第33話


「やっぱり無理だよね…まぁ、わかってはいたけど」


結局、この日も素手で魚を捕まえることは出来なかった。


水中を泳ぐ魚はとてもすばしっこく、道具もなしにとらえることは出来ない。


わかってはいたことだが、しかし実際に数時間が徒労に消費されるとどっと疲れる。


「はぁ…暑い…」


炎天下の中、谷川は額の汗を拭ってため息を吐いた。


「無理ぃ…」


「全然捕まえられない…」


「やっぱり無理だよぉ…」


まわいを見渡してみても、どの生徒も魚を捕まえられていない。


中には、尖った木の棒を使ったり、海藻でおびき寄せようとしたり、石を投げて衝撃で気絶させようとしたりと色々工夫を凝らしている生徒もいるのだが、焼け石に水といった結果だ。


「男子はあんまり真剣に探してないよね…」


一生懸命魚を捕まえようとしているのは主に女子で,男子はどこか手を抜いているというか、馬鹿馬鹿しいことに付き合っている感じが否めない。


この全員で魚を捕まえようとしている時間が何の意味もないと理解しているように谷川の目には映った。


「やっぱり、彩音ちゃんの言ったことが正しかったんだね…」


きっと今日も自分たち女子がいない間に、国木田か、他の誰かの血を使って魚を捕まえるつもりなのだろう。


「みんな、お疲れ様!一旦休憩にしようか…!」


谷川がそんなことを考えていると、ずっと浜辺の端っこで生徒たちを監督していた浜田がぱんぱんと手を叩いて注目を集めた。


「いつも通りレディファーストで女子から水休憩に行ってきてよ」


二日目、そして三日目と全く同じ展開。


「ありがとう浜田くん」


「ちょうど喉が乾いてたんだ、ありがとう浜田くん」


だが、浜田の指示に疑問を持つ生徒はおらず、お礼を言って女子たちは水休憩へと向かう。


「はぁ…やっぱり魚を捕まえるのって難しいねー」


「ねー。男子たちってどうやって魚捕まえたのかな?」


「わかんない」


「今日も私たちが休憩している間に魚捕まえてくれるのかな?」


「きっとそうだよ」


魚を捕まえられなかった女子生徒たちに危機感はない。


昨日、そして一昨日と、男子たちが魚を捕まえてくれたために、今日もきっと大丈夫だと思っているようだった。


「…確かめなきゃ…彩音ちゃんが言ってたことが本当なのか…」


男子たちは女子が水休憩に行っている間、国木田くんを傷つけてその血を使って魚を集めた。


そんな彩音の証言は信じがたいものだが、しかし谷川には彩音が嘘をつくとは思えなかった。


水休憩へと向かう女子たちの最後尾を歩いていた谷川は、途中で足を止めて、誰にも気づかれないように集団を抜けると、一人浜辺の方向へと向かって引き返した。


「確かめてやる……本当のことを…」


彩音を疑うわけじゃないが、やはり実際に目にするまでは確信は得られない。


谷川は、男子たちがどのようにして魚を捕まえるのかを見届けるつもりだった。




「さて、女子たちは全員行ったね」


浜田は浜辺から女子たちが全員いなくなったことを確認してから、男子を自分の元に集める。


「男子を集めて」


取り巻きの一人に向かってそう指示を出す。


「おい、お前ら集まれ!」


「集合だ集合!!」


「さっさとしろ!浜田の命令だぞ!」


浜辺に散らばっていた男子たちがすぐに浜田の元へ集まってきた。


「さて、集まったね」


自分の元に集まってきた男子をぐるりと見渡して浜田はいった。


「女子の目がなくなった。というわけで今日もやることは変わらない。昨日や二日前と同じやり方で、魚を集めるよ」


「「「…っ」」」


男子たちは一瞬びくりと体を震わせた後、キョロキョロと辺りを見渡す。


「あれ、国木田は…?」


「お、おい…?国木田がいないぞ?」


「まさかあいつ逃げたのか?」


犠牲となるはずの国木田の姿が見当たらず、男子たちが焦り出す。


国木田がこの場にいないとなると、次は自分が国木田が担っていた役目を負わされるかもしれないからだ。


「くそ、国木田どこだよ!?」


「は、浜田…国木田がいないみたいだが…」


男子たちが十分に焦るのを待ってから、浜田はいった。


「そうだね、国木田くんは今ここにはいないみたいだね。まぁ、当然だよ」


「…?」


「浜田…?」


「国木田の居場所を知ってるのか?」


「うん、知っているよ」


浜田はそこで一呼吸おいて、それからいかにも残念そうな表情を作った。


「みんなにとても悲しいお知らせがあるんだ。国木田くんはもうここにはいない…というより、この世にはいないんだ」


「は?」


「え?」


「どういうことだ?」


「はい?」


困惑している男子たち。


浜田は悲しくてならないというように首を振った。


「実はね…昨日、僕たちは自殺している国木田くんを発見したんだ」


「え…」


「じ、自殺…?」


「国木田が…?」


「実はそうなんだ……ねえ、持ってきてよ」


浜田が取り巻きの男子生徒に顎でしゃくって指示を出した。


彼らは森の中へと入っていき、しばらくして何かを引きずりながら戻ってきた。


「うっ…」


「まさか…」


それを見た男子生徒たちが顔を顰める。


生臭い匂いを発し、ハエにたかられているそれは、空な目をした国木田の死体だった。


「おえぇええええ!?」


「うっ…マジかよ…」


数人の生徒が耐えられず胃のなかのものを吐き出した。


その他の生徒も、鼻をつまんだり、顔を背けたり、表情を顰めたりしている。


浜田はハエのたかる国木田の死体を指差していった。


「きっと自らの責務に耐えられなかったんだろう。国木田くんはとても頼りになる生徒だったんだけど……残念なことだ」


「「「…」」」


国木田の全身には殴られたよなあざが散見された。


また右手も不自然な方向に曲がっている。


ただの自殺でないことは誰の目にも明らかだったが、男子生徒たちは誰一人としてそのことに突っ込まなかった。


彼らは薄々何が起こったのかを理解しつつも、浜田の逆鱗に触れたくないがために、口を閉ざしたのだ。


「国木田くんの死はとても悲しい。けれど僕たちは彼の死を乗り越えて前に進まなくてはいけない」


「「「…」」」


「僕も本当なら国木田くんを埋めてあげたいんだけど……そんな余裕は今の僕たちにはない。使えるものは使うべきだと思うんだ」


「「「…っ」」」


男子生徒たちは浜田の言わんとすることを察する。


「とても心苦しいけど……国木田くんの死体を使って魚を集めよう。多分、二、三日ぐらいはそれで凌げるはずなんだ」


「「「…っ」」」


「これは仕方のないことなんだ。それをわかってほしい」


「「「…」」」


「あ、ちなみにこのことは女子たちには黙っていよう。国木田くんはあくまでも行方不明になったってことで。女子たちまで不必要に悲しませる必要はない。わかるよね?」


「「「…」」」


「うん、みんな理解できたみたいだね…それじゃあ、国木田くんを使って早速魚を集めようか……足でも居れば血が流れて魚が集まると思う」


「「「…っ」」」


「あ、一応聞くけど、国木田くんの死体を傷つけたくないって人はいるかな?」


「「「…」」」


「いるなら言ってね。その人に、国木田くんが果たすはずだった役割を今日から担ってもらうから」


「「「…」」」


「誰もいないみたいだね。オッケー。それじゃあ、始めようか」


男子たちは無言で作業を開始した。


国木田の死体を徹底的に冒涜し、自分達が生き延びるために利用する。


倫理観などもはや皆無の外道の所業だったが、男子生徒たちはこれは生きるために仕方のないことだと必死に自分に言い聞かせながら、集まってきた魚を捕まえた。


「うん、順調だね」


ゆらゆらと海面に漂う国木田の死体に群がってきた魚を捕まえている男子たちを見て、浜田はにっこりと微笑んだ。





〜あとがき〜


新作の


『アグリー・フェイス〜事故で顔が醜くなり、彼女に捨てられた俺は、十年来の幼馴染に拾われる〜』


が連載中です。


こちらの方もぜひよろしくお願いします。


リンク↓


https://kakuyomu.jp/works/16817330651153296418





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る