第30話
「ん…」
明け方。
島崎彩音は目を覚ました。
瞼を開くと、見たことのない天井のようなものが見えた。
「ここは…?」
体を起こし,辺りを見回す。
どうやら自分は、木で作られた小さな家のようなものの中にいるようだった。
「えっと…私、どうなったんだっけ…」
こめかみに手を当てて記憶を呼び起こす。
意識がはっきりするに従って、思い出したくない昨夜の記憶が浮かび上がってきた。
「浜田くんに呼び出されて…酷いことされそうになって…そしたら国木田くんがきて…助けようとしてくれたけど死んじゃって…私、走って逃げて…」
森の中で光を見たところまで覚えている。
その後,どうなったのか記憶が曖昧だ。
意識を失う前、とても安心したような記憶が微かに残っているのだが。
「お、起きたか、彩音。大丈夫か?」
「…!?」
彩音はばっと振り返った。
「翔ちゃん…!?」
そこにいる人物を見て驚きに目を見開く。
「よお。体の疲れは取れたか?寒くなかったか?」
この無人島において一番信用できる幼馴染の姿に、彩音は思わず走り出していた。
「翔ちゃん…!!」
「うおっ!?」
翔太に抱きつく彩音。
「よかった…生きてたんだね…」
「ははは…お前こそな…」
その存在を確かめるように彩音は翔太の体をペタペタと触る。
「翔ちゃん…本物、だよね?」
「当たり前だろ。偽物がいてたまるか」
翔太の浮かべた苦笑を見て、彩音は我に帰った。
「ご、ごめん…つい…」
翔太から離れて、顔を赤くする。
翔太も照れ臭かったのか、頬をぽりぽりと掻いた。
「あー、その、なんだ。よく眠れたか?」
「う、うん…おかげさまで…」
「昨日のこと…思い出したか?」
「だ、大体は…翔ちゃんが助けてくれたんだよね?」
「お前の声が聞こえてな。びっくりしたぞ。下着姿で倒れているお前を見つけた時は」
「…っ!」
そう言われて彩音は初めて昨日、下着姿でなりふり構わず浜辺から逃げ出した時のことを思い出した。
サッと赤面して現在の自分の服を確認する。
「これは…?俺の上着とズボン着せておいた。しばらくはそれで我慢してくれないか?」
現在の彩音は下着姿…ということはなく、翔太の上着とズボンを着ていた。
反対に翔太は、上半身は肌着、そして下半身は腰蓑を巻いていた。
「い、いいの…?翔ちゃん寒くない?」
「俺は大丈夫だ。しばらくはそれを着ていて大丈夫だぞ」
「ありがとう…」
彩音はぎゅっと翔太の上着の襟を自分の鼻に引き寄せた。
安心する香りがして、自分が一番信頼できる幼馴染の元に帰ってきたことが実感できた。
ぐぅううう…
「…っ!?」
安心したからだろうか。
腹の虫が空腹を訴えて鳴いた。
「お腹空いてるのか?」
「〜〜〜っ」
真っ赤になった彩音がこくこくと頷いた。
「昨日から何にも食べてなくて…」
彩音は浜田に課された罰のせいで、昨日魚を食べられなかった。
そのせいでひどくお腹が空いていた。
「釣った魚が一匹残ってる。それを食べるか?」
「いいの?」
「ああ、俺と佐藤は昨日食べたからな」
翔太は、昨日余分に釣って生け簀で生かしておいてある魚を彩音に振舞おうと考えていた。
「さ、佐藤…?佐藤さんがいるの?」
「ああ。実は、二日前から一緒にここで暮らしているんだ」
「そ、そうだったんだ…佐藤さん無事だったんだ…」
ほっと胸を撫で下ろす彩音。
「それについても後で話す。とりあえず腹ごしらえが済んだら、互いに情報を交換しよう」
「うん」
両者とも話さなくてはならないことがいっぱいあるだろう。
彩音は翔太をまっすぐに見つめて頷いたのだった。
それからしばらくして。
「はふ…はふ…」
「美味しいか…?熱いからゆっくり食べろよ?」
「美味しい…すごく。ありがとう…翔ちゃん、佐藤さん」
そこには翔太が調理した焼き魚を夢中で頬張る彩音がいた。
丸一日ぶりの食事。
空きっ腹を満たすために、まだ熱い焼き魚を夢中で口の中に入れる。
「あはは…ゆっくり食べてね、島崎さん」
そんな彩音の姿を、微笑ましく見守っているのが翔太と佐藤だ。
十分に冷めていない焼き魚を頬張っている彩音を、火傷しないか心配しながら見守っている。
「はふ、はふ…美味しい…こ、これ本当に私一人で食べていいの?」
彩音が申し訳なさそうに翔太と佐藤に聞いてくる。
二人は顔を見合わせて頷いた。
「もちろんだぞ。全部食べてもらって構わない」
「私たちは昨日一匹ずつ食べてるから、それは島崎さんが食べてくれて大丈夫だよ」
「そっか…ありがとう…」
二人が昨日魚を食べたと聞いて彩音は安心して残りの魚を平らげた。
「さて…腹ごしらえは済んだ。情報交換をしようか」
「そうだね」
「わ、わかった」
彩音が魚を食べ終えた後、3人は互いの情報を交換することにした。
「そうだな…じゃあまず俺たちから話そうか」
最初に翔太が、追放されてからの出来事を彩音に語った。
一日目で水場を見つけ、拠点を築いた。
その後、佐藤を助けて合流し、二日、罠で捕まえた動物を食べたり、魚を釣ったりして過ごした。
「生活基盤は整った。実は今日、お前を助けに行くつもりだったんだ…遅くなってすまない」
「ううん、大丈夫」
謝る翔太に彩音が首を振った。
「翔ちゃんが生きていてくれただけで、私は大丈夫だよ」
「そ、そうか…」
もう少し早く助けに行けたのではと翔太は後悔する。
なんとなく、彩音が向こうで大変な目に遭ったのが想像できるからだ。
「そ、それじゃあ、聞かせてくれるか…彩音。向こうで何があったのか…俺が追放された後、クラスで何が起こったのか…」
「う、うん…」
彩音が表情に影を落としながら、翔太が追放された後の出来事を話し始めた。
「冗談だろ…?」
「そんなことが…?」
予想のはるか上を行くほどに凄惨な彩音の話を聞いた二人は、信じられないと言ったように目を丸くするのだった。
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