼくは違う存在だ。」

今度ははっきりと、男の声が聞こえる。大人…というよりは子供っぽい声だった。

「…は?」

「いいこと教えてあげようか。その子はね、すぐ治るよ。一回寝かせときな。」

「何だよお前…」

「観察者A、ということにしといてよ。ここらに用があってね、ついでに君たちが気になったから、話しておきたかったんだよね。」

「なんだそりゃ。観察者?…まあいい、急に話しかけて、何の用だ?」

三月は少し険しい顔をしていた。だが、観察者Aは、一向に答えはしなかった。

「…どうした?早く要件を言えよ。」

「いやさ、目の前にたくさん死体があるのに、動揺してないんだな…ってね。」

「…あっ。」

(言われてみればたしかにそうだ。普通なら、動揺しているはず…。)

「ああ、悩む必要はないよ。こういうのに慣れている人もいるものさ。」

「慣れるも何も、こんなこと初めてなんだが…。」

「へぇ?そっかそっか…。でも、それをやったのは君の家族だろう?それでも動揺しないのは、ちょっと異常じゃないのかな?」

「悩む必要はないんだろ?」

三月の口角は少し上がっていた。

「へえ、君ほんとに12なの?」

「ああ、そうだ。まあ、その言葉は、担任にも言われたけど…」

「ふふっ…。あ、そろそろ用件を話すね。」

そうして、観察者Aは用件を話し始めた。

「その月の髪飾りに似た、造り物を知らないかな?」

その、というのは抽象的だったが、三月の頭の飾りだろうと推測し、話を進める。

「魔蝕の月のことか?」

「魔しょ…なんて?」

「ああ、多分お前が言ったものと同じだよ。俺が触った瞬間に、黒く染まり始めたからそう呼んでるんだ。」

「黒く…?ち、ちょっと実物を見せてくれないかい?」

そう言われた三月は、特に疑いもせず、魔蝕の月を取り出した。観察者Aが見ていたのかすらわからないのに、だ。

「はっ…ハハハハハ!お前、『適合者』か!こりゃひどい!」

観察者Aは大声で笑い始めた。息切れもせずに、そのまま一分近く笑っていた。

「…なあ、『適合者』ってなんだ?」

三月は不思議そうな顔で問う。

「ああ、声に出してたか?なんでもないさ。気にしないでくれよ。」

「…話す気はないんだな。」

「ああ、そうだね。しかも、今回ここに来た理由は、ほんとは、二十年前からめっきり減っていた大量殺人が急に起こったからだからね。滑らせた口を、これ以上開けるわけにはいかないし。」

「そんな理由かよ。つまらないな。野次馬なんて…」

「まあまあ、もう帰るから。そろそろ君との会話も整理したいし。」

「そうか。…そうだ。国防長の居場所、知らないか?」

「え、どうしたの急に。知らないけど…」

チッ、と、三月は舌を鳴らした。

「観察者A、ねぇ…。あ、もう帰っていいよ。」

「はぁ?…勝手だなあ…。まあいいや、またね…」

最後の声音は少しテンションが低かった。そして、三月には、謎の声は聞こえなくなっていた。


「余計な詮索はしない、か…。得体のしれない存在相手に、やたらあっさりしてるんだな。いや、相手に興味がないだけか…?」

あの兄弟は、興味深いものがたくさんあった。久しぶりの直接的大量殺人があったと思ったら…。面白いものが見られた。

とはいえ彼らは今自暴自棄みたいだし、過去の情報を見たほうがいいな。三月は…まあこっちも一応見ておくか。

…にしても、まさか月影があんな奴に渡っているとは思いもよらなかった。しかも、『適合者』がいた。よく観察したら、三人も。いやあ、これでカードは揃ったかな。

空を見上げた。まさかあいつあの環境で5時間近く寝ていたとはね。もう月が昇っているじゃないか。

ニコリと笑い、静かに吐き捨てた。


ふふ、今宵もまた人は死にゆくようで…ーーーーーーーー。



「さて、どうしようか…。」

「みつき、つかれてるんじゃないの?ぶつぶつなんかいってたけど」

(やっぱり…。日暮が会話に参加してこなかったのは、聞こえてなかったからか。)

「あれは…いつか事情を話すわ。ちょっとあたりを見てくる。寝とけ。」

「はーい…」

日暮が目を閉じるのと同時に、三月は立ち上がり、廊下を歩き始めた。

(なんだよ、8階じゃねえか。日暮、やっぱ数え間違いしてたか…。まあ、体力ないからな、きつかったんだろうけど…)

そのまま進んでいった二十階に、司令官室があった。ドアを開け中に入る。

「うっわぁ。悪趣味ぃ…」

そこの壁には、大量の、謎の男の写真が貼られていた。

「あれ?こいつ…さっき出ていったやつじゃないか?」

そう思ったが、今は別に関係ないと感じた三月は、部屋にある机に目を向けた。

「漁るか…」

そうして机の引き出しをいじり始めた。中にあったのはだいたい書類だった。

「…ええと…。書類ばっかだな。しかも軍の…。行き先は…」

件の書類を見た三月は、目を見開かせ、驚いた。

「…大空市!?しかもこれ…2032年9月22日…今日だ…これも…これも…」

結局、そこから200枚ぐらい、記録の書類が出てきた。

「この人、相当有能だな…。いや、コンピュータか。全部時間が同じだ。」

そうやって更に漁っていった先に、いくつかの手帳が見つかった。

「何だ…これ?」

三月は一枚手帳をめくった。そこには、こう書かれていた。


司令官に就任した記念として、これから日記をしたためようと思います。

        東雲 華奈 2024年 6月25日


「日記…?」

そうして三月は、一枚一枚と、すばやくページを見ていった。だいたい2年分見たあたりで、一旦読むのをやめた。三月はずっと、「つまらねぇな…」と思っていた。そうして、二年目の文がみえた。


私は昔、…12歳のときだったろうか。父と母を失った。十四年前だ。何があったのかは未だ思い出せないが、失ったのだ。…悲しみに暮れていたその頃の私に、手を差し伸べてくれた人がいた。幼馴染の康介お兄ちゃんだ。

…そういえば他の人にお兄ちゃんなんて呼んでるのがバレたら恥ずかしいな…

それで、お兄ちゃんは、その時両親を失った私を、妹にしてくれた。彼は、昔からそうだった。優しかった。強かったけど、その力はいじめっ子相手にしか使わなかった。

私は、そんなお兄ちゃんが大好きだった。…まあその気持ちは、変わっちゃいないけれど。

まあなんで、こんなことわざわざ日記に書いたのかと言うと、お兄ちゃんが国防長官に任命されたからだ。

お兄ちゃんが、「軍を率いる仕事がしたい」なんて言ったときは、相当びっくりしたけど、心根は変わってないんだな、というのは目に見えてわかった。だから、当然の結果だろう。

やっとお兄ちゃんが上司になるんだ。ずっと目指してきた夢。それが叶う。まあ、そんな気持ちで仕事してるわけじゃないけどね。

…そういえば、東雲じゃなくて、違う名字で登録してたし、なんなら出身地も変えてたな…。飲み会でも誘って問い詰めよう…。

…まあ、日記はこんなものにしておきましょう。また明日。

        2026年 3月29日


「へえ、この人、長官が好きなのか…。ともするとこの写真とかは長官n…うぇっ。」

三月が変な声を発した理由は、次のページにあった。


すきすきおにいちゃんだいすきすきすきすきすき

        おにいちゃんのおよめさん 2026年 3月30日 


「ええ…。さっきまでのちゃんとしてたのはどこ行っちゃったの…」

字もきれいだった日記だが、このページに来てからはもっぱらミミズが這ったような文字であった。三月は若干引きながら次のページを開いた。


すきすきすきすきすき


「…。」

もはや日付すら書き忘れていた。

(なんだこれ…こわ…。でもまあ、よく考えなくても想像は容易いかな。めっちゃスケジュールが厳しい司令官は、国防長にプライベートでは合うことができなかった。抑圧されたものが、ここに出たんだろう。)

三月は、気を取り直してページをめくった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…?」

そこに書かれていたのは、ただの波線であった。その様相は、

「この人…なんか病気なんじゃ…?」

と、三月を心配させるほどであった。それでも三月はページを捲った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「草」

もうそれくらいしか声に出なかった。

「棒線は流石にないわ…」

三月はもう、手帳をぶん投げそうになっていた。

「…最後までこれだったら…見るのやめよう。」

そうして、三月は最後の手帳を手に取り、最後のページからめくった。こんな文があった。


遺書

今日私は、サポリナにて決戦を行います。

かつて兄として慕った人物が、横暴な判断で人を殺そうとしているのなら。私にはそれを止める責任というものがあります。

だから、彼を殺し、私も死にましょう。

いつか、誰かがこれを見てくれたのなら、サポリナの、昭島というところで骨を埋めてほしいです。

これは、彼とわたしの出会いの場であり、決戦の場であり、二人の沈む地であってほしい。そう思います。

                 2032年 9月22日


「これは…まずくないか?というか、軍を動かす役っぽいと思ってここ選んだだけなのに、いきなりヒットかよ…」

三月はいっぱいいっぱいではあった。日暮、太陽はどうするか、自分自身も…。

どこに行く?

どうやって行く?

大空市とサポリナ、どっちを取る?

そんなことが何度も巡った。

「置いていこう。」

ふいに、そんな言葉が出た。三月は、合理的だと感じた。

(よし、じゃあここからサポリナまでどう行くか…)

そう思いながらふと日記を目に入れると、挟まっていたであろう紙が、二枚落ちた。

「これ…地図?しかもサポリナ…昭島じゃないか。これで行けはするな。」

光明に、三月はすぐに立ち上がった。

走り、入り口まで向かい、外へ出た。

「夜になってる…。」

そこには、夜ながら明るい、人の姿があった…

「…?そういえば、行くのに五時間ぐらいって書いてなかったか…?」

三月は一瞬考え込んだが、

「考えても埒が明かないな…。」

そう感じ、いそいでこの場を離れ、駅に向かった。

「鉄道で昭島…はサポリナ行きでサポリナ南で降りると近いな。」

走りながら地図を確認し、どう行くかの情報を読みとる。

「よし、切符切符…。」

メンバーは三人共別々の財布のため、こういうときも安心だ。

そうして三月は列車に乗り込んでいった…


三月が、通り過ぎるのが見えた。

少し寝ぼけていたかな。人混みを押し入って進む三月を日暮と追っていた。

切符を買うときも見ていた。

そうして列車の中で気づいた。

心配だったんだ。

一人で行っちゃいそうで。

ひかりみたいに、逝っちゃいそうで。

そうして俺たちは五時間、列車に揺られていた。


わたしはわるくないから

こころのいたみもひいてきた

やっぱりかなしいだけだったよね

ほら、くるしみはぜんぶひきうけたよ。

ひぐれちゃん、もどっておいで…


さて、サポリナの昭島だったか?

ここにたどり着いた。

ここは寒いな。辛いほどではないが…

「ここは寒いが…きみはそんな薄着でいいのかい?」

華奈に聞いてみた。私の服装は、この国にふさわしいか。TPOとやらを気にしてみただけだ。それなのに、なぜだか華奈は悲しそうな顔をして、

「大丈夫ですよ。寒さには強いので…」

と答えた。不思議な奴だ。本当に。

「雪国生まれなのかい?」

「…ええ、ここらへんの出身ですよ。ここは開けて、星が綺麗で、いいところでしょう?」

「ああ。その割に…。」

「なんでしょう?」

「君は、浮かない顔をしているね。どうかしたのかい?」

「ええ。まあ、気にしないでください。」

「そうかい。」

そうして、わたしと彼女の間に沈黙が生じた。

「長官は、昔のことは覚えていらっしゃいますか?」

そう、彼女は質問してきた。

「まあ、そうだな…。あまり深くは。だが、わざわざ確かめることもないだろう?」

そういった瞬間、彼女の顔は少し笑った。

「そうですね。気にする必要もありませんでした。」

そう、彼女は言った。

「ところで、軍はいつ着くのかな?」

「手間取ったので、あと四時間程度でしょうか。失敗してしまいましたね。」

「大空市自体は、新幹線で3時間ほどだろう?なぜそんなに掛かる…?」

素直な疑問だった。だが、彼女は答えなかった。

「…詩、知ってますか?」

突然に、彼女はいった。なぜわざわざ、こんなことを言ったのだろうか。ペインの者であろうが、他の国の者であろうが、知っているものだろう?だが、一応答えてはおこう。

「ああ、もちろんだ。」

「暇つぶしに、このきれいな場所で、詩でも詠もうじゃありませんか。別に、句でも歌でもいいですが…」

「そういうものが好きなのか?」

「いえ。好きな人が、大好きだったんですよ。」

「そうか。まあ文学を楽しむことはいいことだ。ペイン語は、今や世界共通言語だからな。」

「そうですね。では、作りましょうか。」

そうしてふたり、しばし詩、歌、句をつくることを、楽しんだ。

「できましたか?」

「ああ。まあまあいいものじゃないか?」

そうして二人は、そのうたを見せあった。


夜空に


天の川の先にあなたはいる

でもこちらにもあなたはいる

夜空に願おう

この先もこれからも

心からのあなたの安らぎを

私の想い人へうたう


すばらしい花は向こうにある

それに見劣るうつくしい花はこちらにある

夜空に願おう

この先もこれからも

心からの花の栄美を

私の好きな花へ歌う

          東雲 華奈


「ふむ。いいか悪いかなんていうものはわからないからどうとも言えないな。だが、きれいではあるかな。」

「ありがとうございます。」

…わからん。詩なんてわからん。とりあえず褒めてはおいたが…

「…長官のも、見せてくださいよ。」

そう彼女は言った。


仄明い

  ひかり瞬く

      紺の空

 思い出される

     ふるさとのそら

         菜野 康介


「…ふるさと、ですか…?」

「ああ、そうだ。俺の出身地は、カンテアだろう?昔は、もっときれいなのが見れたもんだ。」

「そうですか。それはいいですね。まあ今は、もう無理でしょうけどね。」

「そうだな。」

そのような会話を続け、延々と時間を過ごす。こういうのも、悪くはない、と思うのだった…。


そうして、四時間が立った。

彼女は言った。


あなたは、いったい誰ですかーーーーーーーーーー。


             第三話 終

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