第2話 喪失
「この遺体、一体誰のなんだ?」
信じられなかった。ずっと一緒に居た家族が死んだのに、なぜ目の前のこいつは平然とそんなセリフが吐ける?
たしかに、ひかりが死んだのは俺のせいだ。認めよう。だが、それとこれとは別問題だ。
俺は、今までにない憤りを感じていたーーーーー
第二話 喪失
「えっ…?何言ってるの?この死体は…ひかり姉だよ?」
日暮は止めようもないほど涙を流していたが、それでもなんとか冷静さを保って言った。
「ひかり姉…?誰だs…うっぐ…!」
「三月!?」
三月がひかりのことを思い出そうとした瞬間、頭に激痛が走り、頭を抑えた。日暮が駆け寄り、三月を介抱する。
「これは…どういうことだ?」
太陽は、三月が頭痛になったことだけはわかったが、それがなぜかはわかっていなかった。
それはひとえに、三月の発言によって冷静さを欠いていたゆえでもあったが、そもそもその病を太陽が知らない、というのもあった。
「三月くん、ちょっと目、見せてもらえるかな。」
佐野先生が来て、そういった。
三月が左目を差し出すと、先生はじっと三月の目を見つめた。そして、
「これ…過剰ストレス負荷による一時的記憶混濁ですね。」
といった。
「え?なんて?」
「過剰ストレス負荷による一時的記憶混濁ですよ。今はかなり効果が薄れていますが。魔法病の一種で、一定以上のストレスを受けるとその出来事を忘れる、というものです。しかもこれかなり効果が強いですね。思い出すのにも時間がかかると思います。」
「は?魔法病?しかも記憶喪失…?一体誰に…」
「なあ、話戻していいか?ひかり姉って誰のことだ?」
「三月、ひかりってのはな」
太陽がそう言いかけたが、先生が止め、こう言った。
「この魔法病は、脳内で記憶に補正が入り、忘れた記憶は本当になかったかのように認識されます。今話しても、あまり意味はないですよ。」
「…クソッ…」
太陽は怒り混じった複雑な表情を浮かべた。
「…あの、佐野先生。私達これからどうすればいいんですか?」
一人の女子生徒が駆け寄ってきて聞いてきた。
「そのことについての説明は、学長先生からも入ると思います。待っていてください。」
「わかりました。」
女子生徒は軽く会釈をして戻った。
「あなた達も、あちらへ行ったほうがいいと思いますよ。」
「そう…ですね。三月がこんな調子ですし。」
「ほら、三月、行くよ。」
「お、おう。」
日暮はもう泣き止んでいた。目は腫れていたが…
一同はいまいち現状を理解できていなかったが、とりあえずは学長の話を聞くことにした。
「えーみなさん、まずは現状を整理させていただきます。」
学校長が話を始める。
学長によると、現状、学校は耐久強化で形を残せたものの、死亡者は一名。
街の状態はよくわかってはいないが、それでも爆風が街を包んだことはわかっているし、逆に街の外には被害は及んでいない事も同時にわかっている。
「それで、これからについてですね。話は少しずれますが、思い返してください。我々教師はあなた方にこの言葉を伝えたことがあるはずです。二十年前の事件の再来の対策をしている、と。実はそれはあなた方のことで、魔法の扱いが優秀なものを育てることがこの学校の目的でした。」
一同は騒然とした。それはそうだ。自分たちが戦いのために育てられたと知って、動揺しないはずがない。
「今回は代表者3名を選び出し、今回のミサイルについての事情などを解明してきてほしいのです。ちなみに、選ばれなかったものは、この地区周辺で待機となります。」
三月たちはこの話に違和感を感じていた。
「代表者3名って、俺と日暮と太陽のことだよな。」
「おそらくな。学年主席だし。」
「だとしたら相当たち悪いね。直接言えばいいのに…」
「行きたいか?三月。」
「日暮に聞くのが先じゃないのか?そこは…。まあ、行きたくはないが。」
三月たちはこの違和感を明らかにしつつ、これからについての話を重ねていた。
「みなさん、たった今原因だと思われるものが私のもとに届きました。」
そういって学校長はあるものを掲げた。
「なんだあれ…ただの月の造形品だよな…俺の髪飾りに似てるけど…」
三月は見たものに対し率直な感想を述べた。
「よく見ろ、三月。アレに含まれる魔力の量、尋常じゃないぞ。」
「え?魔力って他の地区では関係がない話なんじゃないの?これが原因なわけないと思うけど…?」
「多分それを調べてこいってことじゃないのか?」
「ああ、なるほど。」
校長が話を続ける。
「これは一見するとただの造形品ですが、中には膨大な魔力が含まれています。もしこれを狙ってきたのであれば、魔法の存在を知るものがいてもおかしくはない。だからこそ、やはり原因の究明を頼みたいのです。」
一瞬間が開いて、
「じゃあ、大空兄弟でよくね?」
ひとりの男子生徒が言った。
「は?」
「そうだな、成績主席だし。」
「お…おいおい!ミサイル撃ってくるようなところに向かうんだから危険な旅になるはずだ、勝手に決めないでくれないか。」
太陽がなんとか同調を止めようとする。
「だけど、どちらかと言えば私達の中からの誰かが行ったほうが危険だと思う。みんながあなた達みたいに力があるわけじゃないし。」
「そうだ、だから頼むよ。」
「ふざけてんのか!?お前らは安全な場所でずっと居続けて、俺らだけ危険な目にあえと!?」
周囲の同調圧力に負けず、太陽は言い返した。
「う…」
同調していた人たちが言葉をつまらせる。
「あのさあ、お前ら、孤児なんだろ?親に捨てられたようなやつ、さっさと死んじまえばいいんだよ!」
「何を言っているのですかあなた!?なんてことを…」
意外にも、反論したのは3人のうちの誰でもなく、佐野先生だった。
「はぁ!?先生は関係ないだろ?話に入ってくんなよ!」
「そうですよ、佐野先生。結局代表者は決まるのだから、みんなが推薦する大空兄弟でいいのでは?」
「学長、あなたまでそんなこと言って…」
「それに、そいつら、髪の色とか性格とかも妙に変だし、和を乱すに決まってる。」
「何を勝手に…それに、彼らの親しくしていたひかりさんも、目の前で死んだのですよ。彼らの心境も考えてやらないといけないと思います。」
「でもさあ、あいつら、すぐ泣き止んでただろ。一人は存在すら忘れた。結局、その程度の存在だったってことじゃないのか?」
その言葉を耳に入れた瞬間、太陽は心の底から憤りを感じた。だが、先に動いたのは日暮の方だった。
「あんたら、黙って聞いていたら!ほんとにふざけないで!あなた達は!親しい人が目の前で殺される気持ちも、周りから難癖つけられて追い出される気持ちも、わからないくせに!少しでも明るくしていようとするのは、悪いことなの!?ねぇ!」
一同はそれを聞いて粛然としたが、それでも話し合いは終わらなかった。
「夜野光ってさあ、名家として知られる夜野家の人間らしいじゃん。そして3歳の頃に火をつけたらしい。…お前らみたいな放火犯の死を悲しむような奴らの気持ちなんて、わかるわけないんだよ…」
ひとり、そう呟いたやつがいた。
夜野家。それは昔からの名家として知られていたが、9年前の原因不明の火災により、一家離散した。そんな家である。火元の説としては、当時いた夜野家の子供が火を放った、と言うのが有力であった。
「その話はやめなさい!変な説で勝手に決めつけるのは、いけないことだと思いませんか!?」
佐野先生が大声で必死に声を上げた。
「は?先生も何も知らないでしょ?それなのに否定しても説得力ありませんよ。」
「それに、今は代表者を決める話し合い。話は脱線してしまいましたが、改めて私は3人が行けばいいと思っています。」
「なんだよ…それ…」
太陽はもはや怒りを通り越して呆れた顔をしていた。
「なあ、ちょっといいか。もしかしたらここにいる全員のうちのだれかの親が生きてる可能性はある。だからみんな行きたがってないんだ。でもお前らには親がいない。だからな、」
「はぁぁぁ…」
太陽は大きくため息を付いた。
「学校長、お前が行けばいいだろ。もうめんどくさくなってきた。」
太陽が出したのは驚きの策であった。
「はぁ。あなたはここにいる少ない大人のうちの一人を追い出すつもりですか?それこそおかしい話では?」
嘲笑するように学長は言った。
「おま…」
「やめとけ太陽」
手が出そうになった太陽の腕を、三月が抑える。その腕には、確かな怒りが、強く込められていた。
「一方通行の正論を押し付けあっても、話は平行線のままだ。ここらで俺らが譲歩したほうがいい。」
「ーーーっ!お前は悔しかったりしねえのかよ?こいつらにボロクソ言われて…」
そのとき、三月の口角が上がった。
「さて、学長。労働にはもちろん対価というものが必要です。けれど今回は命の保証はない。ということで、先払いとして、その月の造形品をいただければと思うのですが、どうでしょうか?」
学長はそれに対して笑みを浮かべ、
「すみませんねぇ、これの価値はあなた方3人の命とは釣り合わないのですよ…」
と、余裕を装って言ったが、あきらかに立場が悪くなったのを察知したのか、苦しい顔をしていた。
「なるほど。それじゃあ…」
そう言うと三月は魔力を込め、氷の剣が出現させた。
「さて、と。俺もこんなことはしたくなかったんだが。」
そうして三月は学長の周りを剣で囲い、鋭い目を向け、極めて冷淡な声音でこう言った。
「お前の命と引換えだったらどうなんだ?」
あたりの人がその行動に悲鳴を上げた。
「すみません、言葉の綾がありましたね。『あなた達の命より価値がある』のではなく、『あなた達の命と引換えにするには価値が低すぎる』という意味ですよ。もっとお金とか…ないんですか?」
「俺たちが望むのは造形品だ。それでいいだろう?金は間に合っている。」
もちろん大空孤児院は焼けてはしまった。つまりこれは嘘のようなものだが、毎日結構な額を持ち歩いているのもまた事実だった。一ヶ月はどんなに贅沢してもいい計算だ。
「ですが、対価に見合わないと言っているでしょう?」
学長は勝ち誇った顔をしていた。
「フッ…クフク…はははは!」
三月はそう言って笑い始めた。
「何がおかしい!?」
学長のその言葉に対し、三月は、
「あー太陽。さっきの質問。なんだっけ?悔しくないのかだっけ?じゃあ答えるよ。」
そうして言った。
交渉価値のない人間程度に、悔しさなんて感じるわけがないだろう?
「フッ…ハハハハ!それもそうだな!だって、ミサイル飛ばしてまで取りに来る価値があるものなんだろうしな。それをよりによって『価値がない』?バカみてえだな!」
太陽もその言葉につられ笑う。学長はその様子を見て、イラつきを感じた。
「お前ら…優しく接していればつけあがりやがって…!」
「ああ、つけあがってるのはお前だろ?権力をかざし保身に走り、挙句の果てに人に死ね?アホにもほどがあんだよ。何なら今すぐ殺してやろうか?」
三月は学長を鋭く睨みつけた。
(これ以上はやめておきましょうか…立場が悪くなる…)
「…わかりました。造形品はあなたに渡します。一応言っておきますが、実際のところそれがなにかは私にもよくわからないんですよ。だから、どうなっても知りませんよ?」
なんとか苛立ちを抑えて学長は言った。
「だったらそもそも旅を止めろ。脅しは効かねぇんだ。交渉下手くそか?」
そうして三月に造形品が手渡された。学長は悔しそうな表情を浮かべていた。
「あれ?なんかだんだん…」
三月が造形品を手に取った途端、それは黒ずみ始めた。
「なんだこれ…」
「月食か…?」
「なに?どうしたの…?」
日暮も興味を持ち、駆け寄る。手渡した学長は、そそくさと逃げるようにグループをまとめていた。
「おお、きれいだね。月食?かな」
「いやわからねえんだよ。わかるのは俺が手に取った途端にそうなってったってことだけ。そもそも、作り物が月食っておかしいだろ。言い始めたの俺だけど。」
「ふーむ…」
「さて、これで行ってくれるんですよね?」
学長が一応、と言わんばかりに聞いてきた。
「ああ、もちろんだ。行ってきてやるよ。」
「三月、そろそろ行ったほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。」
そうして、三月たちはこの場から離れようとした。見送る人は、たった一人。
「ほんとに大丈夫ですか?三月くん。」
「佐野先生。」
「わたしははっきりいうと心配なのですが…」
「いいんですよ。」
三月は微笑んで言った。
「行き先はわかってますし、なにより他の場所では魔法はない。普通に考えれば、死ぬ危険性はほとんどないんですよ。」
「…冷静なんですね。本当に12歳か疑ってしまえるほどですね。」
「言い過ぎですよ?」
「そんなことはないと思いますが。でもそれが救いですね。もうここはあなた達の居場所にはなれないので…。だから、どうか気をつけて…」
深刻そうな顔をして佐野先生は言ったが、三月たちはただ笑みを浮かべながらうなずき、その場をあとにしたが、太陽だけ立ち止まった。
「そうだ、これ、預かっていてください。」
「星の髪飾り…?」
「光の誕生日プレゼントだったものです。ひかりが助けた子にでも貸してあげてください。」
そうして、太陽も、その場を去った。
「さて。先生。この地区の生き残りを探しに行きますよ。」
「学長、なぜわざわざ芝居を打ってまであの子達を行かせたのか、理由を聞いてもよろしいですか?」
そう言うと学長はクスリと笑い言った。
「…気づいてましたか。あの子達は本当に優秀ですからね。」
「…そういうことを聞きたいんじゃありません。」
佐野先生がそう言うと、学長はこう言った。
その理由は、あなたが一番わかっているのではないですかーーーーーーーー?
「いやあしかし、佐野先生はやっぱ心配し過ぎだよな…」
そう三月は言った。
三月たちは、大空市を抜け、東に向かう新幹線に乗っていた。
「まあ、そう言うなよ。ミサイルがうちに飛んできたんだから、手段問わずってことだろ?心配するのも当然じゃないのか?」
「まあな〜。そういう意味では妥当ではあるが、俺たち髪の色以外はただの子供だぜ?」
「その髪の色が問題なんだって。まあ三月はいいんだけどね?」
「でも三月もその髪型はちょっとどうかと思うぞ?」
「でもさあ、あんま変えたくないんだよ。なんというか、使命感を感じる。」
「なんだそりゃw」
「笑ってんじゃねえ!」
「ブフォw…」
「日暮まで…」
「ごめん。ちょっとおかしくって。…こんな話より、今どこに向かってんの?」
「カンテア。」
「へえ、それはまたどうして?」
「ああ、日暮には言ってなかったか。実はな、ミサイルを飛ばしてきた国は、ペインとサコルだった。」
「え?」
日暮はその言葉に対し、驚きのあまりものすごい深刻な顔を見せる。
「ど…ういうこと?」
「それがわからねえから、とりあえず首都に行くんだよ。」
「カンテアに?」
「そうだ。なにかわかるかもしれない。」
少し間が空いたが、
「ねえ、三月。」
「何だ?」
「造形品ってさ、呼びづらいから、名前つけようよ。」
「おお、いいじゃん。」
「じゃあ案を考えよう。」
「まあ、魔力があること、手に持ったら黒くなったことを考えたら、決まってくるよな。」
「じゃあ、魔石とかで良くない?」
「んー。安直すぎるんだよな…。じゃあ、俺の案な。」
そして、こう言った。
『魔蝕の月』と。
「中二病っぽいね、それ。」
「俺らはその時期真っ盛りだろうが。」
「アーソーダネーモーソレデイーヤー」
「おまっ」
そんな話をしていると、
「もし。隣座ってもよろしいでしょうか?」
声がした方に三月たちが目を向けると、そこには一人のお姉さんがいた。
「ああ、いいですよ。」
「すみませんねぇ。」
お姉さんはそう言うと、ぎこちなく席についた。
「足、悪いんですか?」
日暮が質問した。
「ええ、私も、歳ですしね…」
「失礼ですが、おいくつで…?」
「51です。」
「え!?見えないです。あっても30くらいだと…」
「そうですか?最近の若い子は、お世辞が上手なことで…」
もちろん日暮の言葉はお世辞などではなかった。世間一般から見れば、だいたい20代に見えるだろう。
「あなた方のお名前は?」
そう、お姉さん改めおばさんは言った。
「常夕日暮です。」
「常夜三月です。」
「常昼太陽です。はじめまして。」
日暮ははきはきと、三月はやる気なさそうに、太陽は緊張した声音で自己紹介をしたが、質問した当の本人は苦笑していた。
「そ、それは…かなり風変わりな名字ですね。」
「失礼です!」
日暮はそう言ったものの、他の二人は、
(俺たちはひかりが名付け親だからな…)
と、おなじく苦笑いをしていた。
「…ああ、申し遅れました。私、
「え?」
太陽と日暮が驚いたような、キョトンとした顔で言った。
「夜野…?」
「あら?どうしたのですか?」
「ああいえ。私の義姉と名字が同じだったので…」
「まあ。ちなみにその方のお名前は?」
「夜野ひかりです。」
「!!」
幸音さんは相当驚いた顔を見せた。
「ひかり…ですか。その方のご年齢は?」
「12です。」
同時に、少し残念がるような顔を見せる。
「…すみません。私の娘と名前が同じだったもので。本来なら彼女は今は20歳ですからね。…ひかりさんは、今どこで何を?」
「今朝、亡くなりました。」
泣き止むのが早かった日暮も、さすがに心の傷までは癒えていないようで、苦しそうに言った。
「…!それは…すみません。」
「いえ、いいんです。いくら悲しもうと、戻ってはきませんから…。」
「あなたは、強いですね…。」
「…そんな大層なものじゃないですよ。」
日暮は、暗い表情になっていた。それに対して幸音はこう語った。
「…私は、結構な家に産まれまして。16で仲が良かった家に嫁いだんですよ。それが夜野家だったんです。嫁いだはじめは、夫と仲良く夢のような日々を過ごしました。楽しく、幸せな。そして16で一人目の子供が産まれました。一人目の名前は
「…ウッ…」
少し遠くを見ながら語る幸音だったが、話が終わった瞬間に、我慢していたかと言わんばかりに三月が頭を抱える。
「三月!?大丈夫?」
日暮が心配そうに見た。
「すまん。酔ったかもしれねえ。」
「これ新幹線だぞ?酔うとかあるのか?」
「三月さん、ずっと下むいてらしたからでしょう。少し遠くを見て休むべきです。」
「…ありがとうございます。」
そうして、三月は窓の外を眺め、会話から離脱し、
(何だったんだ…?妙な声が聞こえて、頭痛になって…)
そんなことを考えていた。
「あ、そうだ、私達田舎から出てきたもので、この国の情勢に疎いんですよ。よろしければ、教えていただけますか?」
「まあ。日暮さんは政治に興味があるのですか。それはいいことですね。…そうですね、最近で言えば、ペインとサコルが軍事同盟を結んだことですね。」
「ペインとサコルが、軍事同盟…?」
驚くのも無理はなかった。二十年前の事件が起こったきり、戦争のたぐいは一切起きていなかった。理由としては、「相互確証破壊」というもので、すべての国が強力な兵器を持っているため、安易に手を出すのも不毛でしかない、という理論があったからだ。逆に言えば、その犠牲をいとわず特攻することも不可能ではなかった。それが今回の表向きの理由だろう。
(でも、この魔蝕の月のためだけにそこまでする理由はないし、2つに分けられもしないのに同盟?なんで…?)
「まあ、国民のほうは、もう戦争は45年前に起こったっきりで、風化した記憶になっていますし、物騒な考えを持つ方のほうが多いのですよ。だから、軍事同盟に賛成の人の方が多いのです。あまり良いことではないと思うんですがね。」
「…あれ、戦争が起きたのは四十五年前なんですよね。あなたは家の教育を受けたままでいられたのですか?」
「ああ、それは…。よく覚えていませんが、大丈夫だったとだけ。なにせ6歳のときの出来事ですから。」
「まあ、そうですよね。」
しばし沈黙が続いた。
ピーンポーーンパーーーンポーーーーン…
運転手交代のため、十分ほど本駅、ヒラシア駅にて停車いたします…
「…そろそろ12時ですね。お昼、買いに行きませんか?ごちそうしますよ?」
「いいんですか?ありがとうございます。」
三月たちが列車の外に出て、売店を覗くと、牡蠣のごはんや、いわしなど、特産のものが使われた駅弁が置かれていた。
「じゃあ、どれにしようか。」
「個人でいいだろ。」
「おいおい、三月。そう言って失敗するなよ?」
「誰がするか。」
そうして、三月たちは結局、
「全員牡蠣飯かよ…!」
「あら、仲がよろしいのですね。」
「まあ、なんてったって義兄弟ですからね〜。」
会計を終え、列車に乗り込み、駅弁を口に運ぶ。
「うま〜…!」
牡蠣の旨味をたっぷり吸い込んだ米に、醤油ベースの炊き汁を加えて炊いた、牡蠣飯。その味に、三月たちは唸らされた。
「いやあ、いつもの家でたべる炊き込みご飯とかとは違うね〜。」
「そりゃ店のものだからなあ。」
「ほんとうに、美味しいですねえ。」
そう言いながら、これまた牡蠣飯を口に運ぶ幸音。
「幸音さんも、牡蠣飯なんですね。」
「ええ。私は牡蠣が大好きなんですよ。」
「へぇ〜。」
「日暮はもつ鍋とか好きだよな。」
「ああうん。好きだよ。三月はラーメンでしょ?」
「そして俺は鯵が好きだ。」
「聞いてない。」
「ひどい」
そんな会話をしていると、くすくすと、幸音は笑い始めた。
「本当に、仲がよろしいですね。」
そうして列車は、カンテアに向かって走っていった…
「三時間で着いたね。」
「そうだな…。案外早くついたな。」
三月たちの乗った列車は、カンテアに着き、三月たちも列車から降りる準備をしていた。
「それでは一足先に。今日はありがとうございました。」
と、礼をして去ろうとする幸音。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
雪音は日暮の言葉に軽く会釈した。
「あ、そうだ。これ、渡しておきますね。」
そういって幸音はポケットから一枚の紙を取り出し、日暮に手渡した。
「これは?」
「うちの会員カードみたいなものです。困ったときは、ぜひうちのhappy musicを頼ってください。安直な名前だから、覚えやすいでしょう?」
「あ、ありがとうございます。大切にします。」
「それでは。」
ーーーそうして、幸音は行ってしまった。
「なんか、いろいろとすごい人だったね。」
「んあ?ああ。そうだな。」
駅から出て、街を見渡す。
「すごい。きれいな街だね。」
そこに広がっていたのは、美しいという、単純な言葉では表しにくい、機械と紅葉に包まれた街だった。
「さて、ここからどうしようか。」
「まあ、そうだなあ…。原因を探してくるとは言ったけど、べつに帰る必要もないし、ブラブラと街を歩くのも悪くはないんだよなあ。」
「そうだねぇ…」
三月たちは、迷いつつも、これからの方向性を決める。
「あ、そうだ。」
「太陽?どうしたの?」
「ミサイルについて見てみたら、三月の記憶も戻るかもしれないだろ?とりあえずその方針で行かないか?」
日暮は一瞬考えるしぐさをして、
「…うん、それがいいかもしれない。」
と言った。
「それなら、情報収集だな。」
すぐそこにあった電光案内板から、情報が得られそうな場所を探す。
「国防省、か…。いや、でも入れないよな…。どうする?」
「突撃しちゃう?」
「それはさすがにやばいだろ。もうちょっとなんかこう…うまいやり方でさ。」
「というかどうして入れないって決めつけてんだ?」
「いや、流石に無理だろ…?」
「行ってみる価値はあるんじゃないか?」
「…」
三月の提案から、戸惑いを見せている太陽だったが、
「まあ、それもそうか…」
と、最終的な決定をした。
「じゃあ、行ってみるか。」
そうして、三月たちは国防省に向かうのだった。
…ついにここまで来た。あるツテで得た、「月影」の情報。
それにくわえ、「暮影」が我が国とこんな国にあったとは。
軍事同盟はもちろん嘘っぱちのものだが、近いうちに本当のことになるだろう。
息子であるケーツァにも、きっと良い贈り物になるはずだ。
「楽しみ…というほどでもないが。」
コンコン、と、ドアをノックする音が聞こえた。
「国防長、入ってよろしいですか?」
「誰だ?」
「華奈です。」
華奈。優秀な国軍のうちの一人だ。司令の地位に就いている。
「入れ。」
「失礼いたします。」
カチャリとドアを開けて、入ってくる。
「さて、何の用だ?」
「はい。大空市なのですが、軍をあげて向かったところ、生存者がいたとのことです。しかも、全員わけのわからないまま返り討ちにされたとか。」
「ほう。まあそれは予想通りだ。」
「…そして、月影についてなのですが、その場にはなかったようです。」
「は?」
何だと?流石にあんな大事なものを手放すわけがない。流石に聞き間違えだろう。
「もう一度言ってくれないか?」
「はい。月影は、大空市にはありませんでした。」
はあぁぁぁ…。大方隠しているとか、そこらへんが妥当な理由だろうが、どっちにしろ面倒くさい。
それどころか、もし、だが。もし、奴らがその重要性に気づいておらず、誰かに渡したりしてしまったのならば。そうなればそれ以上に面倒なことはない。感づかれず、確認しておきたいところだ。
「確認しておくか。できれば遠くから見ておきたい。場所の手配を。」
「ええ。そうおっしゃると思い、目星は付けておきました。サポリナがよろしいかと。」
「サポリナか。今の時期は寒いし、大空市とは反対の位置じゃないか?」
「まあ、そうではありますね。でも、遠くから見たいというのは、感づかれないようにしたい、という意味でしょう?サポリナはネット回線などは優秀ですから、見るだけなら遠くからのほうがいいかと。」
「…優秀だな。」
「ありがとうございます。」
…そうか。感づかれないようにという意図すら見抜くとは。やはり、このポストを取ったのはいい選択だった。さて、サコルとこの国の軍を動かすとしようか。
「じゃあ、華奈司令。軍を、大空市に向け準備させておけ。全勢力を以てすれば、流石に敵うまい。」
「了解しました。…ところで、軍を動かしたことが、国会に感づかれています。大丈夫なのですか?」
「なに。月影が手に入れば、その功績だけでこの地位は継続できるさ。」
「…そうですか。くれぐれも失敗しないよう、言い聞かせておきますね。」
「ああ、頼む。」
自然と、口角が上がった。この国は、色々な意味でおいしい国だな、と。
「さて、入ろうか。」
三月たちは、国防省の本拠地のような場所の前まで来ていた。
「ああ、入ろう。」
そうして、三人は国防省の中に入っていった。
三月は、幸音の過去の話を思い出し、一つのことを考えていた。
(あのとき聞こえた言葉は何だったのだろう。)
その言葉は、こういうものだった。
この人は桐生きりゅう蒼あおい。今日から、あなた達のお父さんですよーーー
第二話 終
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