第32話


水平線の向こうから朝日が昇る。


北高校2年B組の生徒たちが寝ている浜辺が徐々に明るくなり始めた。


「やれやれ…興醒めだよ全く…」


浜田は騒ぎを聞きつけてやってきた女子生徒たちを追い返して、ため息を吐いた。


彼にとって幸いだったことに、様子を見にきたのは自分が魚を食べられる側に選んだ比較的浜田贔屓の女子生徒だった。


彼女たちは、なんでもないという浜田の言葉を鵜呑みにして、特に浜田を追求することなくそのまま去っていった。


遠ざかっていく女子たちの背中を恨めしげに眺めながら、浜田はため息を吐いた。


「せっかく島崎さんを抱けると思ったのに…」


二度も邪魔が入るとは運が悪い。


だがまぁ、クラスを掌握している限り、何度でも機会はあるだろう。


「明日にでも…ククク…どうせ島崎さんの言葉は誰も信じない…」


仮に犯されそうになったことを彩音が暴露したとしても浜田は問題ないと思っていた。


浜田は二度彩音を陥れ、彩音に嘘つきのレッテルを貼ることに成功した。


今更彩音が犯されそうになったと訴えたところで、誰も信じるものはいないだろう。


「さて…向こうはうまくやってるかな?」


浜田は明るくなった砂浜を歩いて引き返し、元の場所まで戻ってきた。


取り巻きの男子たちが指示通り、国木田の死体を隠したかどうか確認するためだ。


「ん?ちゃんと国木田くんの死体は隠したのかい?」


浜田が元の場所へ戻ってみると、そこには取り巻きの男子たちが揃っていた。


俯き、バツが悪そうな表情を浮かべている。


彼らの近くには、国木田の死体はなかったが、同時に彩音の姿も見当たらなかった。


「あれ?島崎さんは…?」


浜田がにっこりと笑って尋ねる。


取り巻きの男子たちは互いをチラチラ見ながら、口々に言った。


「すまん、浜田…」


「国木田の死体を隠している間に…」


「逃がしちまった…」


「本当にすまん…」


「いきなり島崎が逃げ出して…俺たちも気が動転してよ…」


「へぇ…そうかい…」


話しを聞いた浜田のこめかみに青筋が入る。


「は、浜田…?」


「…っ」


浜田は今すぐにでも役立たずたちを思う存分怒鳴り散らしてやりたい気分だったが、しかし歯を食いしばってグッと堪える。


クラスの中で力を持っている彼らまで敵に回すわけにはいかない。


彼らが自分の取り巻きに甘んじていることが、自分の権力の維持につながっていることを浜田もよく理解していた。


「は、浜田…?」


「怒ってるのか?」


恐る恐る聞いてくる取り巻きたちに殴り掛かりたい衝動に駆られるが,浜田は感情を押し殺して笑みを浮かべた。


「まさか。怒ってないよ。誰しもミスはある。仕方がないよ」


「「「ほっ…」」」


浜田のそんな答えに取り巻きたちがほっと胸を撫で下ろす。


浜田はニコニコ笑いながら言った。


「まぁ逃げたと言っても、ここは無人島だ。

食料だって限られているし、そのうち島崎さんも限界を迎えて僕たちの元に戻ってくるだろう。それを待てばいいよ」


浜田は、森の中に逃げた彩音はそのうち食料を求めてまた浜辺に戻ってくると考えていた。


彩音を抱くのはその時でいいと考え直し、ミスを犯した取り巻きたちを免責したのだった。




「あれ…?彩音ちゃん…?」


朝。


周囲を人が歩く気配で谷川は目を覚ました。


体を起こすとすでに朝日が水平線の向こうから登っていた。


浜辺はすっかり明るくなり、生徒たちが起き出して、すでに今日の食糧探しを始めている。


自分だけ寝ていると目をつけられると、谷川も体を起こして食糧探しを始めた。


「どこにいったんだろ…」


捕まえられるはずのない魚を追いかけるふりをしながら、辺りを見渡し、彩音の姿を探す。


だがどれだけ探しても彩音はどこにも見当たらなかった。


「もしかして……逃げたの?」


彩音は以前に追放された佐久間翔太が自分を助けにきてくれるはずだ、というようなことを口にしていた。


もしかしたら翔太が夜の間に浜辺へやってきて、彩音を助け出してそのまま森へ逃げたのだろうかと谷川は思った。


「私、彩音ちゃんに置いていかれちゃった…?」


一瞬彩音に見捨てられたのかと思ってしょげ

そうになる谷川だったが、しかし彩音がそんなことをするような性格ではないとすぐに思い直す。


「何かあったのかな…無事だといいけど…」


心配になった谷川は、それとなく周りの生徒に聞いてみる。


「ね、ねぇ…彩音ちゃん知らない?」


「島崎さん?知らない」


「朝からいないみたいなんだけど…」


「どうでもいいでしょ。島崎さん、嘘つきだし」


「ち、違うよ、彩音ちゃんは…」


「え、何?谷川さん、島崎さんを庇うの?」


「…っ!?」


「浜田くんに報告した方がいいかな?」


「ご、ごめんっ…なんでもないっ…」


最初に尋ねた女子生徒に浜田にチクると脅されて、谷川はそれ以上何も聞けず、引き下がるしかなかった。


その後、他の生徒にもそれとなく聞いてみたが、誰も彩音の行方を知っているものはいなかった。


「浜田くんたちなら知ってるかな…?」


谷川はチラリと浜辺の端っこの方へと視線を移す。


そこでは浜田と取り巻きたちが、魚を探すこともせずに、腕を組んで生徒たちを監督している。


自分たちで動くのが面倒くさい、というよりも、彼らにはこうして何の道具もなく素手で魚を追いかけることが無だとわかっているように見えた。


「やっぱり今日もそうなのかな…?」


彩音の言っていたように、今日も国木田の血を使って魚を取るつもりなのだろうか。


女子たちが水分休憩に行っている間に…


「あれ?そういえば国木田くんは?」


よく見れば、国木田の姿も見えなかった。


「どこに行ったの…?」


消えた彩音と国木田。


両者の行方を気にしているのは、今の所谷川だけのようだった。

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